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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年10月号

障害者権利条約への道

第4回障害者権利条約特別委員会について

中村尚子

第3回特別委員会から草案審議という段階に入った障害者権利条約。8月23日~9月3日、ニューヨークの国連本部で開かれた第4回特別委員会は、各国の立場を背景とした仔細な文言の修正提案を含む、まさに「条約交渉」という言葉どおりの議論の場となりました。その主な内容を、日本障害フォーラム(JDF)準備会の一員として傍聴した後半1週間(8月30日~)を中心に報告します。

●全体の概要

2週間のうち、第1週と第2週では会議の進め方や性格が大きく異なりました。

第1週は、ガレゴス特別委員会議長(エクアドル)のもと公式会合が行われ、まず第3回特別委員会から始まった条約草案の第1読会(法令などを審議する際に最初に通読して全体的に検討する)の未了部分である前文の一部、条約の名称、構造、第3条「定義」と第25条「モニタリング」について終了しました。さらに、第2読会の段階に入り、草案第1条~15条までと第24条2次案(新しく提案された「国際協力」)が審議されました。ここまでは、検討の対象となった条項に対する修正提案やすでに提出されている修正案に対する賛否を、各国政府代表がひと通り述べるというかたちで、比較的速いペースで進みました。また、各条項審議の締めくくりにはNGOにも発言の機会が与えられました。

第2週に入ると、条項ごとの論点の整理や条項間の関係を調整することを目的とした非公式協議という形態がとられました。各国政府ごとに担当する条項が割り当てられており、責任者がそれまでの討論経過から各条項の論点を抽出、その作業結果に基づき、ドン・マッケイニュージーランド大使がコーディネーターとなって会議が進行しました。審議の対象となった条項は、草案第4条、第5条、第6条、第7条です。条項ごとに、草案、修正提案や第1読会で出された意見などをまとめた「修正提案集」に基づいて、既存の人権条約との関係、用いられている用語の解釈や含意、加除すべき事項などが討論されました。

非公式協議に入ることから論議になった第2週のNGO参加問題は、傍聴のみ許可ということで決着がつき、私たちもJDF準備会としての役割を果たすことができました。

●討論の特徴

ここまで述べてきたことからわかるように、障害者権利条約は、草案からまさに条約としての形を整える段階に入っています。したがって、討論は各国の障害者の権利保障の水準と経済的な問題などを含んだ各国・地域の諸事情が絡み合う複雑さを感じさせる発言も何度かありました。詳細な分析は私の手に余るものだということもあり、以下、印象に残った討論経過を記すにとどまることをお許しください。

【草案第4条】一般的義務

条約としての大前提を示す位置にある条項で、条約を結んだ国が果たすべき義務の大綱が書かれています。論点となったのは、経済的・社会的・文化的権利(社会権)と政治的・市民的権利(自由権)の区分や相互の関係です。一般には社会権は可能なところから漸進的に実現する、自由権は即時実行しなければならないとされていますが、この「漸進的実現」という文言を楯にして労働権や教育権などの社会権の実現を先延ばしにすることは許されません。また、たとえば障害者の参政権保障を思い浮かべればわかるように、自由権の領域でも国によってはすべての障害者に対して即時実施が難しい事態も生じます。今のところ、社会権規約第2条と子どもの権利条約第4条の規定に範をとり、「自国における利用可能な手段の最大限の範囲内」での社会権の実現という条文がまとめ上げられました。

また、条約の何か所かにある、ある措置をとる場合に、障害のある人およびその団体と協議するという内容を、一つにまとめ上げることにおおむね合意が得られましたが、義務的事項として第4条におくかどうか、家族などとの協議をここに含めるかどうかということが、今後の検討課題とされました。

【草案第5条】障害のある人に対する肯定的態度

第5条は、社会全体に障害のある人への理解を深め、意識の向上を図ることを主旨とする部分です。第1項、第2項間の重なりが指摘され、かなり整理される模様です。内容面では条約に盛り込まれる障害者の権利を社会に啓発するためには、キャンペーンはもちろんのこと、小さいときからの学校教育、メディアの役割が大きいとの認識に立って、これらをどう表現するかが担当者に付託され、さらに関連する職員の研修の必要性なども検討事項に加えられました。

【草案第6条】統計及びデータ収集

草案第6条はプライバシーの保護と隣り合わせる領域であるだけに、条項の存否が討論されてきましたが、施策の立案・推進の基礎としてデータが必要との認識にほぼ合意が得られ、どのような統計をとるのかということまで書かれていた部分を削除するなど簡潔な表現にする、モニタリングとも関連するので第25条にもっていくかどうか、といったことが具体的な論点となりました。

【草案第7条】平等と非差別

第7条の内容も根本的な条項の一つであるだけに、「できるだけ簡潔な文言に」というマッケイ大使の発言にもかかわらず、細かな修正がたくさん提案されました。平等(第1項)、差別(第2項)、差別の除外規定(第3項)、合理的配慮(第4項)、特別措置(第5項)について、女性差別撤廃条約や子どもの権利条約などの該当条項を下敷きに、障害に起因する差別の定義と平等の実現に向けた取り組みをどう組み込むかという論議になったのです。特に第4項「合理的配慮」の「不釣り合いな負担がある場合はこの限りでない」は、草案でもたくさんの脚注が付いている部分。「不釣り合いな負担…」については、これを削ることのできない国々の現実を認めつつ、この文言が「乱用、抜け道」となってはならないという発言が何回か聞かれました。

●JDF準備会の貢献

2週間の間にJDF準備会は日本政府の協力の下、2回のサイドイベントを開催しました。前半は「合理的配慮」、後半は「条約の各国でのインパクトの可能性」がテーマとして取りあげられました。ジェラルド・クィン(RI)、バーバラ・マレイ(ILO)、ジュディー・ヒューマン(世界銀行)など海外の有名なスピーカーの参加を得て、日本からも原口一博、八代英太ら国会議員にご発言いただき、条約の内容を日本の中で実現する方途を探るうえで有益な場となりました。

また、前回同様、政府代表団の顧問としてJDF準備会から東俊裕氏が、同オブザーバーとして金政玉氏が迎えられました。お二人は、主要な問題や日本政府の発言に対して適宜コメントをされ、条約論議にNGOの意見を反映させるうえで重要な役割を果たしました。

●今後の展望

第2週の進行を見るかぎり、細かな修正にも耳を傾け合意形成に努力をいとわない運営がされており、条約が成立するまでには第3回特別委員会終了時点で予想された時期よりもいくぶん時間がかかりそうです。しかし、1年延びれば障害のある人の権利がそれだけ侵害されるという認識は一致しており、可能な限り早めるために、来年は特別委員会を年3回開催するという案も出ています。当面、第5回特別委員会は05年1月開催とされましたが、最終日の議長は、委員会日程以外にも各条項の責任者にEメールで意見を送るよう強く求めていました。

今後審議が予定されている条項には、障害のある人に対する特別なケアによりいっそう焦点を当てた内容が含まれており、NGOとの協議も重要性を増してきます。最後までNGOとの共同作業で条約が練られていくよう、日本でも取り組みを強めていく必要があります。

(なかむらたかこ 立正大学社会福祉学部専任講師)