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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年4月号

知的障害のある青年や市民へのプログラム
―オープンカレッジ実践から

松矢勝宏

知的障害のある青年たちの養護学校高等部卒業後の教育保障に関していえば、現段階では生涯学習の体系において努力が続けられている。そこで卒業生への学習保障に関して、大学がどのように貢献できるかという観点から、オープンカレッジ(大学公開講座、等々)の実践現場から報告してみたい。

現在、大学を一般市民の学習の場として開放する大学公開講座が活発に開催されているが、このような観点からの知的障害のある市民を対象とした取り組みが、東京学芸大学公開講座「自分を知り社会を学ぶ」であり、9年間の開催実績をもつ。また同様の試みが関西地域から始まっている。障害者福祉論等を担当する教員や当該研究室が大学間で連携し、学生ボランティアの協力を得て実施するオープンカレッジ活動である。この実践は、知的障害や発達障害のある市民を対象に地域への「出前」サービスをも行い、すでに全国的な展開になりつつある。今回は、このような取り組みが全国的に発展することを願い、私たちの実践を紹介する()。

◇進路学習「一日大学生」の実践を通して

まず、大学公開講座が開始されるきっかけについて述べる。東京学芸大学附属養護学校では1990年代初頭から高等部教育課程の改善を進めていた。国連・障害者の十年を経過する中で、生徒自身が主体的に自己の進路を選択・決定するように教育を改革したい。こうして完成した高等部の進路学習年間指導計画の中に、「一日大学生」という時間が設定された。高等部2年生の2学期から3学期かけて卒業後の「いろいろな進路」を考える時間が用意され、「進学」という選択肢があることについても学習する。

生徒たちの中には障害者能力開発校や専修学校に進学する事例がある。当然そのことについても学習内容に含めるが、高等学校の生徒たちの半数以上が大学進学をめざす今日、高等部生徒たちに同じ世代にある青年たちが大学に進学し、学生生活をしていることも知ってほしい。生徒たちの兄姉がそうであったように、また近隣の青年たちがそうであるように、「一日大学生」の体験学習を通して、彼らの家庭で、そして親御さんが「この子がいま高等学校の時期を生きている」ことを話題にし理解してほしい。進路学習「一日大学生」は、このような願いから始まったノーマライゼーションを指向する実践である。

体験学習「一日大学生」の実際は、高等部2年の生徒たちが1日を本学の訪問体験に当て、午前中には大学図書館や校長先生である教授の研究室や実験室を見学し、午後になると昼食を学生食堂で楽しみ、3時限に私が担当する講義に出席して受講学生と交流するのである。生徒たち、学生たちにもとても評判がよく、私の前任者である故大井清吉教授が担当した時期を含めて、今日まで10数年間続いている。

◇大学が知的障害のある青年や市民に生涯学習の場を提供

このように進路学習の実践研究が開始されると、他の養護学校からも関心のある進路指導担当教員らが大井研究室に集まるようになった。養護学校進路指導研究会(略称、進路研)のはじまりである。生徒たちにとって「一日大学生」体験の喜びは格別なものであるから、話題は知的障害者の大学進学論に発展することもあり、進路研の討論は侃々諤々、しばしば深夜に及んだ。高等部卒業後の継続教育あるいは卒業生の学習支援をどのように展開するか。彼らのキャリア発達と生き方支援を生涯学習の課題にどのように関連させるか。このような議論を通して、とりあえず既存の方法である大学公開講座によって、知的障害のある青年や市民のためにどのような学習支援ができるか、当分の間、その内容や方法を実験的に開発し実践することにした。

◇受講者にとって魅力のある大学公開講座の実際から明らかになったこと

当初、この実践が9年間も続くとは考えなかった。大学の正規の公開講座なので、受講料の納入が前提である。講座として成立するためには、受講者にとって有益であるばかりでなく、魅力的で楽しい学習活動にしなければならない。そのような課題と使命から工夫を重ねた。その過程で知的障害者の高等部卒業後の継続教育や生涯学習に関する、次のようなプリンシプルが明らかになってきた。

