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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年10月号

特別支援教育とは

島治伸

特殊教育から特別支援教育へ

特別支援教育は、特殊教育とか障害児教育と呼ばれていたものが、単に名称変更になったと言うだけのものではありません。昨年3月に、文部科学省の「特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議」から出された、「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」という報告書によって、新たな概念として示されたものです。

この報告書の中で、「特別支援教育とは、従来の特殊教育の対象の障害だけでなく、LD、ADHD、高機能自閉症を含めて障害のある児童生徒の自立や社会参加に向けて、その一人一人の教育的ニーズを把握して、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するために、適切な教育や指導を通じて必要な支援を行うものである」と示されており、基本的な方向と取り組みとしても、「障害の程度等に応じ特別の場で指導を行う『特殊教育』から障害のある児童生徒一人一人の教育的ニーズに応じて適切な教育的支援を行う『特別支援教育』への転換を図る」と述べられています。

つまり、視覚障害・聴覚障害・知的障害・肢体不自由・病弱虚弱といった、障害の程度に応じて特別の場で指導をしていた特殊教育から、いわゆる軽度発達障害と呼ばれる子どもたちも含めて、障害のある児童生徒の教育的ニーズを的確に把握して、柔軟に教育的支援をしていこうというのが特別支援教育です。

この考え方のもとになったものとして、同じく文部科学省の「21世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議」が2001年1月に出した「21世紀の特殊教育の在り方について」の最終報告がありますが、そこでは「ノーマライゼーションの進展、児童生徒の障害の重度・重複化、早期からの教育的対応へのニーズの高まりや高等部への進学率の高まりなど近年の特殊教育をめぐる変化を踏まえ、これからの特殊教育は、障害のある幼児児童生徒の視点に立って一人ひとりのニーズを把握し、必要な支援を行うという考えに基づいて対応を図ることが必要」との認識が示されていました。

特別支援教育体制の推進に向けて

このような、障害のある子どもたちの教育にとって大きな転換を迎える特別支援教育を進めるにあたって、「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」(以下、「最終報告」と記します)では、いくつかの仕組みや考え方が示されています。その中では、質の高い教育的対応を支える人材の必要性や、関係機関の有機的な連携と協力が重要であるとの指摘とともに、「個別の教育支援計画」、「特別支援教育コーディネーター」、「広域特別連携協議会(仮称)」といった、特別支援教育体制の構築のための具体的なツールの検討も提案されました。

「個別の教育支援計画」というのは、障害者基本計画の分野別施策の基本方向で示された、「個別の支援計画」と同じ概念で提案されており、児童生徒に関わる関係機関が適切な役割の下に、一人ひとりのニーズに対応して適切な教育的支援を、効果的かつ効率的に行えるようにするために策定されるものです。

障害のある人を生涯にわたって支援できるように、「個別の支援計画」を関係する機関や人が連携協力をして策定するときに、学校や教育委員会などの教育機関が中心になる場合の概念として、あえて、個別の教育支援計画と呼んでいます。

したがって、学校だけが作って持っている児童生徒情報の書類と言うようなものではなく、関係機関や関係者と連携協力しながら教育的支援をするために活用する、共通のツールとして考えられています。

次に、「特別支援教育コーディネーター」というのは、小・中学校や特別支援学校(仮称:現行の盲・聾・養護学校の枠組みにとらわれない障害のある児童生徒のための学校として想定されています)に指名される教職員の役割(分掌)で、校内及び学校外の関係者や関係機関との連絡・調整を行う重要な役割を担う係です。保護者などからの相談窓口の役割を担うことも期待され、個別の教育支援計画を策定する場合にも中心的な役割を担うことになると考えられます。

したがって、特別支援教育コーディネーターには高度な専門性が求められることになります。特殊教育に関わる教職員としての専門性はもちろん、連絡・調整能力なども必要としますから、学校によっては複数の担当を配置して対応することも考えられます。

また、「広域特別連携協議会(仮称)」というのは、障害のある児童生徒に対して地域における総合的な教育的支援のために有効な、福祉や医療などの関係機関との連携協力をするために、行政レベルで部局横断型の支援組織体制を作りましょうという提案で、障害のある児童生徒の各地域での連携協力による支援体制をめざすものです。

都道府県レベルで教育委員会と知事部局の関係者が、医療や福祉・労働などの関係機関や関係者で横のつながりを持ちながら、障害のある児童生徒の支援体制を作ることを目的としたものです。都道府県の実態に応じて、NPOや保護者の会なども支援体制の一員として参画することが考えられますし、保健医療福祉圏域や障害福祉圏域などに準じた規模の支援地域を想定した、特別連携協議会なども考えられています。

