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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年11月号

精神保健医療福祉の制度改革について

矢島鉄也

精神疾患はだれでもかかる可能性がある病気であるにもかかわらず、精神疾患に対する無理解、誤った認識が精神障害者の地域生活を妨げています。平成16年9月2日に厚生労働大臣を本部長とする「精神保健福祉対策本部」が、今後、厚生労働省として取り組むべき施策として「精神保健医療福祉の改革ビジョン」を取りまとめました。改革ビジョンで示された「入院医療中心から地域生活中心へ」という方向性は、平成15年9月から開催された「精神病床等に関する検討会」、「精神障害者の地域生活支援の在り方に関する検討会」、「心の健康問題の正しい理解のための普及啓発検討会」の3つの検討会の検討結果を踏まえ取りまとめたものです。以下、3検討会での検討内容を中心に、今後の精神保健福祉法改正の方向についてまとめます。

病床の機能分化で退院促進

「精神病床等に関する検討会」では、地域における精神医療のあり方、精神病床の役割と機能分化等のあり方、地域の精神保健医療の体制について医療計画に記載することが望ましい事項、精神病床の基準病床数算定式のあり方、精神病床の人員配置基準のあり方等について検討が行われました。

日本の精神病床数は諸外国に比べ多く、精神病床数に地域偏在がみられること、最近、精神科診療所が増加傾向にあること、精神病床の機能分化が成熟していないことが指摘されています。現在の日本の精神病床数は約35万5000床で、在院患者数は約33万人です。新しく入院した患者さんの入院残存曲線を見ると、入院から2か月で約3分の2の患者さんが退院し、6か月では約8割の患者さんが退院しています。1年以上の入院が必要な患者さんは1割程度なのですが、これらの患者さんは将来入院が長期化する恐れのある重度で持続的な精神障害をもった患者さんであることが指摘されています。精神病院に入院している33万人の患者さんのうち、受け入れ条件が整えば退院可能な患者さんは約7万2000人います。これを入院期間別に見てみると、入院期間が1年未満の入院患者さんは全入院患者さんの約30.2%で、そのうち受け入れ条件が整えば退院可能な患者さんは約22.8%です。入院期間が1年以上の入院患者さんは全入院患者さんの約69.8%で、そのうち受け入れ条件が整えば退院可能な患者さんは約21.4%です。入院期間を年齢階級別でみた場合、入院期間が1年未満では、中高年層(50歳以上)が約61.6%、65歳以上では約42.9%で、そのうち受け入れ条件が整えば退院可能な患者さんは中高年層で約61.7%、65歳以上でみると約34.1%です。入院期間が1年以上の入院患者さんでみると、中高年層が約74.5%で65歳以上では46.2%、そのうち受け入れ条件が整えば退院可能な患者さんは中高年層で約74.3%、65歳以上でみると約31.7%です。これらの患者さんの対策は、病床の機能を明確にすることにより対応することが重要になると考えられます。この政策を進めるためには従来の病棟単位の対策ではなく、病室単位のユニット(病床群)で機能分化を行うことが重要であるとの指摘がされています。

受け入れ条件が整えば退院可能な7万2000人の入院患者さんの退院・社会復帰を10年で進めることにしていますが、そのためには地域での受け皿が不可欠です。そこで、地域生活支援の在り方が重要になってきます。

市町村を中心とした地域生活支援の体制づくり

精神障害者が社会復帰をするためには地域における生活を支える体制の整備が重要です。たとえば、患者さんが退院して地域で生活するためにはアパートを借りるための保証人制度が必要であるとの指摘もあります。「精神障害者の地域生活支援の在り方に関する検討会」では、入院患者の社会復帰や地域における生活を支援するための施設やサービス等の整備が十分進んでいないことを踏まえ、地域に必要なサービスの種類・量や今後必要となる取り組みについての検討が行われました。地域生活をするにしても就労の支援が必要な患者さん、就学の支援が必要な患者さんでその対応も異なってきます。以下は検討会での主な指摘事項です。

未成年層の場合は、就学期に発病しています。当然のことながら学習への執着が強い方が多いのが特徴です。未成年層の方は同世代のピアサポーター、特に同じ病院に入院経験のある人が病院訪問を行い社会復帰の説明をすることにより警戒心は軽減されます。ピアサポーターを通して、病院以外の世界の情報を届けるのです。それも単に話だけではなく、ビデオや写真といったビジュアルな方法がより現実感が持てます。そして、可能であればまず同伴外出で見学し、そして外泊体験で緊張を下げておけば、パニックになることも少ないです。最初は1泊から徐々に日数を増やしたほうがより継続しますが、刺激が大きすぎると、もう二度と来たくないと拒否反応が起こり、再来するのに長期間を要してしまう場合があります。外泊利用の間は、自分探しの期間なのです。障害者は社会経験が乏しいために、具体的に何をすればよいのかなかなか見つかりません。夢のまた夢の中から今できることを時間をかけて情報を伝えながら、一緒に探していくのです。また、新しい仲間になかなかなじめない方もあり、仕掛けや工夫が必要となります。不安から急に症状の再燃やパニックが起こることがあるので、いつでも受診できる体制が必要です。そして、可能な限り受診以外の方法で病院依存を減少させる方法を工夫するのです。いずれにしても無理は禁物で、できるところから、時間をかけて、ゆっくりと始めることが重要です。地域生活を送るうえで、疾病の自己管理ができるように、服薬指導を含めた疾病理解のための疾病教育は欠かせない重要事項です。

