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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年6月号

障害者権利条約への道

第9条bis 司法へのアクセス

東俊裕

日本国憲法は、その第3章「国民の権利及び義務」において基本的人権を保障するとともに、その人権が侵害されたときの最後の砦としての役目を裁判所に与えている。そして、第3章「国民の権利及び義務」の中には、何が基本的人権であるかという人権の内容を規定している部分(実体規定)と、デュープロセスと呼ばれる司法手続の適正を担保する権利を保障した部分(手続規定)が存在している。

デュープロセスが保障されるのは、いかにすばらしい人権が保障されていても、それを実現する裁判所などの司法機関における手続が適正でなければ、絵に描いた餅に終わるからである。

しかし、障害のある人にとって、人の一生を決めかねない民事や刑事の事件を進める司法手続においても、さまざまなバリアーが存在しているため、一般の人が享受している権利の行使が妨げられている。

たとえば、車いすの場合、田舎の裁判所の支部の建物は2階建てで法廷は2階というところがほとんどであり、エレベーターがなければ自力で法廷にも行けない状態である。

たとえば、聴覚障害の場合、警察や検察での取り調べに手話通訳が付き添う法的保障はなく、黙秘権の告知を指文字や筆談などで形式上告知されても、そのような抽象概念を理解するのに困難な人も存在している。

たとえば、視覚障害の場合、刑事事件で検察官が提出する文書や民事事件で相手方が提出する文書を点字で要求する権利は保障されていない。図面が重要な証拠であっても、それを視覚障害がある人に対して、理解を容易にするような裁判所の配慮はない。

特に問題なのが知的障害のある人を巡る刑事手続きである。先日、宇都宮地裁において、強盗容疑で起訴された重度知的障害の男性に対して無罪の判決がなされた。これは、真犯人が見つかったため、危うく免罪を免れた極めてまれな例である。

裁判長は「男性の供述内容が取り調べ警察官に迎合、誘導されたと推察される」「当初の捜査段階で男性が犯人であるという方向付けがなされ、男性がそれに沿った供述を繰り返したと推察できる」と判決で述べており、自白偏重の日本の裁判を背景として警察や検察が取り調べにおいて男性を一定の方向に誘導して虚偽の自白調書を作り上げたことが伺われる。

法務省発行の矯正統計年報によると、平成10年から14年にかけての知能指数(IQ)69以下の新受刑者は、毎年、全新受刑者のうち約23%から25%であり、IQ70から79の場合を入れると、実に45%から46%と驚くべき割合を占めていることが分かる。

免罪とまでは言えなくても、警察官、検察官が知的障害を全く配慮せず、ないしは知的障害を利用して自白を取り、知的障害に無知・無理解な弁護士や裁判官が安易に自白調書に依拠して、ベルトコンベヤー式に事件処理を行うような事態は、なんとしてでも避けなければならない。

日本のNGOが作業部会草案にはなかった司法へのアクセスに関する規定を権利条約に盛り込むべきであると日本政府代表団に働きかけたところ、その重要性に注目した日本政府代表団は第3回アドホック委員会において「締約国は、国際人権B規約第14条に定めのある(公正な裁判を受ける)権利を障害者が実効的に享受することが出来るようにするため、物理的乃至コミュニケーション上の障害を除去し、障害者の理解の困難を低減させるべく、適当かつ実効的な措置をとる」べきであるとの見解を表した。

この提案に対しては、コスタリカ、チリ、オーストラリアなどから積極的な賛同を得ることになり、司法へのアクセスを確保するために独立した条文を本条約に盛り込むことに多くの代表団からの支持が集まった。現在、チリなどにより日本案とは異なる文案であるが「締約国は、捜査段階や他の予備的段階を含むすべての法的手続きにおいて、直接、間接の関係者として、障害者の効果的な役割を促進し、障害者に他の者と平等を基礎として効果的な司法へのアクセスを確保するものとする。」との共同提案がなされ、今後文案の調整が必要となっている。

共同提案は、司法の全過程を視野に収めるものであるが、具体的に国家がとるべき措置の内容が抽象的であるので、少なくとも日本案程度の具体性を持ったものにすべきである。

さらに言えば、調書の作成過程や取り調べ方法が一切明らかにされていない現状に鑑みると捜査や取り調べの可視可(たとえば、ビデオ撮影。捜査の可視化は数年後に始まる裁判員制度を機能させるためにも必要なものである)、警察官・検察官・弁護士・裁判官・その他の司法関係者に対する障害特性の教育・研修、障害に配慮した人的・物的サポート、訴訟能力や証言の信用性に関する研究などは、国家的に取り組まなければならない重要な課題であるので、その点に関しても何らかの形で取り入れられることが望まれる。

(ひがしとしひろ 弁護士)