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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年2月号

生活動作を支える電動車いすの先端技術

橋詰努

はじめに

朝ベッドからPDA(携帯情報端末)のボタンを押すと、フル充填済みの「アッシモ」が迎えにきてくれてベッドからアッシモのシートにトランスファーさせてくれる。アッシモの心地よいシート上でコーヒーを飲みながら、出張先の会社までの最適ルートをPDAで確認する。「駅からお迎えに上がりましょうか」って言われたけど、アッシモが装備しているITS(高度道路交通システム)と連携するナビシステムに会社名を入力するだけで、会社の玄関まで連れて行ってくれますよ。

アッシモはTPOに応じて姿勢を変えてくれる優れもの、取引先のお得意様と立って名刺交換ができるし、テーブルでの商談も順調だ。

アッシモのおかげで今ではゴルフも楽しみの一つになった。4輪駆動モード+タイヤ空気圧自動調整機構で、バンカーでもどこからでもリカバリできる頼もしいやつなんだ。ラウンド後に少しくらい飲み過ぎても大丈夫、トイレのアクセスもノープロブレム、自宅への道はアッシモがちゃんと覚えている。マッサージモードに切り替わったシートが疲れをほぐしてくれる。そういえば昔アッシモは電動車いすと呼ばれていたっけ。

「アッシモ」は、もちろん初夢である。しかし今日のIT(情報技術)、RT(ロボット技術)等の先端技術は、やがて電動車いすを単なる移動機器から、障害をもつ人の日常生活動作全般を支える生活支援機器に進化させていくと思われる。

ここでは電動車いすに求められる多くの機能を先端技術で実現している、国内外の電動車いすの製品動向を簡単に紹介し、今後を展望する。

1 シーティングシステム

車いす上で体幹を正しい姿勢に保ち、安楽で安定した姿勢を維持するためのシーティングシステムは、リクライニングとチルティング機構を備える機種が一般的である。国産でも両方の機構を備えた製品が販売されている。

ペルモービル社のシーティングシステムは、シートのアクチュエータ(移動・調整機構)を小型化することにより、リクライニング・チルティング・座面昇降に加えて、左右方向にも15度チルト可能な先進的な製品であり、従来型に比べてさらに細かな姿勢の制御が可能である(図1)。

図1 左右方向に15度チルト可能な電動シーティングモジュール。リクライニング・チルティング・座面昇降も可能(ペルモービル社)
図1

起立補助・立位保持機能を有する電動車いすは、レボ社などがよく知られている。国産でも、ヤマハ発動機JW―1の電動ユニットとスタンドアップ機能を備えたコンパクトで軽量な車いすが製品化され、仕事や趣味など多くの生活場面で活用されている。

さまざまな作業動作を行う際のメリットから、国内でもスタンドアップ機構を備えた機種の使用者が増え、さらに改良が進むことが期待される。

2 走行性能の進化

走行性能の目標は、ユーザーの意志のままに随意に電動車いすを操作できることである。

最高速度が一定でも、前後進加速度・減速度、左右回旋速度・加速度を変更することにより走行特性や操作感が大きく変化する。

ワコー技研のダイレクトドライブ型(モーターの回転を直接車輪に伝達する方式)・ACサーボモーターを登載したEmuは、これまでDCモーターと減速ギア方式が標準であった電動車いすの駆動方式に、新風を吹き込んだ製品である(図2)。

図2 ACサーボモーター・ダイレクトドライブ方式電動車いすEmu(ワコー技研)
図2

デジタルサーボ技術を活かした緻密なカスタマイズ(走行特性の調整)機能と、ダイレクトドライブ方式による高効率と高い静粛性、加速性能や操作感の良さが特徴である。ACサーボモーターの高い耐久性や、メンテナンスフリーも利点である。

3 走行環境への適応性

ジョンソン・エンド・ジョンソン社のIBOTはジャイロセンサー(角度または角速度を計測して姿勢制御を行うセンサー)を利用して常に安定した姿勢を制御し、不整地、階段昇降、座面昇降機能を斬新なアイデアで解決した製品として話題を呼んでいる(図3)。

