「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年9月号
ワールドナウ
お待たせしました!「アラブ障害者の十年」が採択されました
長田こずえ
採択までの道のり
1983年の「国連・障害者の十年」に続いて、1992年、アジア太平洋地域は国連ESCAPの支援を得て「アジア太平洋障害者の十年」(1993―2002年)を決定した。
2002年には国連ESCAP総会で「アジア太平洋障害者の十年」を2003年から2012年まで、さらに10年延長することが決定した。同時に、「障害者の権利条約」実現の促進や「アフリカ障害者の十年」、「アラブ障害者の十年」との協力、当事者団体の権利擁護促進や障害とジェンダーなど14項目を含む包括的な目標が採択された。その指針となったものが、2002年10月滋賀県大津市で開催された国連ESCAP「アジア太平洋障害者の十年」最終年ハイレベル政府間会合で採択された「びわこミレニアム・フレームワーク」である。
「アジア太平洋障害者の十年」は他の開発途上地域によい影響を与えたと思われる。1999年にアフリカ統一機構(現在のアフリカ連合、African Union)が2000―2009年を「アフリカ障害者の十年」とすることを宣言した。アフリカ諸国の政府が障害者のエンパワメントと障害者を取り巻く状況の改善、社会的経済的政治的な国内計画に障害を組み込むこと等を目的として決議したもので、アジアとアフリカの“南―南”協力のもとに推進されている。
実際、国連ESCAPとアジア太平洋障害者センター(APCD)は2003年12月と2004年の8月に2回「開発途上地域障害者の十年交流:南―南 協力」のセミナーを共催した。2003年にはアフリカの障害者団体がバンコクでのセミナーに参加した(http://www.apcdproject.org/trainings/shg04/index.html)。2004年8月にはアラブの代表もバンコクに呼ばれ「アラブ障害者の十年採択までの道のりとその行動計画指針」について講義した(http://www.apcdproject.org/trainings/south04/index.html)。
また、2004年8月初旬には国連標準規則の特別報告者と国連ESCWA、アラブ障害者連盟(AODP)が共同でレバノンのベイルートで「アラブ障害者の十年のセミナー」を共催し、国連ESCAPの障害問題のプロジェクト専門員が参加した。
アラブ地域ではアラブの障害者リーダーのナワフ・カバラ教授〈レバノン人〉を中心に、1998年から「アラブ障害者の十年」を実行したいとの意向があったが、いろいろな事情で難航していた。当時レバノンの首都ベイルートにある国連ESCWAで障害者担当官としてカバラ氏などと一緒に障害問題を扱っていた筆者にはまだ記憶に新しい。結果的にはアラブ同盟(League of Arab States)と国連ESCWAの賛同により、2002年10月2日から5日までベイルートの国連ビルで開催された準備会議で実施に向けての草案決議がなされた(http://www.escwa.org.lb/divisions/sdd/urban.html)。
2003年12月にエジプトのカイロで開かれたアラブ同盟の社会開発大臣会議で可決され、次回のアラブサッミトで採択されることが決定した。2004年5月22日にチュニジアのチュニスで「アラブ障害者の十年、2004―2013」が公式に採択された。
「アラブ障害者の十年」行動計画
「アラブ障害者の十年」は12の重点課題項目を掲げており、(1)法律、(2)健康、(3)教育、(4)リハビリテーションと就業、(5)アクセシビリティー、(6)障害児、(7)障害を持つ女性、(8)老人と障害、(9)マスメディアと啓発、(10)グローバライゼーションと貧困、(11)スポーツとレクリエーション、(12)モニタリングと実施が含まれる1)。
これらの重点課題項目は「国連標準規則」や現在国連で進行中の「障害者の権利条約」策定へ向けた委員会などを念頭に置きながら総合的に施行されるべきであること。究極的な目的はアラブの障害者の権利を保障することであり、そのためにアラブ同盟とアラブ政府、アラブ障害者団体はまず以下の4つのステップを取ることが決議された。
- アラブの十年を施行しモニターするための特別な団体を形成すること。
- 個々のアラブ諸国が「アラブ障害者の十年」と平行して自国の現状や発展状況を考慮したうえ「国内障害者の十年」とその指針を作成することを促すこと。
- アラブ地域での活動が世界の動きと平行していることを常に明確にする。
