「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年2月号
みんなのスポーツ
フィットネストレーニング
宮地秀行
1.フィットネストレーニングって何?
「Fitness」という言葉は、スポーツや運動の分野で「体力」と同義で用いられます。「体力」は筋力や持久力といった運動能力に関係する要素ばかりでなく、免疫力や病気、けがからの回復力といった健康の維持に関する要素も含んでいます。ですから「Fitness Training」は「健康・体力づくり」と言い換えることができるでしょう。
さて「Fitness Training」は、一人ひとりの状況に合わせてその方の目標とする生き方に心身の状態をFit(適応)させていく作業だと考えています。大げさなようですが、人生の目標を達成するために、その大元となる「ココロとカラダ」を整備しましょうということです。ですから、これは決してスポーツ種目の一つではなく、また、局所的な部位の機能回復を目的としたリハビリ訓練とも異なります。しかし、スポーツ選手が競技力を向上させるためには欠かせないものですし、高齢者や障害のある方が健康で文化的な生活を送り、さらにその活動範囲を広げていくためにも必要なことだと思います。
2.機能訓練(リハビリ)との違い
ふだん接する機会の多い脳卒中片マヒの方を例に、少し具体的に説明してみましょう。
片マヒの方がトレーニングを希望されるとき、その目的を伺うとほとんどの方がマヒした手足を良くしたい、つまり機能回復訓練(リハビリ)をしたいと訴えます。
マヒの回復をあきらめない気持ちは大切だと思いますが、現実には一定期間を過ぎた慢性期のマヒが何らかのトレーニングによって急に回復することは望めないのも確かです。まして、横浜ラポールのような障害者スポーツセンターでも医療機関とは異なりますから、機能回復という点では対応しきれず、この方の相談をそのまま受け入れて運動プログラムを作ることはできません。
このとき次の質問をしてみます。「もしマヒが良くなったら何がしたいですか?」
この質問に即答できる方は意外と少ないのですが、たとえば「海外旅行に行きたい(行きたかった)」と答える方がいれば、私たちは(障害があっても)海外旅行に行くことを目標にした体力づくりを考えます。その内容が、たとえばスタミナづくりの自転車こぎと足腰の強化を図るスクワットというように、病院のリハビリで実施されているものと変わらないとしても、目標の転換を図ることでやり方や意識が大きく違ってきます。このことは、相談者の方にとっても対応させていただく我々指導員にとっても、とても大事なことだと考えています。
このように、局所的な機能回復が目的でないということや、トレーニングの目標設定が個々の社会生活場面に置かれているという点が、医学的な機能回復訓練との違いと言えるでしょう。
3.個人に合わせた運動処方
私たちは風邪をひいたとき薬局で市販の風邪薬を買って服用し、夜暖かくして早く寝ようとします。これが風邪のときの一般的な対応(プログラム)です。しかし、市販の薬で効果がないと感じると、病院に行き医師の診察を受けるでしょう。このとき、医師は同じ症状の風邪でもその人の体質や体格によって薬の種類や量を調節して私たちに与えてくれますが、これが専門家による「処方」です。
フィットネストレーニングも同様で、特に健康上何らかのリスクがある人や特殊な目的をもった人の場合では、安全で効果的なトレーニングを実施するために、より個々の状況に合わせた専門家による運動の処方(種目、強さ、時間または回数、頻度などを決める)が必要です。
運動は「諸刃の剣」と言われ、やり方を間違えれば効果が出ないばかりか、かえって体を悪くすることにもなりかねないので、その人固有に処方された運動プログラムを安易に人に勧めたり、また、人のまねをしてトレーニングしたりすることは危険な場合があるということも知っておいていただきたいと思います(写真1)。
写真1 個別に作成したトレーニングプログラム
たとえば「ウォーキング」。健康の維持や減量のために効果的で、もっとも手軽な運動だと言われますが、膝痛や腰痛のある人は痛みや変形がひどくなる可能性もあるので勧められません。また、運動不足で肥満傾向のある人は筋力が低下しているところに過度の過重負荷がかかり、膝や腰を痛める可能性があるので、水中ウォーキングや固定式の自転車に種目を変更し、脚力強化の筋力トレーニングなども同時に導入します。歩く早さは心拍数などを目安に体にかかる負担度によって調整しますが、高血圧で服薬している人は、薬の種類によって心拍数が目安にならない場合もあります。