図3 IBOT(バランスモード)に乗って会話するディーン・ケーマン氏(発明者)とクリントン元大統領(ジョンソン・エンド・ジョンソン)
図3

2輪のバランスモードでは座面が高くなることに加えて、回転半径が小さくなるため、狭い場所のアクセスにも有効である。メーカーはIBOTを従来の電動車いすとはとらえず、新しい移動機器として提案している。

座面下部に駆動ユニットを配置したニンブル社のThe Rocketは左右方向にも走行可能であり、凹凸路面でもユーザーの姿勢の変化が少ない。

マジック・モビリティ社の4輪駆動式電動車いすは砂地、不整地、湿地、滑りやすい路面でも安定した走行が可能である。

自立して階段昇降が可能な電動車いすについても、実用化研究がなされている。円滑な移動を確保するための基盤整備と併せて、当面電動車いす側の環境適応性の研究も必要である。

4 軽量・コンパクト化とパワーアシスト

ヤマハ発動機のJW―1は、手動車いすに電動ユニットを装着するタイプの電動車いすである。折りたたみが可能で、自動車のトランクに収納することもできる。標準的な重量は約25kg程度と軽量・コンパクトが特徴である。

大半の市販車いすやオーダーメイドの手動車いすを電動化できることにより、成人ユーザーはもとより、体格や障害の変化が大きい小児ユーザーにとって利便性が高い。同時に短距離、短時間で比較的走行環境の良い場所を走行する高齢者にとっても有用である。

これまでいわゆるアドオン方式の簡易電動車いすは数多く開発されてきたが、手動車いすの簡便性と電動車いすの走行性能を適合させた製品として注目すべきである。

JW―2は手動車いすと同じくハンドリムを手で回転させて駆動するが、ハンドリムに加わる力をセンサーが感知し、必要に応じて電動ユニットがモーターの力でアシストするパワーアシスト型である(図4)。

図4 パワーアシスト型簡易電動車いすJW―2(ヤマハ発動機)
図4

センサー技術と制御技術により、必要とするアシスト力を瞬時に判断して適切なパワーを与えるところがポイントである。

ユーザーの負担の大きい上り坂や不整地・芝生、カーペット上を走る際や、長距離走行でも威力を発揮する。補助力は安全走行のため時速6kmになるとゼロになるよう設計されていること、制動時にも補助力が働き、下り坂でもハンドリムに軽く手を添えることで容易に速度を制御できるなどの配慮がされている。手動車いすの特徴を活かしつつ、走行性能の向上を求める新しいユーザー層を開拓したことにより、海外メーカーもパワーアシスト型電動車いすを市場に投入している。

5 多様な外部機器とのインターフェース

人工呼吸器、コミュニケーション・エイド(CA)、トーキング・エイド、環境制御装置、パソコン・テレビゲームなど、外部機器とのインターフェースはPDAに統合され、電動車いす上でさまざまな情報発信と入手が可能となるであろう。今後、先端技術の応用が最も期待されるところである。

このようなインターフェースを備えた電動車いすユーザーとしては、理論物理学者のホーキング博士が有名である。同氏が使用するプライドモビリティー社特装部門がカスタマイズした電動車いすは、座圧管理機能付き電動リクライニング、起立補助シーティングユニットを装備している(図5)。

図5 ホーキング博士が使用するハイテク電動車いす(プライドモビリティー社)
図5

またスキャン式タッチセンス操作モジュールにより走行・外部機器操作が可能で、パソコン、CA、電動車いす用統合型バッテリーモジュールや、自宅ドア開閉用赤外線コントローラも搭載したハイテク電動車いすである。

6 趣味・スポーツへの期待

電動車いすサッカーが全国的にブームになっている。ボールをとらえるための瞬発力や俊敏性、押し合いに負けないトルクなど、一般の電動車いすにはない性能が要求される。国産ではワコー技研、今仙技研の製品がある。ゲームを通じて、国産電動車いす対海外製品の技術戦も楽しみである。

