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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年9月号

移動・交通のバリアフリーを検証

移動における聴覚障害者への情報提供について
―文字情報と手話コミュニケーション―

大杉豊

聴覚障害者がある場所から他の場所に移動する時、たとえば、あるデパートの3階から隣のデパートの9階に移動する時などは、とくに問題はないように思われる。しかし、よく考えてみると、これは接客への配慮や技術の進歩によってさまざまな情報が視覚を通して入手できるようになっているからであって、決して最初から問題が全然なかったわけではない。

聴覚障害者の社会参加には音声情報とコミュニケーションの保障が不可欠とされているが、デパートなどは昔と比較して大変改善されている。入り口やエレベーターなど適切な場所に館内案内板が掲げられているため、従業員に質問をしなくても自分で目的地を探すことが容易になってきている。案内所では手話や筆談の方法を習得した従業員を配置するデパートが増えている。また、エレベーターでは押した階数のボタンが光るようになっているため、だれかがすでに押したボタンを重ねて押すようなことや、降りたい階で止まるかどうかを気にしたりするようなことがなくなっている。ただし、満員を知らせるブザーが聞こえないまま乗ろうとして周りから顰蹙を買った話や、満員の時に奥のほうにいて声が出せないままに降りられなかった話や、突然動かなくなった時に外部との連絡ができなかった話など、問題はまだ多く残されている。

デパート館内での移動が情報提供の面で改善されてきた点は評価できるが、自宅などからバスや電車などを乗り継いでデパートなどに至るまでの経路を見ると、とくに交通利用の各場面で、私たち聴覚障害者は情報提供上のバリアを感じている。

バスや電車の運行に関する情報については、最近は可変式情報提示装置が駅施設や車内に設置されるなどの基盤整備が目に見えて進展し、次の停車駅や時間などが容易にわかるようになってきている。JR東日本が山手線に投入している最新型の車両では、各ドアの上にディスプレーが2面取り付けられており、右画面で運行情報をかなり詳細に表示し、山手線以外の各路線の事故状況など緊急情報も提供している面で優れている(■写真1■)。

電車の接近など注意を喚起する情報は可変式情報提示装置などを点滅させる方法が一般的になっているが、きわめて気づきにくい。光源の種類や設置場所などに工夫が望まれる。

また、電車の乗り降りに関して、発車ベルなどの音声情報がわからないために、ゆっくり乗ろうとして突然閉まったドアにはさまれたという経験はほとんどの聴覚障害者が経験している。発車ベルをドア付近でランプ点滅などで知らせるシステムの開発が望まれる。

運行情報、緊急情報、注意喚起情報、乗車行為情報などの音声情報を視覚的にわかるようにしてほしいという聴覚障害者のニーズを紹介したが、基盤整備の観点では、可変式情報提示装置などの駅施設や車両への設置を交通バリアフリー法の見直しで義務付けしていただきたい。

ハードの意味での基盤が整備されれば、次は情報の内容(コンテンツ)に関するガイドラインの整備やPC端末を活用した総合的なシステム構築が課題となるだろう。駅施設や車両の可変式情報提示装置で提供できる情報の内容が限られてくるので、たとえば緊急情報は大まかな内容のみにとどめ、細かい内容はウェブサイトに掲示して駅施設に設置するPC端末や個人の携帯端末からアクセスできるようにするなどの工夫が全体的に求められてくる。

情報通信技術(IT)の発展が先に述べたような形での情報提供整備の実現に大きく寄与するだろうが、この情報提供システムを補完する形で、現地で障害者の情報入手と判断を支援する人的対応もきわめて重要な課題となる。

この課題に向けて、ひとつは交通事業者や行政だけでバリアフリー化を検討するのではなく、利用者である聴覚障害者の意見を日頃から広く集約して反映する取り組みが重要である。

国土交通省は平成17年5月に「ユニバーサルデザインの考え方に基づくバリアフリーのあり方を考える懇談会」報告書を発表し、東京都も同年8月に「移動円滑化のための情報提供のユニバーサルデザインガイドライン」を発表しているが、これら委員会に聴覚障害をもつ当事者組織の代表が出席して意見を反映させているのはよい傾向といえよう。全国の市区町村レベルや、交通事業者レベルでも同様の取り組みが強く望まれる。

もうひとつは、交通事業者が聴覚障害者接客対応についての職員研修を徹底する取り組みである。聴覚障害者についての正しい知識とコミュニケーション方法についての理解が研修目標となるが、最近の例では、青森県のタクシー事業者が同県の聴覚障害者団体から講師を招いて聴覚障害の特性や手話の基本、コミュニケーションのポイントについて学び、聴覚障害者への接遇方法を再確認する取り組みがあった。

また、交通エコロジー・モビリティ財団では、東京地区と大阪地区において交通事業者の方を対象に手話教室を開催するなどして、異なる交通事業者の職員が集まってバリアフリー促進に関する情報交換も行えるようなサロン的な役割を果たしている(■写真2■)。この手話教室を終えた受講生の仲間が、どの交通事業者でも共通して使える手話カードを作成して配布する試みを始めているとの報告を受けている。

基盤整備の面でも、人的対応の面でも、基本は社会全体が障害者に関する正しい知識をもち、交通事業者や行政が障害をもつ利用者のニーズや意見を広く集約することにあろう。この基本が固められてこそ、聴覚障害者の移動に関する情報バリアの撤去への筋道が見えてくることを確信している。

話はやや広がるが、聴覚障害者が道路を歩くとき、後ろから接近する自転車や車に気づきにくい危険がある。これは実は道路の脇をまっすぐに歩いていればそれほど起こらないが、電信柱や道に止めてある自転車や車を除けて歩くときに起こりやすい。これは、自宅などから目的地までの連続性の確保を視野に入れて、交通行政だけでなく道路行政などより大きな枠組みで対応しなければならない課題である。

全日本ろうあ連盟(以下、全日ろう連)は、手話の国民的な普及を通して社会全体の聴覚障害者に対する理解を促進してきており、国レベルの委員会にも積極的に役員を派遣して聴覚障害者のニーズなどを意見している。しかし、交通社会を考えるとき、全日ろう連が今も続けて力を入れている取り組みは、自動車の運転免許取得及び更新時に義務付けられる聴力検査の廃止である。全日ろう連を中心とする最近の国民的な運動で、法律上では聴覚障害者への制限が取り除かれたが、警察庁の施行規則に聴力基準が定められたままであるため、まだ多くの聴覚障害者が運転免許への道を閉ざされている。

全日ろう連は運転免許対策チームを設けて、全日本難聴者・中途失聴者団体連合会、障害者欠格条項をなくす会と連携して、全国的な聴覚障害者の運転免許取得状況の実態調査に乗り出すなど新しい取り組みをはじめている。聴覚に障害をもつ国民がそれぞれ責任と自覚を持って自動車を運転し、制限されることなく交通社会への参加を果たしていくことは、決してノーマライゼーションの理念に逆らうものではない。

(おおすぎゆたか 全日本ろうあ連盟本部事務所長)