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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年3月号

予算の概要を見て

全体的にみた評価

大曽根寛

本稿の目的は、来年度の厚生労働省障害保健福祉部関係予算について、今国会に提案されている「障害保健福祉」に関連する法律案(改正案を含む)がめざす方向性との関連で、コメントをすることにある。

1 新たな法案と平成17年度予算編成

現在、国会に提出されている、この分野の最も基本的な法案が、「障害者自立支援法案」であり、これに関連して、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、精神保健福祉法、児童福祉法なども改正されることとなるであろう。また、雇用・就労との関係では「障害者雇用促進法改正案」も提出されている。さらに、「介護保険法改正案」の動向は、将来的には障害者福祉の制度に大きな影響を与えることとなるであろう。これらのすべてが、もし国会で成立する運びとなれば、歴史的には、2000年の構造改革に続く、2005年改革と呼ばれることとなるだろう。

これらの法案が国会を通過し、制定・施行されてみなければ、新たな制度・政策の下での予算編成はできないわけで、その意味では、平成17年度の厚生労働省障害保健福祉部関係予算は、現行制度を前提としており、経過的な予算措置としての枠組みにならざるをえない。

とはいえ、予算編成の基本的な考え方は、1.障害保健福祉施策の総合化、2.自立支援型システムへの転換、3.制度の持続可能性の確保であり、2004年10月に発表された『グランドデザイン案』に沿うものであり、前記の法案もまた理念としては同様の方向を向いているといえるだろう。

2 理念と政策の現実

しかし、問題は、基礎構造改革の理念として示された「自立」「個人の尊厳の尊重」「サービス選択の自由」などが、その言葉のとおり実現されていくかは、改革の途上にあるとみなされている現在では予断を許さない状態である。

だが、2005年度の予算案が公表され、2005年になって国会に提案された各種の法案が示されると、多くの関係者から、こんなはずではなかったという声を聞くようになった。「理念」は、別個に存在する政策意図を説明するための道具にすぎないのではないかという疑念である。

1997年に制定された介護保険法では、介護を社会化しようとする市民運動が背景にあり、2000年6月の社会福祉関連8法改正では、障害者自身による自立に向けた運動が背景にあったように思う。

しかし、今回の立法政策にあたっては、これを推し進めようとする市民運動というものは伝わってこないし、障害者団体・家族や専門家からの「新法」を急いでつくらせようという積極的な働きかけがあったようにも思われない。政府は、支援費支給制度(したがって利用契約によるサービス提供方式)を総括しないまま、何を急ごうとしているのか。

産業構造の大きな変革と財政構造の抜本的な改革の中で、福祉を経済構造の中に取り込もうとする力が働いていること、そして、介護等を社会化するというよりも市場化していこうとする力が働いていることがより明らかになってきた。「自立」概念には市場原理を基盤にした経済的な自立(消費者としても、労働者としても)と自己決定・自己責任がセットで仕組まれるようになっている。ここにこそ、関係者が失望し、当惑する要因が隠されているように思われてならない。

3 予算編成の問題点

このように考えれば、予算編成の具体策の各項目を解釈することは容易になる。各論的な分析は、本誌の別稿に譲ることとするが、障害のある人たちが地域において自立した生活を送れるように支援する体制の整備は、社会福祉法人によって担われることを当然の前提としているわけではないことを、明確に意識しておくべきである。当面の競争相手としては医療法人(精神障害者医療につぎ込まれる巨大な予算と精神障害者福祉への極小な予算配分のアンバランスを見よ)が考えられるが、就労支援の分野では営利企業等による教育訓練や職業コンサルタントなどを想起してみよう。障害者は、これらを契約という論理を媒介にして、市場から手に入れることができなければならないのである。

このような流れは、行財政改革のもとで実行されているわけだから、国家財政の負担によることは、極力避けられなければならないという力学が働くのもまた、構造改革路線の必然的な結果である。利用者負担の適正化と地方分権の大義名分によって、国庫負担を増大させない方策がとられることとなる。

このような方向を今回の予算案にあてはめて見れば、障害認定・区分の段階で対象者を絞る方法、ケアマネジメントを活用して財政的なコントロールをさせようとする方法、所得保障の充実にはほとんど触れず応益負担の議論だけを先行させるという方法、財政負担の予想される障害児の療育や生活支援に関する政策形成を先送りさせようとする方法などに典型的に表れていると言えるだろう。

4 権利擁護の前進を

このような事態に対応するためには、権利擁護システムの充実のための予算投入がより積極的に行われる必要がある。

具体的には、地域福祉権利擁護事業を各市町村に展開することや成年後見制度の利用を促進する事業を充実すること、苦情解決のための公的なオンブズパーソンを設定すること、契約の締結に当たっての説明義務と文書化を進めること、第三者評価をあらゆる障害について全国各地で実施できるようにすること、差別禁止を理念として規定するだけではなく具体化するための方策を講ずることなどの施策が、早急に実現されなければならない。

(おおそねひろし 放送大学)