- アラブ諸国が十年を施行するための活動に資金援助を提供することを促すこと2)。
その内容を見て見ると、障害の社会モデルへの移行、「施設から地域サービス」への移行と国際的な概念の発展と平行している。現に指針そのものが「国際的な動きとの対応」を4大原則の1つとして明記していることは見逃せない。本研究者や他のアラブ障害問題研究者の観察や言説よりもさらに漸進的な指針であるともいえる。
ただし、先進国的な「自立生活モデル」や欧米的な「差別禁止」よりもより包括的である。肯定的な特別処置(法定雇用割り当て制度、免税、割引などを含む)や社会的な阻害を避けるための措置として「家族や地域社会の中での統合的な生活」を理想としていることは確実である。統合(インテグレーション)とインクルーシブ(包み込み)を混合させた「インクルーシブな統合」もユニークな概念である。
さらに細かいセクターごとの行動計画から興味深い項目を拾い上げてみる。
【1・法律】の項目では、障害者のリハビリテーションや医療サービスへのアクセスを権利として保障すること、障害者カードの提供、法定雇用割り当て制などを含む障害者雇用促進法など割合に一般的なものが多い。
【3・教育】の項目では、家族や教職員の理解を促す社会教育、普通学校教職員の訓練、統合教育を目的とする補助器具の提供、校内で障害者カード登録を可能にすること、教育を目的とした手話3)を統一化することなどである。
【4・リハビリテーションと就業】の項目では、リハビリテーションと職業訓練学校を増設、既存の学校は人材のニーズに適合させてテクノロジーなどを導入させ近代化すること、マイクロファイナンス等を導入させ障害者による零細企業の起業の促進や援助などが含まれる。
【5・アクセシビリティー】の項目では、建築基準法、手話通訳や点字での情報、マスメディアの役割、等と一般的である。ただし日本などと違い公的な交通機関がほとんど存在しない対象国では、個人の乗用車が一般的な交通手段となる。従って、乗用車輸入の免税特権、優先的駐車場の確保4)などが重要となる。さらに車いすなどの福祉用具の国内生産が限定されており、輸入製品が好まれる傾向にある対象国では福祉用具の輸入免税特権も大切である。今後、障害者を対象とするドライビングスクールの教官の増員なども必要になるかもしれないし、高性能な車いすなど福祉用具の国内生産の必要性も考えられる。
【7・障害を持つ女性】の項目では、障害を持つ女性の当事者団体の助成と促進(社会が性別により分かれているアラブでは重要)、法律上保障されている権利についての情報提供、家族や地域社会の意識向上のための訓練など多岐にわたる。
【9・マスメディアと啓発】の項目では、いまだに障害者向けの番組がより望まれ、欧米などのように障害者を通常のドラマなどの番組に自然にメインストリームするべきであるという項目は指針には特にない。そういう発想がないのかもしれない。実際、筆者の長年の現地での生活経験からもそういった配慮は皆無であると思われる。グローバライゼーションと貧困という項目は、貧困に関すること以外特に目を引くものは何もなく、障害と貧困の問題をこの項目に記しただけで、ここにはアラブ地域での政治的な視点が反映されていると思える。彼らの考えを理解するにとどめる。
【12・モニタリングと実施】の項目では、各国が障害者の団体の代表を構成員として含むアラブの十年の国内実行委員会を作ること、地域的にはAODPとアラブ同盟のアラブ社会開発大臣協議会の事務局が協力で十年の地域実行委員会を作り毎年の成果を報告すること。
以上、非常に高い理想を目指した「アラブ障害者の十年」の行動計画指針の内容をいくつか取り上げて翻訳分析した。現在の開発分野で基礎となる障害当事者のエンパワメントの単独プロジェクトの観点からも、あるいは障害の開発プロセスへのメインストリームの観点からも参考になる点が多い。現実的であろうとなかろうとアラブの障害当事者とその関係者自身が草案したこの指針案は、海外技術協力団体や欧米などのNGO等の外部団体が現地で活動を行う際には尊重されるべきものである。アラブでの「コーランであり聖書」であるべきものだ。
(ここで述べられた意見は筆者個人のもので国連ESCAPまたは国連の見解ではない。筆者の個人的な観察、見解として理解していただきたい)
(ながたこずえ 国連ESCAP障害専門官)
【脚注】