フィットネストレーニングを始めようという方は、まずスポーツセンターなどでトレーニングに詳しい指導員に相談されることをお勧めします。スポーツの競技力向上を目的とする方であればスポーツプログラマー(文部大臣認定)、健康づくりを目的とする方であれば健康運動指導士(厚生労働大臣認定)という指導者資格もありますので、問い合わせてみるのもよいでしょう。
4.フィットネストレーニングの実際
さて、横浜ラポールでは多くの方が積極的にトレーニングを継続しています。障害別に代表的なトレーニングプログラム例をいくつかご紹介しましょう。
1 脳卒中片マヒの方の体力づくり(主に立位歩行可能レベル)
マヒ側に対しては、拘縮を予防し、可動域を維持・改善するためのストレッチ体操がとても大切です。歩き方の改善や腰痛予防のためには、腕や足ばかりでなく、腰周囲の柔軟性も欠かせません。またマヒを補うために健側の負担も大きいですから、健側のけが予防や疲労回復のためにも意識して実施します。
自転車は脂肪を燃焼し、スタミナをつける「有酸素運動」の一つですが、乗り降りの際転倒に注意することと、患側足をペダルに固定するなどの工夫さえすれば、ほとんどの方が実施可能です(写真2)。
写真2
脳卒中片マヒの方の体力づくり
- 全身ストレッチ(準備・整理体操)
- 柔軟性の向上
- 可動域の改善
- 運動の準備
- 自転車こぎ
- 持久力の向上
- 脂肪燃焼
- マヒ側下肢の拘縮予防
- 筋力トレーニング
- 全身筋力の向上
- バランスの強化
2 車いす利用者の体力づくり(脊髄損傷や下肢切断者など)
下肢機能の障害で車いすを常用する方にとってスタミナづくりや減量のための運動には、手でこぐ自転車を使用しています(写真3)。
写真3
起立姿勢の保持は、下肢の骨密度強化や内臓機能の向上を目的としています。利用者からは便通の調子がよくなったという感想が多く聞かれます(写真4)。
写真4
下肢の自動ペダリングは血液循環の改善を目的にしています。こちらは「脚が温まる」とか「むくみがとれた」といった感想をいただいています。
これらの機器は今のところ決して一般的なものではありませんが、こうした機器によって障害がある方の健康・体力づくりが気軽にできるわけですから、横浜ラポールのような障害者スポーツセンターばかりでなく、健康増進施設やスポーツセンター、あるいは医療・福祉施設などにも設置していただきたいものです。
車いす利用者の体力づくり
- 上肢のストレッチ
- 手こぎ自転車
- 筋力トレーニング
- 起立姿勢の保持
- 股・膝関節の拘縮予防
- 骨密度の強化
- 内臓(特に消化器系)の機能向上
- 下肢の自動ペダリング
- 股・膝関節の拘縮予防
- 下肢の血液循環の改善
3 下肢関節機能障害者の体力づくり
変形性股関節症や膝関節症の方では、痛み(変形)が出始めてからの期間や手術の有無によって配慮が異なります。しかし、関節にかかる過重負荷を避けたいということは共通しているので、プールが利用できれば水中での歩行や体操が安全で効果的です。
跛行のために腰を痛めたり、反対の脚への負担で結果的に両方の脚が悪くなってしまったりすることも多いので、そうした予防も兼ねて全身の筋力強化や負担がかかる部位の十分なストレッチを行うことが大切です。
下肢関節機能障害者の体力づくり
- 全身ストレッチ
- 自転車こぎ
- 水中歩行
- 有酸素運動としての効果
- 水の抵抗力による筋力強化
- 筋力トレーニング
4 その他の障害に対するプログラム
身体的な障害やリスクのない知的障害や高次脳機能障害、視覚、聴覚障害などの場合は、プログラムの内容よりも環境づくりや課題の提示方法を工夫することが必要だと思います。
5.終わりに
継続は力なり…どのような目的のトレーニングでも継続してこそ効果が表れます。目標を持って楽しく行うことが大切です。
横浜ラポールでは、多くの方がフィットネストレーニングをきっかけにスポーツに挑戦したり、旅行に出かけるようになったりと、それぞれの活動範囲を拡げています。
みなさんも始めてみませんか?
(みやじひでゆき 横浜ラポールスポーツ課指導員)