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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年7月号

障害のある人々の防災活動参加

河村宏

1 防災のためにできること

この数年、地震や津波、あるいは洪水や土砂崩れなど、国内外での自然災害による被害が急増しているように感じられます。

インドネシアの巨大地震は、はるか彼方のタイ、スリランカ、インド等のアジア諸国だけでなくアフリカにまで甚大な被害を及ぼし、日本人の多くの方も犠牲になり、いまもなお膨大な数の行方不明あるいは氏名不詳の犠牲者の捜索活動が続けられています。

新潟中越地方では、地震と豪雨が複合する災害の深刻な脅威に今も直面しています。

阪神・淡路の大震災は、10年を経た今日においても失われた多数の人命とともに人々の心身に深い傷を残しています。

全島民が退去を強いられた三宅島の噴火活動はようやく沈静化して、安全に細心の注意を払いながらではありますが、島民の皆さんの復帰が実現しました。

このような最近の自然災害の尊い犠牲から、私たちは改めて貴重な教訓を得てきました。それは、地震や噴火あるいは台風などの自然現象は止められないが、それによる被害を最小限に食い止める防災活動に最大限の努力を払うべきだ、という古くて新しい大原則です。

地域における防災活動は、災害を正確に知ることから始まり、それに備える方法を見出し、地域ぐるみで救援・避難等に当たる態勢と施設・設備を整備し、迅速に入手した情報に基づいて的確に判断し、必要な時には一人も取り残すことなく避難し、安全な場所で数日間救援を待ち、長期にわたる復旧も地域住民が連帯して取り組む、というさまざまな局面を持つ長期の持続的な取り組みです。

大切なことは、この防災活動の一つひとつの局面で障害のある人々の参加が保障されなければ、その人々の安全と安心が保障できないということです。

2 災害を知る

防災活動としてニュースで報道されるのは、救援ヘリコプターや救助隊の活躍など一目で救援活動と分かる「絵になる」活動です。取材陣が救援隊と一緒に到着することが多いのでこれはやむを得ないことかもしれませんが、自分自身が被災した人からの情報は、多くの場合、忘れることができないほど具体的で教訓に富んでいます。

災害を知るためには、全体像とともに住民一人ひとりの視点から見た災害像がとても重要です。特に障害がある人の安全に関しては、災害時に同じ障害がある方がどのように対処したのか、あるいは犠牲になられたのか、なぜそうなったのか、を正確に学ぶことが必要です。学問的に見れば、たった一つの事例で一般化することはできないと思われますが、かけがえのない一人の安全と安心のために、同じ障害の方の事例を手がかりに問題を解く鍵を見つけることは極めて有効です。

神戸の被災者の方々が続けておられる「かたりべ」活動はこの意味で大変貴重ですし、各地の被災者の皆さんが書き残し、語り継ぐ活動は、それを受け止める活動と結びつくことによって、最も重要な防災活動になります。

障害がある方々が自ら過去の災害の教訓を知り、自分が住み活動している地域の防災対策を知ることは必ずしも容易ではありません。情報とコミュニケーションのバリアと移動のバリアがあるからです。バリアがあるから災害を知り防災対策を知って改善を要望する機会に参加できていない現状ですが、一人ひとりの生命と安全に関わるからこそ、防災に関する活動は何よりもまず、情報コミュニケーションと移動のバリアを解決しながら推進しなければならないのです。

3 防災計画と演習

自然災害には、直下型地震のように突然襲ってくるもの、津波や洪水のように備えがあれば避難できるもの、地球の生態を十分に理解して人間の活動を規制すればある程度解決できる温暖化等による災害など、さまざまなものがあります。

地震に関しては、つぶれない住居や瞬時に安全に停止できる乗り物と連動した早期警報システムなど、さまざまな減災の技術が必要です。特に、広範囲に停電した場合を考えて、通電までの間のあらゆる電気に依存した活動の点検が必要です。特に障害のある人々のグループホームの多くが老朽家屋であると言われているだけに、計画的に耐震住宅に住めるようにするなどの特別の対策が必要と思われます。それとともに、地震の際に落下物でけがをしたり、倒れてくるたんすなどに押しつぶされることがないように個人のレベルの対策も重要です。

津波の場合は、ひたすら避難することが生死を分ける鍵です。安全な高さの場所まで最短時間で避難するための計画と明確な案内がまだまだ不十分です。多くの自治体では、何メートルの高さの津波が来たときにはどこに避難すれば安全か、という基本的な情報を住民に示すに至っていません。対策がこれからであるからこそ、計画の段階で、避難に困難がある障害がある方や高齢者のニーズを明らかにして、それを組み込んだ防災計画を立てるための参加が必要です。

長期的なまちづくりや都市計画は、防災活動を有効に進めるために最も重要な機会です。長期的な防災の基本はここで決まるといっても過言ではありません。住民一人ひとりが参加できる分かりやすい計画の提示と意見の交換によって、初めて障害がある方々の防災ニーズを織り込んだ計画が可能になります。

各自治体では防災計画に基づいて「防災の手引き」や「防災マップ」などを配布し、防災演習を実施しています。自治体全体の防災演習も大切ですが、それとともに、自分の家、職場、自治会や町会、デイケア施設等での防災計画の確認と演習が欠かせません。当然、障害がある方々もこれに参加して避難経路や警報の確認など安全を確保しておかなければならないはずです。ところがここにも情報コミュニケーションと移動のバリアの問題があります。

4 参加と支援

阪神・淡路の大震災の際に犠牲になった方々のほとんどが被災後30分以内に亡くなったと推定されています。また多くの方の死因が窒息とされています。被災者を閉じ込めたまま各地で発生した火災と救急医療の現場の悲惨な思い出が強烈であるだけに見過ごされがちな、亡くなられた方々からの声の無いメッセージがそこにあると専門家は指摘しています。