1.満18歳で学びの課程が終わるはずはなく、主体的で意欲的な学習のプロセスは、社会人になってますます確立する。2.社会人としての生活、給料や工賃、あるいは満20歳からの年金を加えた所得で暮らす生活は、学校教育の継続では得られないかけがいのない経験であり、キャリアを積むことを意味する。職場の上司や先輩との人間関係や対応に必要なソーシャルスキル、金銭管理や余暇の活用、男女交際と結婚、自然保護や環境問題等の社会人として必要な教養、より難しいけれどやり甲斐のある職業的な課題(キャリア発達)への挑戦、等々の課題。こうした一つひとつの課題が学習の必須なテーマであり、高等部教育の単なる時間的な延長では開発不可能な、独自なカリキュラムと教材が必要になる実際的なテーマである。3.そして、そのような課題を共通にもつ人たちが出会うことで、新しい仲間づくりのダイナミックスが生まれる。4.高等部卒業生の学びの課程は、このように大人になる、そして大人としての生活経験に裏づけられた、またそこから必然的に生まれる学びの要求に基づいて創られる。ここに普通の市民として完全参加するために学びの支援を受けるという権利の根拠と、生涯学習を必要な社会システムとして公的に整備するための視点とが得られる。

◇公開講座の実際から

全体として、支援者がつく6~8人程度のグループ(後述するシニアを含む)で話し合いながら講座の内容を楽しむことができる人たちが受講の対象となっている。受講者の広がりは、実験的な試みなので進路研のメンバーである教員がこのような学習の場を必要とする卒業生を勧誘し、口コミで受講者が自然に増える方法を採用した。こうして、最近の受講者は平均して50名から60名であり、9年間で延べ400名、実数で130名である。年齢は20~29歳が約6割で最も多く、次に30歳代が続き、40歳代の人もいる。講座は年7回で6月から始まり、原則として第3土曜日に開講、前記のような課題(テーマ)に基づき内容が設定される。大学教員、福祉機関の職員、地域の文化人、企業の雇用管理者等からの多彩な協力によって講師を委嘱し、また受講生を含め障害のある人自身が話題提供者になるテーマも積極的に採用した。

受講者は企業や作業所で働く人たちが多く、支援者には教員や学生ボランティアから作業所や企業関係者までの広がりがある。開講年度が重なるにつれ連続受講者が増加するようになったので、定員に余裕をつくるためと講座活動のキャリアを活かすために、99年度から希望者による受講料免除の「シニア」制度を設け、講座の先輩として受講者の支援に当たってもらうことにした。この試みは受講生の主体性を育む大きな契機になり、講座発展の原動力になっている。

受講生の豊かでナイーブな感受性や観察力は、時には鋭い質問となって発せられ、講師を感銘させ、あるいはたじろがせることもある。彼らこそフィロソフィー(哲学)の語義である「知を愛する」人たちである。講座内容の精選と共有化の工夫によって、障害の有無、年齢差、受講者と支援者の立場の違いを超えて、講座活動による学習成果を真にユニバーサルなものすることができると感じ始めている。これらの感想が9年間の実践から得た私の貴重な学びの成果である。

(注)東京学芸大学公開講座の実践については、最近刊行された次の文献を参考にしてほしい。1.松矢勝宏監修 養護学校進路指導研究会編『大学で学ぶ知的障害者…大学公開講座の試み』大揚社 2004年3月、2.「自分を知り社会を学ぶ」受講生論文刊行委員会『大学へ行こう!!…知的障害のある青年たちの学び・生きがい・社会参加…東京学芸大学公開講座「自分を知り社会を学ぶ」論文』発行所ゆじょんと、2004年2月。

またオープンカレッジ活動については、全国オープン・カレッジ研究協議会『オープン・カレッジ研究』(創刊号1999年~第4号2001年)や建部久美子『知的障害者のオープン・カレッジ・テキストブック』明石書店、2001年などを参照してほしい。

(まつやかつひろ 東京学芸大学名誉教授、目白大学教授)