現役層の場合は、多くの方が就労経験を持っています。そのために過去の職業へのこだわりのある方に生き方を変える提案を余儀なくされることが多くなりますし、中年になって、新たな世界へ踏み出すことは、不安要素が高くなります。その人のプライドを尊重しながら、その人の今後の人生にとって、復職がよいのか、転職がよいのか本人のニーズを把握し、十分に情報提供して、話し合う時間が重要です。そして、違う職業を現場で体験することにより具体的なイメージが持てますし、自分の現在の状況と照らし合わせることができます。支援者と本人の思いがかけ離れている場合は、まず本人の希望を尊重することが重要です。失敗をしてもそれはそれで重要な経験ですし、次のステップに生かせばよいのです。また、退院しても家にはその人の居場所がなくなっている場合が多いので、住まいは大きな課題となります。生活訓練施設や福祉ホームの利用期間を可能な限り少なくして、早めに地域での生活になじむことがよりその人の生活機能を回復させます。自分の病気をなかなか受け入れることができない方も多く、疾病教育も重要な支援の一つです。服薬による副作用の辛さを抱えながら生活をするのですから、きめ細かい服薬指導は地域で暮らすための重要な要素になります。

中高年層の場合は、介護保険を利用したほうがその方にとって有効な場合もあります。5年、10年あるいは人生の大半を社会的理由から入院を余儀なくされている方が、容易に退院後の夢を描けるものではありません。むしろ「病院のほうがよいです」と病院にいる安心感、新しいことに挑戦する不安感のほうが大きい方が大半のようです。病院の外はまるで浦島太郎の世界なのだそうです。しかし、根気強く体験を重ねることにより本来の自分を取り戻せることが多いのです。高齢精神障害者で長期入院の方は、すでに家族との絆を失った方が圧倒的に多く、自宅へ帰る方法は現実的ではなく、現行では痴呆(現 認知)性高齢者グループホームのような支援体制の整った地域の中のグループホームへの移行が望ましいという指摘があります。しかし、高齢者は住み慣れた生活から環境が変わることへの適応性や見当識は低下します。そのことに配慮しながら支援を進めなければ、かえって状態が悪化することがあります。じっくり付き合いながら、支援する人のスピードにあった地域生活をめざすようにすることが大切です。

地域での支援体制を進めるためには、地域における患者さんへの理解と支援が不可欠です。そこで、心の健康問題の正しい理解を進めるための方策が重要になります。

地域生活中心の施策を進めるためには地域の理解と支援が必要

精神疾患は、適切な治療の継続により、その症状を相当程度安定化させたり、治癒させたりすることも可能な疾患です。また、放置すれば多くの場合に症状が悪化したり、再発したりしますが、継続的に治療を行うことにより長期的に症状の安定を図ることが可能であることは、糖尿病等の慢性疾患と同様です。そういう意味で、精神疾患を「心の生活習慣病」と言う専門家もいます。「入院治療中心から地域生活中心へ」という方向を押し進めていくためには、精神疾患及び精神障害者に対する正しい理解の普及・啓発が重要です。

「心の健康問題の正しい理解のための普及啓発検討会」では、精神疾患及び精神障害者に対する正しい理解の普及・啓発のための指針策定、具体的な普及・啓発方策について検討を行い、3月に「こころのバリアフリー宣言」と報告書を取りまとめました。以下は検討会での主な指摘事項です。

地域の受け入れにつながる普及啓発は障害者本人たちの姿、支える人たちの頑張る姿を見せるのが一番であり、具体的には、障害者が「地域で一緒に暮らせてありがとう」の気持ちを常に持ち、施設を近所に開放して、だれにでも見てもらうことが重要です。隣近所の道路掃除をする、障害者が作成した作品を配る、問題があれば謝り、すぐ対応する。このような努力により近所で下宿させてくれるし、作った野菜などを届けてくれる。薬局の店主が障害者に問題のある買い物についても知らせてくれる。また、障害者が路上で錯乱しても、かばってくれるなどの地域の受け入れがあったという報告もあります。これらを地域で実現するためには、情熱とある程度の知識を有する仕掛け人(ネットワーカー)が必要であり、ネットワーカーのイメージとしては、当事者またはグループホーム、共同作業所、施設等を単位として、一当事者に数名のボランティアがチームを組み、精神障害について学び、当事者に必要な活動をする。コミュニケーション、意志確認、意欲の引き出し、家族・友人など人間関係の調整と創造、医師との連携仲介、居場所さがしと、そこでの調整、学習・就労支援、その他必要なネットワークづくりなど、また近隣地域、学習・就労先などへの啓発を行うことが重要になります。

年齢、障害種別、疾病を超えた一元的な体制の整備と介護保険制度の活用

精神保健福祉法(平成12年施行)は、施行後5年を目途として検討し、所用の措置を講ずることとされています。また、今年1月には厚生労働省に介護制度改革対策本部が設置され、障害者施策と介護保険制度との関係について議論が行われることになりました。介護保険法の附則検討規定においては、障害者の福祉に係る施策との整合性に配慮し、被保険者及び保険給付を受けられる者の範囲のあり方を含め、施行後5年を目途として検討し、必要な見直しを行うこととされています。社会保障審議会障害者部会は、6月25日に今後の障害保健福祉施策について中間的な取りまとめを行いました。その中でも、「給付と負担のルールが明確である介護保険制度の仕組みを活用することは、現実的な選択肢の一つとして広く国民の間で議論されるべきである」「今後、よりよい制度を検討していく中で、障害者、医療保険関係者をはじめ多くの関係者の意見を十分聴いて検討を進める必要があるとともに、障害保健福祉施策の実施者であり、介護保険制度の保険者でもある市町村と十分協議することが必要である」と指摘しています。精神保健福祉対策本部が取りまとめた「精神保健医療福祉の改革ビジョン」を踏まえ、精神障害者施策についても介護保険制度の活用について真剣に議論すべき時期にきているのではないかと考えます。

(やじまてつや 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神保健福祉課長)