このメッセージからはさまざまなことが読み取れますが、何よりも重要なことは、倒壊した建物に閉じ込められた人々はその場に居合わせるすべての人が協力して救出しなければならないということです。特にケアを要する人が被災している可能性がある場合は、安全の確認ができない限り支援者は全力を挙げて駆けつけなければならないのですが、交通機関も途絶している状況では着くまでに手遅れになる可能性があります。発想を転換して、近所にいる人同士で声を掛け支援しあう態勢を作る以外に問題は解決できません。被災時には、その現場にいる者同士で支えあうための地域の態勢作りが必要になります。

津波の避難を例にとってみましょう。住民の中には支援を受けなければ移動が困難な方、警報の音が聞こえない方、避難経路のサインが見えない方、人工呼吸器が欠かせない方、コミュニケーションに障害があって事態をよく理解できず判断がつきにくい方、突然の事態で対応する行動をうまく取れない方、あるいは、支援が必要だけれどもどういう支援をしてほしいかを言語的に伝えるのが難しい方などがいます。これらの方々を含めてすべての住民が自ら進んで避難するために与えられる時間は、短かい場合は3分間程度です。隣近所で声を掛け合いながら避難しなければとても間に合いません。

隣同士で助け合って避難する際に、個々の障害のある方のニーズに応じた支援のノウハウや機器と設備が必要になります。町会や自治会単位で障害のある方を含めて防災計画を確認し演習をしておかなければ支援も不可能です。ご本人が参加できない場合は支援者が代理で参加することになりますが、その場合にも必ず本人が避難のしくみを理解しておくことが不可欠です。津波の避難は、あらゆるものを置いて最短時間で安全圏まで着かなければならないので、命にも等しいほど大切なものを置いたまま避難する厳しい自己決定を迫られます。一瞬の遅れが共に避難する人もろとも被災する危険につながるからです。

5 情報とコミュニケーション

障害がある方の防災活動の参加は、学習および計画と演習の参加とともに、災害時における防災情報のアクセス、それに基づく意思決定、そして行動から成り立ちます。

よく練り上げられた分かりやすい「防災マップ」や「手引き」の内容を一人ひとりの住民が理解し行動するためには、印刷物だけでなく、手話と字幕の付いたビデオ、録音や点字あるいは触地図などのほかに、知的な障害がある方や日本語をよく知らない外国人にも分かりやすい挿絵や写真による案内も必要ですし、これらを統合した新しいアクセシブルなマルチメディアの開発も行われています。

参加して情報を得、それを理解して自ら行動するという自己決定の原則は、障害がある方々の防災活動への参加においても基本的な原則であることを確認する必要があります。

ただし、そのためには現在の防災関係者だけの努力ではなく、地域を挙げての防災活動の位置づけの見直しが必要です。情報保障が不十分だったり、交通バリアが防災活動への参加を阻んでいる現実があるので、一人ひとりの命にかかわる防災活動への障害のある方の参加を皆で力を合わせて実現することが大切です。

津波や水害などの避難の機会のある災害の場合、対策と訓練があり、正確な情報に基づいた機敏な避難の意思決定があれば、人命を犠牲にしない十分なチャンスがあります。このチャンスをものにする鍵が、一人ひとりの住民が自ら安全を確保するためにできることを協力して行うという当たり前のことです。

そのためには、聞こえない人や見ることが困難な人も参加できる防災の勉強会や演習の持ち方を工夫し、そのときの情報支援の態勢がふだんの情報支援として定着し、さらに本番の災害時にも機能することをめざした取り組みが戦略的に重要です。自力では移動が困難で避難に支援が必要な人の場合には、近隣の人と一緒に避難方法を工夫し、必要があれば避難路の整備や用具の調達を含めた行政やボランティアグループの支援を要請するべきでしょう。

すべては、障害のある方あるいはその代理人の方が防災活動に参加し交流し知恵を出し合うことから始まりますが、情報とコミュニケーションの保障がなければ、この最初のきっかけをつかむことが極めて困難になります。

6 長期の展望と少しの勇気

地球の自然の営みとしての地震や台風は人間の力で無くすことはできません。国土の平均標高が海面下であるオランダは、地球温暖化の防止に最も熱心な国であることが知られていますが、同時に河川と海洋の生態を研究し、時には勇気をもって国民的な議論を起こして自然との調和に関する国家的計画の変更を行っています。

オランダの国土の維持の根幹である海岸堤防は、過去4000年間の最高の海面の高さに耐えるように設計されたと伝えられます。また、国土を縦断して流れるライン川の川幅を広げて、川にゆったりと蛇行できる広さを返す新しい河川政策を決定しています。

災害大国と呼ばれる日本でも、宮城県に続いて中越地方で大雨と地震の複合による被害を経験し、近年の台風被害の北上とともに、切迫した大地震の予測される北海道の南東地方での新しい形の複合災害に備えなければならなくなっているように思われます。

日本の平均気温は過去100年で1度上昇したと言われ、さまざまな従来の記録には無い自然現象が起きています。このような変動が予想される一方で、情報コミュニケーション技術や移動運搬の技術も飛躍的に進歩しています。新たな叡智を結集し、少し勇気をもって未経験のことにもチャレンジする中で、重度の障害のある方や高齢者も含めたすべての住民の安全を確保する災害への備えができるのではないでしょうか。

障害のある方の防災活動への参加の保障は、すべての人の安全が確保される地域社会を構築する鍵となる取り組みとなるに違いありません。

(かわむらひろし 国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所障害福祉研究部長)