音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年11月号

フォーラム2004

日本障害フォーラム(JDF)の発足

兒玉明

JDF誕生までの経緯 ~団結への流れを決定づけた3つの出来事

去る10月31日、日本障害フォーラム(Japan Disability Forum。以下JDFという)が誕生しました。

JDFは、わが国を代表する11の中央レベルの障害者NGO(日本身体障害者団体連合会、日本盲人会連合、全日本ろうあ連盟、日本障害者協議会、障害者インターナショナル日本会議、全日本手をつなぐ育成会、全国精神障害者家族会連合会、全国社会福祉協議会、日本障害者リハビリテーション協会、全国「精神病」者集団、全国盲ろう者協会)で構成する新しい共同連帯組織です。

わが国の障害者運動は、50年以上の歴史を有し、障害の種類別ごとにそれぞれ独自の発展を遂げてまいりました。それだけに各団体の構成会員の人数や規模、運動手法の違いなどから、JDF誕生までの道のりは決して平坦なものではありませんでした。

今から10年前、日本身体障害者団体連合会、日本障害者協議会、全国社会福祉協議会、日本障害者リハビリテーション協会の4団体により「新・障害者の十年推進会議」が設置されました(後に障害者インターナショナル日本会議が参加)。これは1993年に始まった「アジア太平洋障害者の十年」を推進する目的で作られた期限付きの協議会組織でしたが、この最終年にあたる2002年までに起こった国内外の障害者運動にまつわる出来事・変化が、JDF誕生への潮流を生み出すことになったのです。

まず第一の出来事は1999年、障害者関係NGOの国際的な連合組織として、「国際障害同盟(International Disability Alliance。以下IDAという)」(現在は障害者インターナショナル、インクルージョン・インターナショナル、世界盲人連合、世界ろう連盟、世界盲ろう者連盟、世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワーク、リハビリテーションインターナショナル、国際難聴者連盟の8団体で構成)が結成されたことです。

IDAは、世界政治レベルで障害者の声を強化し、障害者に関する共通の戦略を確立することなどを目的に設置されましたが、障害の種類ごとに構成された当事者組織が中心となり構成されている点が特長です。JDFを構成する団体要件が「全国規模の障害者団体」や「IDA構成団体に加盟する障害者団体」とすることが申し合わせで決まっていることからも、IDAの設立がJDF誕生に大きな影響を与えていたことが読み取れると思います。

第二の出来事は、2001年末、メキシコ政府の提案により、国連内に「障害者の権利と尊厳の推進と保護に関する包括的かつ全面的な国際条約に関する起草委員会」の設置が国連総会で採択され、翌年夏から「障害者の権利条約特別委員会(アド・ホック委員会)」での議論が始まったことです。

障害者の権利条約を制定しようという提案は、過去イタリア、スウェーデン両政府が国連総会で提案していましたが、いずれも実現には至りませんでした。1993年には、「障害者の機会均等化に関する基準規則」が国連総会で採択されましたが、各国政府が障害者施策に取り組むための指針・ガイドライン的な位置づけに止まっており、より拘束力の強い条約の制定を望む声が途絶えることはありませんでした。

権利条約制定後に国内の障害者差別禁止法制度をどのように整備するのか、日本政府などとどのように交渉・連携し、私たち自身の悲願を達成していくのかなど、避けては通れぬいくつもの重要課題を、障害者全体の問題、社会全体の問題として捉え、持続的・戦略的に取り組もうとする共通の責任意識が、私たち障害者NGOの中に芽生えてきました。今後、条約の制定に至るまでには相当な長期戦となることが予想されていますが、だからこそ条約の制定が障害者運動の明確なテーマとして位置づけられ、皆を連携・団結に導くメカニズムが生まれたのです。

こうした国際的な流れを受け、JDF設立への流れを決定づけたのが、2002年に日本で開催された、一連の「アジア太平洋障害者の十年」最終年記念国際会議です。これは第三の出来事として位置づけられます。

この一連の国際会議(札幌で開催された第6回DPI世界会議、大阪で開催された第12回RIアジア太平洋地域会議並びに「アジア太平洋障害者の十年」推進キャンペーンNGO会議)には、JDF構成団体のメンバーが多数参画し、団結へのネットワークの素地がこの時にでき上がりました。また、全国各都道府県・政令指定都市の障害者団体が協力して、市町村障害者計画推進キャンペーンを展開するなど、全国各地域の障害当事者組織の全面的なサポートも受けながら、国際会議を成功に導くことができました。

当然ながら、これらの会議を通して、権利条約制定と「第2次アジア太平洋障害者の十年」の推進が決議され、同時に、わが国の障害者NGOは、障害者差別禁止法実現へ向けた新たな運動への舵を切ることになったのです。

JDFは、わが国の障害者運動の歴史を基礎としつつ、連携・協調というしなやかで斬新な運動手法によって、重要課題をダイナミックに解決しようとする力強さを兼ね備えた、21世紀型の連帯組織であると言えます。

準備会での活動と今後の展望

2002年の一連の最終年記念国際会議は無事終了しましたが、翌2003年は「第2次アジア太平洋障害者の十年」が息つく間もなくスタートしました。国連・障害者権利条約特別委員会も、同年6月には第2回委員会が開催され、条約草案起草のための作業部会の設置を決定するなど、目まぐるしい動きを見せていました。

そこで一連の最終年国際会議で、積極的に活動した障害者NGOが、新たな連携を検討するための準備機関の設置を共同提案し、11団体の賛同を得て、同年10月6日に設置されたのが「日本障害フォーラム(JDF)準備会」です。約1年間にわたり、賛同11団体間で、事業目的や組織構成の検討のほか、諸規程類の整備などが行われ、本年10月末、正式発足にこぎつけました。

JDFの主な事業は、1.国連・障害者の権利条約推進に関すること、2.「第2次アジア太平洋障害者の十年」の推進及び「アジア太平洋障害フォーラム(APDF)」に関すること、3.わが国の障害者施策の推進に関すること、4.障害をもつ人の差別禁止と権利に係る国内法制度の実現に関することなどで、それぞれの事業目的に沿った形で4つの内部専門委員会も設置しています。この中でも特に、障害者の権利条約の推進については、国連での動きが活発になっていることから、最重点課題のひとつとして積極的に議論し、頻繁に共同学習の機会を設け、実効性ある政策提言につなげていくことをめざします。

同時に、国内の障害者施策の推進を図り、国レベルでの法制度の整備に力を入れるだけでなく、たとえば、全自治体での「障害者差別禁止条例」の実現を各地域の障害者団体や関係機関に呼びかけるなど、国際的な動向をコミュニティベースの障害者施策に結びつける方法論を提案していきます。

逆に、地域レベルでの先進的な取り組み・活動事例などを国際的なNGOや関係機関に紹介するなど、「双方向の流れ」を生み出すような仕掛けづくりも、同時に取り組んでいきたいと考えています。このほか、障害のある人々が種別を問わず共通して抱える多様な課題についても、JDFとして国の内外を問わず真摯に受け止め、すべての人々の社会、障害を理由としたあらゆる差別のない社会の創造へ、全力で立ち向かっていく決意です。

JDFの積極的な活動に、ぜひご期待ください。

(こだまあきら 日本障害フォーラム(JDF)代表)