1)「アラブ障害者の十年」課題項目とその詳しい内容はAODPから第3回の権利条約の特別委員会の参加者にニューヨークで配布された「アラブ障害者の十年」の広報誌とカバラ氏自身が2003年10月の国連ESCAPのバンコク専門家会議に提出したペーパー、また同氏が2004年の8月に開かれたAPCDとESCAP共催の「南―南協力:障害者の十年」ワークショップに提出した資料などに基づき筆者の個人的な見解も含め重点を拾い上げ翻訳分析した。2004年の8月に行われた筆者とカバラ氏のインタビューを通して細かい点は確認されている。
2)アラブ諸国では石油資源と財力のある湾岸諸国と本研究対処国等の石油資源のない人材輸出国との差が顕著であり、産油国から貧しいアラブ諸国に資金援助が流れるのが一般的なパターンである。
3)アラビア語の手話は統一されておらず、一般的に通常言語の発展と手話言語の発展には必ずしも関連性はない。ひとつの国でも2つ以上の手話が共存している場合もあり国語としての手話を確立する必要がある。以前は統一したアラビア語の手話を作ろうとした動きもあったが進展は見られない。
4)法律や交通規則等を義務として比較的素直に受けいれ厳守する傾向の強い先進国の国民と多少違うのは、いまだに部族や地域社会への帰属心のほうが国民としての義務より強いこともある当地では障害者優先パーキング等はしばしば無視される。現地の交通警察などと協力してその実行を強制する必要がある(長田 2000年)。
「アラブ障害者の十年:2004―2013」行動計画指針(日本語翻訳・長田こずえ)
前文の中から抜粋
*アラブの文化と人道的な価値観を重んじること
*国際人権条約、国連の宣言文、国連条約などを重んじモットーとすること
*障害者の権利と完全参加を総合的な人間開発をとおして保障すること
*戦争、内戦、災害、占領、その他の外的要素が障害を増やす原因であること考慮すること
*リハビリテーションや、開発、障害者の社会統合を認識すること
目標
- 障害者のイメージを改善し社会の偏見を取り除く
- 障害問題を国策の前面に押し出す
- 障害者や家族のための組織を保護し促進する
- 国内障害政策審議会やその他の調整委員会等の役割を有効にし必要なら改善する
- 障害者の統計を促進する
- 既存の政府機関や市民社会のプログラムを改善し全体としてまとまりのあるものにする
- アラビア語の障害の定義と概念の確立
- 障害の診断やリハビリテーション、訓練の分野で最新技術を導入
- 障害当事者やその家族が近代的な福祉器具を入手できるように予算を付ける
- 障害の研究に十分な予算を付けること
- 障害当事者とその家族のあらゆる社会面での技術の向上
- 教育、就業、レジャー、その他あらゆる生活面での障害者の社会的統合
- 障害当事者の政治的参加
- 重度障害者のための施設を完全な社会参加を目指す一時的な手段としてのみ立てること
- NGOなどの市民社会がリハビリテーションとアクセシブルな医療に関する実施計画に参加することを促進する
1.法律
- 障害者が公共私的な労働市場で就業できるように国内法の設立と改定
- 障害問題を担当する強力な国内団体の設立
- 障害者の医療とリハビリテーションに対するアクセスを保障すること
- 障害者の統合教育と訓練を保障する国内法の設定
- 民間企業に対する法定雇用率の設定
- 公共機関へのアクセスを保障すること
- 障害者がアクセシブルで適当な住居に住めることを保障する
- 障害者や障害者団体が使用する交通手段〈自家用車等〉の免税措置
- 国内生産を促進すると同時に輸入品の福祉器具の免税措置
- 家族や職員の障害者に対する嫌がらせやいじめその他の不当な扱いを犯罪として厳罰すること
- 障害を産み出すあらゆる行動〈積極的なものと比積極的なものを含む〉を罰する
- 障害者の安全とアクセスを保障するために既存の交通法・交通規則を改定
- 国内法、国内計画、地方やアラブ地域全土の法規、或いは国際的な条約その他に関して障害者のニーズを常に考慮すること
2.健康
- 障害防止と早期発見
- 早期介入
- 障害の原因に関する研究
- 障害専門の医療技術者に対する最新医療技術の提供
- 障害を医学部のカリキュラムに導入する
- 福祉用具を利用可能な価格で提供すること
- 通常の医療サービスの改善
- 障害防止のため結婚カウンセリングと多岐に及ぶ医療テストの提供
- 母子保健と安全でかつ医療サポートの整った出産体制
3.教育
- 近代的な技術を採用した障害者担当の教育者の育成
- コンピュータやその他のハイテクなどの教育に関する補助機材の提供
- 障害者の統合教育の重要性を啓発すること
- 個人に適合した教育プログラムと知的障害や心理障害を持つ人のための教育を教育カリキュラムに統合すること
- 生徒に障害手帳を提供
- 手話と点字のテキストの提供と盲ろう者向けのタッチベースのサインの開発