7 交通機関のアクセシビリティ

電動車いすをタクシーや乗用車に乗せるには、スロープやリフトなどの積載装置を使用するのが一般的である。一方、標準型電動車いすでも、ジャジー・パワー・チェア社やオットー・ボック社のアバンギャルド・シリーズなど、駆動ユニットと車いすフレーム等を簡単に分解・組み立てができる製品もある。

ノンステップバスをはじめ、電車、タクシーなど公共交通機関の車いすアクセシビリティ向上の取り組みは積極的に推進されている。乗降のアクセシビリティの確保とともに、乗車中の車いすユーザーと他の乗客の安全を確保することも重要な要件である。アダプタ・チェア社は、バス・タクシー等を利用する際の安全規格、ISO7176―19に準拠する電動車いすを販売している(図6)。

図6 ISO7176-19(車両搭載用車いす規格)に適合する電動車いす(アダプタ・チェア社)
図6

車いす固定装置を装備する本体フレームは、公共交通を利用する際に電動車いすが装備すべき装置として参考になると思われる。

8 操作システム

ジョイスティックによる操作が困難もしくは不可能な場合には、ミニジョイスティック、押しボタンスイッチ、スキャンスイッチ等が選択肢となる。指でなぞって操作するタッチパッド式も製品化されている。

随意操作ができる身体の一部、ジャイロセンサーを取り付けて操縦する方式など、より重度なユーザーの自立移動をめざした地道な研究がなされている。

頭や手、足など適切な部位に取り付けた傾斜センサーを用いた、マジテック社の操作装置は、不随意動作等による誤入力を除くようにあらかじめ細かく設定することにより、ジョイスティックを使用できない重度障害者に適応可能である。

ユニークな製品としてニューアビリティーズ・システム社は、口蓋にマウスピースを装着し電動車いすを操作する、特殊なスイッチを開発している(図7)。マウスピースには舌で触れて操作する9個のスイッチが埋め込まれており、パソコンや家電製品、ベッド周辺機器の操作も行うことができる。

図7 タン・タッチ・キーパッドの装着例。舌でスイッチをオン・オフすることにより電動車いすをはじめパソコンや家電製品を制御可能(ニューアビリティーズ・システム社)
図7

自動走行や音声による操縦システムも企業、大学、公的研究機関において継続的に研究がなされている。ITSの利用やナビゲーションシステムの研究も活発化しており、安全に快適に目的地に到達できるシステムが、近い将来実用化されると思われる。

おわりに

生活を快適でわくわくさせてくれるような道具、そんな姿が電動車いすの未来像である。ITを応用した総合的な操作システムのほか、快適性の要となるシーティングでは、ユーザーの姿勢を一定に保持する機能を一歩進めて、プログラムによりアクティブにシーティングシステムを制御することが求められる。

複合システム化する次世代電動車いすのエネルギー源の本命は燃料電池である。先端技術を活かして産学官一体で早急に開発に着手し、燃料電池搭載型電動車いすを日本から世界の市場に発信できることを正夢としたい。

(はしづめつとむ 東京都心身障害者福祉センター)


[注]掲載した写真は各社のホームページ、もしくはカタログから転用しています。

●紹介した各メーカーのホームページアドレス

●今仙技術研究所
http://www.imasengiken.co.jp/
●日進医療器
http://www.wheelchair.co.jp/
●ヤマハ発動機
http://www.yamaha-motor.co.jp/
●ワコー技研
http://www.wacogiken.co.jp/
●AdaptaChair
http://www.adaptachair.co.uk/
●Independence Technology - a Johnson & Johnson Company
http://www.indetech.com/
●Jazzy Power Chairs
http://www.pridemobility.com/
●Levo
http://www.levo.ch/
●Magic Mobility Extreme
http://www.magicmobility.com.au/
●Magitek
http://www.magitek.com/
●NewAbilities System Inc.
http://www.newabilities.com/
●Nimble, Inc.
http://www.nimble-inc.com/
●Otto Bock
http://www.healthcare.ottobock.com/
●Permobil
http://www.permobilusa.com/