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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年9月号

ユニバーサルデザインの広場

小さな時計に込められた、たくさんの工夫

木崎信尚

◆ユーザビリティーへの取り組み

私たちの、使い手にやさしい腕時計づくりについて、肩肘張らずにご紹介したいと思います。

シチズンでは、1990年代の初め頃から「ヒューマンウェア」というコンセプトのもと、人へのやさしさや便利さをテーマにした製品づくりを続けてきました。毎日身に着けるから身体にやさしい時計。ますます多様化する暮らしにフィットする時計。そういった価値を新技術でかたちにし、使い手にうれしい時計づくりを中心に据えています。

ではその代表的な例を挙げてみましょう。腕時計は金属素材を多く使っているため、金属アレルギーへの対策も必要です。シチズンでは、医療機関の協力を得てオールチタン製ウオッチの臨床テストを行い、100症例中メタルアレルギー再発症は「ゼロ」という結果を得ています。軽量で、錆びにくいという特性も生かし、スポーツウオッチをはじめとした多くの商品にチタンを採用するようになりました。

以前は「時計の着けはずしが面倒だ」「中留めが不意に外れて、落としそうになった」という声が、シチズンの調査に多く寄せられていました。また、爪先を傷めたり、女性にとってはマニキュアをはがしたりすることも問題でした。

こうした不満や不安を解消するために開発されたのが「プッシュ式中留め」です。中留め側面のボタンを押すことによってロックがはずれ、爪を使わず軽い力で時計を外すことができます。普段はロックされているため、不意に外れる心配がなくなりました。

そして最近では、さらに進化させた「フィットアジャスター」付きの中留めも開発・導入しています。これは、ユーザー自身が簡単操作でメタルバンドの長さ微調整を行えるもので、いつでも自分にあったフィット感が得られます。

毎日着けはずしをするものですから、この小さな便利さは、大きな快適へとつながっていきます。

図 CITIZEN Human Wear Concept

◆「見やすさ」に的を当てたUDの再出発

数年前に、社外のユニバーサルデザインの専門家から、見やすく工夫された「UDフォント」の提案を受けたのをきっかけとして、見やすい時計の商品化に拍車がかかりました。考えてみれば、腕時計の世界もファッション化の波が押し寄せており、先取りデザインやスタイルの美しさを最重要視した商品開発に奔走していた時のことです。

しかしながら、一旦立ち止まって「時刻を読み取る」という基本機能を改めて考え直すのによい時期だったと思っています。

◆視認性向上に向けた情報収集

まず「見る」「見える」ということについて情報収集することから始めました。

  • 視覚障害のある方、眼科医、眼鏡専門家との情報交換
  • 中高年グループインタビュー
  • 弊社お客様相談室からの情報
  • 弊社販売部門からの声

上に挙げた情報から、ユーザーの視覚能力の違いによってどのように見え方が変わるのかという使う側の要因と、デザインや仕様によって変わる製品側の要因のそれぞれを理解して解決していきます。

白内障などで視力が悪くなったり、VDTの注視し過ぎによって一時的に見え難くなったりした状況では、明度コントラストの強いデザインの文字板が見やすいことはだれでも比較的容易に推測できます。

しかしながら、ここで分かってきたことは、ガラスや針の光の反射が視認性に強く影響していることや、アラビア数字を採用した文字板が見やすいことなどです。白内障になると光の反射が通常の人より眩しく感じることも改めて認識しました。数字の効果は、時刻を数字で読み取れることと共に、時計の向き(上下)が即座に判断できることに起因していると考えられます。アナログ式の時計で時刻を読み取る場合、まず時計の向きを確認して12時位置を把握し、それから針の位置(角度)と文字板のインデックスから時刻を認知するのです。

中高年グループインタビューでは、見やすいといわれている数種類の時計を触りながら視認性の評価をし、弊社の開発した商品がとても見やすいとのアンケート結果を得ています。

ただし、インタビューの中で「自分の気に入った時計が一番見やすい」という発言を聞いたときは、装飾品としての時計づくりと機能を十分に満足させる時計づくりのバランスの難しさを痛感しました。

一方、社内のお客様相談室に寄せられた声や対応を聞き、販売部門からは視認性に問題のある商品をリストアップしてもらい、現物を見ながら、デザイナーや技術者と見にくさを引き起こす要因を洗い出しました。

