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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年2月号

障害者権利条約への道

国際協力―開発が国際政治の主役に

長瀬修

「国際協力」は障害者の権利条約の議論の中で大きな論点の一つとなってきた。本稿では、2004年8月・9月に開催された第4回特別委員会終了時点で1.国際協力に関する議論、交渉の状況、2.本来、国際的条約に盛り込まれて問題のないはずの国際協力がなぜ、この条約議論の中で議論の的となってきたのか、また、現在の国際政治の動きが底流として、どのように「国際協力」に影響を与えるのかに焦点を絞り、記述する。

国際協力の現在の位置づけ

国際協力に関しては、2004年1月の作業部会の時点では議論が紛糾したため、作業部会報告の付属書2「国際協力の論点に関する討議要約」としてまとめられたという経緯がある。

第4回特別委員会の時点では、メキシコや中国、ベトナム、アフリカグループからの国際協力に関する独立した条文案(第24条第2次案)がそれぞれ提出されている。

メキシコは、この条約の提唱国であり、全般的にも大きな役割を果たしてきたが、とりわけ国際協力に関しては、この条約を開発の文脈に位置づけるという立場からも積極的であり、作業部会の際も国際協力に関する討議のリーダーを務め、前述の「討議要約」もメキシコがまとめたものである。そうした背景もあり、第4回特別委員会でもメキシコ案が中心となって議論が行われた。アフリカグループ案はメキシコ案に基づいたものである。メキシコ案は内容的には穏やかなものであり、日本も支持を表明したが、非常に詳細でその点に関する指摘(長過ぎる)もあった。簡潔な中国提案はニュージーランドがたたき台として支持を表明したが、同C項の「途上国への技術・経済援助」の明記には欧州連合(EU)が反対している。

援助国側の共通の立場は、本条約によって新たな援助の義務を課せられる事態は絶対に避けたいというものである。ただ、具体的には、前文及び第4条〔一般的義務〕での全般的な言及で十分であるとする(EU、カナダ、ノルウェー等)立場があれば、独立した条文に賛成している国(日本)もある。なお、当初は強硬に国際協力への言及に反対していたEUの姿勢はだいぶ軟化してきた。

他方、途上国側はこの条約によって、政府間援助(ODA)の増額を求めるという立場である。そのため、国際協力に関する独立した条文が必要であるという主張を行っている。一部の途上国、たとえばインドは、先進国の援助義務を求めているが、多くの途上国はそこまでは踏み込んではいない。

障害NGOのゆるやかな連帯の枠組みである国際障害コーカスは、第4回特別委員会において、国際協力に関する独立の条文案を支持し、コーカス独自の国際協力に関する条文案を表明した。日本障害フォーラム(JDF)は第3回特別委員会前に表明した、その「意見書」において、国際協力に関する独自の条文を支持している。

現時点で言えるのは、国際協力が障害者の権利条約に盛り込まれることは確実であるが、どのような形で盛り込まれるかは、今後の交渉によるということである。

国際協力の政治的文脈

「国際協力とは政府開発援助(ODA)の別名である」とは、EUの代表が昨年1月の作業部会で行った発言である。この発言に端的に示されているように、「国際協力」と政府開発援助の関係が、障害者の権利条約の審議、交渉の場でも問われてきた。国際協力がすでに社会権規約第2条、子どもの権利条約第4条などに盛り込まれてきた前例があるにもかかわらずこういう議論が起きているのは、国際協力という用語がEUの発言にあるように、狭義では援助を意味することがあるためである。

国際協力に関する議論の背景として見落とせないのは、第3世代の人権と呼ばれる「開発(発展)の権利」である。2002年6月にメキシコが開催した専門家会議の「条約が明記すべき権利とは何か」(ジェラルド・クイン他)は、開発の権利と、国際協力の権利を含んでいた。2003年の第2回特別委員会に向けて国際障害同盟(IDA)が発表した声明にも、開発の権利への支持が明記されている。

国連創設60周年の今年は9月に、ミレニアムサミット(2000年9月)のレビュー首脳会議が国連本部で開催され、同サミットに基づいて定められたミレニアム開発目標(MDG)の進展状況に関する点検が行われる。この9月の会議は別名「開発サミット」と呼ばれ、日本からは小泉純一郎総理の出席が予定されている。

MDGは極度の貧困撲滅等、8つの目標を掲げ、現在の国連の取り組みでも、最重要なものに位置づけられている。国連のホームページのトップは、MDGである。しかし、8つの目標のどれもが同じ位置づけというわけではない。援助・貿易・債務問題を中心とする、第8目標の「開発のためのグローバル・パートナーシップ」の比重が格段に大きい。全部で17のターゲットのうち、7つまでもが、第8目標に関するものであり、一目瞭然である。2004年12月に来日したサリル・シェティ国連MDGキャンペーン担当局長は、MDGは開発の権利を具体化したものであると断じた。

2004年12月2日に公表された、国連改革等のための「ハイレベル委員会」報告書は安全保障理事会入りをめざす国に政府開発援助の国民総生産(GNP)比0.7パーセントを求めている。2005年1月17日に発表されたMDG実現のためのミレニアム・プロジェクトもこれを支持した。日本はODAの減額を続けているため、0.2パーセントに過ぎず、苦しい立場に追い込まれている。

日本政府とりわけ外務省としては、安保理常任理事国入りという最優先課題とこの条約、なかでも国際協力に関する議論、交渉は切り離すことはできないだろう。こうした国際的な動きも念頭に入れながら、国際協力に関する議論、交渉は理解されなければならない。

条約交渉のペースも、開発・貧困問題と密接に関連している。今年は結局、特別委員会が2回と決定されたが、当初のメキシコ提出の国連総会決議案は3週間の特別委員会を2回開催し、今秋の国連総会での条約採択をめざすものだった。メキシコ、そしてそれを支持した中南米等の途上国は、今年秋の総会で開発が大きなテーマとなることを見越し、そのために今年の採択を求めていたが、EU等からの反対でこれは実現しなかった。これは、この条約と「開発」の関係についてのせめぎ合いでもあると見ることができる。

(ながせおさむ 東京大学先端科学技術研究センター特任助教授、日本障害フォーラム権利条約委員会副委員長)