- 教員養成カリキュラムに障害児教育を組み込むこと
- 障害者の大学教育に関する理解
- 障害者の大学教育に関する情報の交換
- UNESCOサラマンカ宣言の原則を障害者教育に採用
- 障害者の両親の教育面での役割見直し強化
- 障害の認定、発見のためのテスト、障害の診断テスト等に関する適宜な配慮〈アラブの文化と社会の即した手段〉
- 手話その他の障害者統合教育のために必要な補助手段をカリキュラムに導入
4.リハビリテーションと就業
- 職業訓練の専門家の近代的技術に適合した教育
- 職業訓練校の設置と既存のものに関しては近代的技術と労働市場に適合した学校に改良
- 中小企業起業の促進
- プライベートセクターでの障害者雇用促進
- 職業訓練に関する地域での情報交換
- 奴隷労働その他の雇用に関する障害者の不当な労働を禁止する法律の必要性
- 政府と障害者当事者団体と専門家協会〈医師会等〉の協力
- アラブ地域で障害者雇用で目立った分野の「良い例」に関する出版
- 一般の雇用促進協会などに障害者を参加させ障害者の意見を取り入れる
5.アクセシビリティー
- 住宅や公共施設などのアクセシビリティー
- 建築家の教育カリキュラムにアクセシブルな建築規則、建築法のコースを導入
- バスなどの公共交通機関に関して決まった駅を設定すること、または各駅で必ず止まることを義務付ける
- 障害者の自家用車運転を可能な限り促進しサポートする
- 障害者とその付き添いにはあらゆる交通機関を半額にする割引制度の導入
- 交通信号に音声サポートをつける
- すべての交通機関にアクセシブルな技術的な改良・改善を試みる
6.障害児
- 障害児の技術と能力向上のためのプログラムに関する研究
- 早期発見、早期介入
- 家族と社会を対象に啓発
- 障害児担当の専門家に最新技術と補助器具の提供
- 障害児の家族に対する補助
- 障害児の家族に対する生活保護
7.障害を持つ女性
- 障害を持つ女性の婦人団体や協会での役割を促進
- 障害女性を対象に社会的法的市民的権利についての教育
- 家族を対象に障害を持つ女性のニーズに関する啓発
- サービス享受に関する男女平等の保証
- 障害女性を対象に職業訓練その他の訓練の提供
- 障害を持つ女性に対する産前産後の医療と保健ケアー
8.老人と障害
- 家族を対象に障害を持つ老人のニーズに関する啓発
- 障害を持つ老人を対象とした医療、健康、リハビリの認識と提供
- 施設や家庭内で障害を持つ老人を担当する人を対象とした訓練
- 障害と老化に関する研究の必要性
- 障害を持つ老人を対象に福祉器具の提供
- 障害を持つ老人が家庭内や地域で暮らせるように環境の改善
- 家族に対する生活費支援や「移動する健康サービス」などをとうして障害を持つ老人の社会排除を防ぐ
9.マスメディアと啓発
- 障害の防止と障害に関する対処方法のプログラムを教育テレビ番組に強制導入させる
- 障害を持つ男女のサクセスストーリーを報道させる
- 障害者や当事者団体、家族などに関する幅広い報道をマスメディアに訴えかけること
- 障害者に関する特別番組やプログラム
- 手話の導入
- 点字での出版
- 障害者の特別イベントをマスメディアがカバーするように促進
- 障害者が情報収集の為に近代的なテクノロジーを使用できるように促進する
10.グローバライゼーションと貧困
- 障害者の失業を減らすこと
- 貧困政策を通して貧困を減らし、貧困を減らすためにも障害を減らす
- 低所得者を対象にリハビリテーションプログラムを実施
- 重度障害者など働けない障害者を対象に生活保護を提供し、働ける人には雇用を促進する
11.スポーツとレクリエーション
- 障害者をスポーツとレクリエーションに参加させる
- 障害者専門のスポーツやレクリエーションの専門家の養成
- 障害者をスポーツやレクリエーションに参加させるための器具の提供
- 障害者を通常のスポーツやレクリエーションに参加、統合させる
- マスメディアの障害者スポーツの報道
- 障害者スポーツ選手の交流を促進
- 障害者スポーツ選手をあらゆる分野で訓練養成
- スポーツとレクリエーションを治療の一つとして施設の活動に組み込む
12.モニタリングと実施
- 国内で障害者団体や政府機関の代表で構成されたアラブ十年の「国内政策実行促進協議会」を設立して十年の実施状況を推進し毎年アラブ連盟の「アラブの社会開発大臣委員会」下部組織の「障害者十年の事務局」に報告する
- 地域的にはアラブ連盟の「アラブの社会開発大臣委員会」の下部組織の「障害者十年の事務局」とアラブ地域NGO連盟「AODP」共同の十年のための事務局を設立