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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年9月号

ほんの森

藤井克徳・田中秀樹著
わが国に生まれた不幸を重ねないために
―精神障害者施策の問題点と改革への道しるべ

評者 朝日雅也

「わが邦何十万余の精神病者は、実に病を受けたる不幸の外に、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものと云うべし」。日本の精神医学の父と称される呉秀三の言葉である。題名にこの言葉を引用している本書は、呉秀三が活躍した時代から約80年が経ち、わが国の精神障害者施策はどれほどの進展を見せたのかを施策と実践の両面から鋭く問いかけている。

第1部は(社福)きょうされんの藤井克徳さんによる「欧米から30年遅れをとった精神障害者施策」。長い間の医療中心主義、入院中心主義が、精神障害者施策の発展に遅れを出してきたことを、国際的な比較、わが国の他の関連分野との比較、時間軸での視点、障害のある人のニーズに照らした視点から、その問題の構造と課題を浮き彫りにする。障害者プランの「社会的入院の解消72000人」はなぜ「72000床」の解消ではないのか、「出す」のではなく「出たくなる」環境の整備を、との説得力のある問題提起には一つひとつ相槌を打ちたくなる。制度と実践の融合を改善の基調とする本書では、第2部の「つなぎあい、協同しあう福祉へ」で、和歌山県の(社福)一麦会・麦の郷の田中秀樹さんが精神障害者の地域生活支援の実践を詳細に報告している。長期入院が常態化していた極めて厳しい社会的条件の中、自主的かつ非医療型で取り組んできた実践の場面が、わが国における精神障害者施策、とりわけ地域生活の実現にあたってどのような壁に直面し、また、それを乗り越えてきたのかを実に具体的に示してくれる。グループホーム設置の際に一度は反対運動まで起こした住民の意識が、今では麦の郷の存在が地域の誇りというまでに変わったという地域支援の広がりを示すエピソードは、改めて環境の改善や地域のつながり合いに向けた関係者の粘り強い歩みを実感させてくれる。実践が制度に先行して、新しい仕組みを構築してきたことを麦の郷の着実な取り組みの中に見出すことができる。

精神保健福祉法や障害者の雇用の促進等に関する法律の定時改正など、精神障害者施策は、今後、大きな転機を迎えることになる。本書は、筆者らの講演を元に加筆されたものであり、口述ベースゆえに精緻さに欠けると著者らは遠慮がちだが、わが国における精神障害者施策の進展と現状及び課題を概観できる、まさに時宜にかなった良書である。「この邦に生まれた不幸を重ねない」ために、関係者に今後の行動指針を確実に示してくれる。

(あさひまさや 埼玉県立大学)