図1
図1 個別の支援計画

図2
図2 特別支援教育コーディネーター

地域や学校で総合的全体的に

障害のある児童生徒一人ひとりの教育的ニーズを把握して適切な対応を図ることを、特別支援教育の基本的な視点としていますが、自立や社会参加が重要な目的であることは、特殊教育と変わりありません。ですから、可能な限り、自分の意思や力によって地域の中で生活をしていくためには、教育のみならず、福祉や医療や労働などのさまざまな側面からの適切な支援が、より一層求められるわけです。

そのためには、市町村教育委員会や関係機関の有機的なつながりや、それぞれの適切な役割が問われてくることになります。これまでの特殊教育の対象の障害だけでなく、LD、ADHD、高機能自閉症も含めて障害のある児童生徒の視点に立って、地域社会や学校が総合的全体的に支援ができるように、自覚と責任が問われることになるでしょう。

この場合に、児童生徒の教育的ニーズは多様ですし不変のものではありませんから、もっとも適切な教育的ニーズに対応するために、専門家による意見はもちろんのこと、重要な支援者一人である保護者の意見も十分に踏まえる必要があると考えられています。

市町村教育委員会、小・中学校、特別支援学校(仮称)のみならず、家庭や地域社会全体で総合的全体的に適切な支援ができるように、関係機関それぞれが具体的に連携協力する必要があります。

最終報告書を受けて

文部科学省では、最終報告を受けてから関係機関や関係者の意見を聞きながら、昨年度を特別支援教育元年と考えて「特別支援教育推進体制モデル事業」や「特別支援教育コーディネーター養成研修事業」などをはじめとして、この歴史的な転換に対応するための多くの事業を全国的に進めてきました。

なかでも、「特別支援教育推進体制モデル事業」(以下、モデル事業と記します)は、以前から実施されてきた学習障害(LD)のある児童生徒に対する指導体制の充実事業の実践を踏まえて、総合的な教育支援体制を整備することを目的とし、校内委員会や専門家チームの設置をはじめ、巡回相談などによる学校と地域における体制整備をめざしてきました。

今年度はそれらに加えて、都道府県や支援地域での特別支援連携協議会の設置や、個別の教育支援計画の策定に向けた検討委員会の設置、また、盲・聾・養護学校の特別支援教育センター的な機能の活用などをモデル事業に追加することで、より総合的全体的な教育支援体制が整備されるようにしています。

これらのモデル事業は、現行の法律の下で行えることをそれぞれの協力と創意工夫によって進めてもらっていますが、その一方で、現行の特殊教育の仕組みと今後の特別支援教育体制との間には、越えていかなければならない問題点もいくつかあります。

今の特殊教育のシステムは、最終報告でその在り方の検討をする必要があると指摘された、特殊教育諸学校や特殊学級を中心としたもので、長い月日を経て各種の法律に基づいて組み立てられてきたわけですから、新しい体制を整備しようとすれば当然のことです。

そこで、中央教育審議会初等中等教育分科会に「特別支援教育特別委員会」を設けてもらい、学校教育法等の改正も含んだ制度設計に関しての審議をお願いしました。それぞれの支援地域で、障害のある児童生徒たちに応じた特別支援学校の設置を可能にすることや、その特別支援学校が地域におけるセンター的機能を発揮して、関係機関とともに小・中学校の支援をするなどについての審議(原稿執筆段階)をしていただいています。

まずは中間報告が、そして最終報告が文部科学大臣に提出されるのを受けて、通常国会での審議を経て法律改正されるという流れが予定されています。

まとめにかえて

今まで見てきたように、特別支援教育というのは特殊教育の概念を大きく変えるものです。この流れを「場の教育からニーズの教育へ」と表現した人もいました。

これまでも、個々の教員の努力や学校の独自の工夫により教育的ニーズに対応させる努力が行われてきましたが、近年の教育をめぐる諸情勢の変化を踏まえれば、個々の教員の資質に任せた対応や学校のみによる対応には限界が来ているとの考えもあり、従来の特殊教育のシステムや制度において制約となっていたさまざまな要因に目を向けた、大胆な改善に向かっているということです。

特別支援教育は、各地域や学校で障害のある児童生徒を、全体的総合的に支援するシステムです。保護者を含めて、教育、福祉、医療、労働などのそれぞれに関わる人が、それぞれの立場で特殊教育から特別支援教育への意識改革をして、当事者である子どもたちを中心にして、できることから行っていく必要が求められています。

(しまはるのぶ 文部科学省初等中等教育局特別支援教育課特殊教育調査官)

【参考文献】

「21世紀の特殊教育の在り方について(最終報告)」、平成13年1月15日、21世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議

「今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」、平成15年3月、特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議