視覚障害者、眼科医などの専門科インタビューより

ロービジョン者にとっての腕時計
●弱視者にとって腕時計は重要
屋外や室内の備え付けの時計は見えない。自分の時計が頼り。
●残存視力の活用
視力障害者のほとんどは、何らかの残存視力を持っている。
これを活用して自立生活に役立てることが重要。
●「時間が読めるか、読めないか」の手がかり
「12」の位置が水平垂直の基準になる。つまり向きの把握(基点の認知)が不可欠。

中高年及びロービジョンにおける「時計の見やすさ」調査より

「見やすい腕時計」への指針
  • 適切なコントラストの文字板表現
  • 針のデザイン(長さ、太さ、色調など配慮)
  • 基準位置(12時)の明碓化
  • ケース、ガラスの光の反射を抑える
  • 文字板の数字は「慣れ」や「好み」など、嗜好の個人差が大きいので選択肢が要る。

◆見やすい時計を追い求めて

集められた情報と要因を分析し、視認性を上げるための要素と改善案を整理していきます。ここでは、そのポイントをいくつかご紹介します。

  • 12時位置が直ぐに把握できること。
  • 時分秒の各針の区別が容易なこと。
  • インデックスの大きさやコントラストが確保されていること。
  • ガラスなどの反射を抑えること。

全般的には右のような基本的な項目が挙げられますが、個々のデザインによって異なった方策が出てきます。たとえば、文字板の生地色の違いによって、見やすいインデックスや針の仕上げは変わってきます。黒い文字板に鏡面仕上げの針をつけると、生地に同化してしまいとても見難くなります。その場合は輝きを抑えた仕上げにする必要があります。白い文字板の場合には鏡面仕上げの針でも十分認識できます。

数字の書体もかなり影響します。程よい太さで大き目の数字が見やすいのは確かですが、視力の弱い方には、違う視点の工夫が効果的です。それは「6」「9」「8」などの誤認を防ぐ対策で、「6」の右側の上の線が下の丸い部分に近いと、くっ付いて見えるため「8」に見間違える可能性が出てきます。それを防ぐため、右上の線の始まりをわざと上にずらし、下の丸い部分との間に空間をつくることで、間違え難くすることができるのです。

この工夫を取り入れて開発されたのが、現在アテッサブランドで採用されているシチズンオリジナルの「UDフォント」です。また、日付窓にある小さな数字もこのフォントをアレンジして作られており、数多くの商品に展開されています。

ガラスの反射を抑える「硬質反射防止膜」の技術も確立しました。通常のサファイアガラスの反射率は12%ですが、この防止膜をガラスの両面に施すと2%にまで下げることができます。ガラスへの周囲の映り込みが軽減され、文字板と針をくっきりと見られるようになりました。

◆商品開発の基盤づくりへ

前述した、文字板デザインや仕様を決めるうえでのポイントを「フェイスデザインガイド」として纏(まと)め、デザイン部門に提供して、視認性向上への共通認識を図っています。また、商品のモックアップモデルの検討にも視認性のチェック項目を導入しました。

このような取り組みから、視認性の悪い商品が減りつつあります。今後も見やすい時計を継続して提供していくには、商品開発の流れの中に、「視認性」という項目をしっかり取り込んでおくことが重要だと考えます。

図

◆ユーザビリティー、エモーション、エコロジーを融合する展開へ

シチズンでは、廃棄電池を減らし地球環境への負荷を軽減した、光発電時計「エコ・ドライブ」や、標準時刻電波を自動受信して正確な時刻を表示し、時刻合わせの手間をなくした「電波時計」の開発・商品化を推進しています。電池交換が不要でいつも秒針までピッタリ合っている、そして使いやすさの工夫が満載の商品たちは、お客様から高い評価をいただいております。

見やすい時計の提供も「できるだけ多くの人に使いやすく」というユニバーサルデザインのコンセプトのひとつですが、使いやすさと共に、使い手の心に喜びや感動を呼び起こす商品であること、さらには地球環境に配慮した商品であることも、人にやさしい、そして使い手にうれしい商品であると考えています。

図 時計の説明 他

(きざきのぶひさ シチズン時計マーケティング本部第1企画営業部)