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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年9月号

ワールドナウ

途上国の障害者の貧困削減をめざして
―国連ESCAP主催「CBRと障害者の貧困緩和」ワークショップの報告―

上野悦子

はじめに

国連ESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)によるとアジア太平洋地域には、4億人の障害者がおり、その40%以上が貧困生活を送っていると推定されています。第2次「アジア太平洋障害者の十年」は2003年の開始から3年目を迎えました。ESCAPは10年の政策ガイドラインであるBMF(びわこミレニアム・フレームワーク)の七つの優先課題の中で、障害者の貧困削減を重要な柱のひとつとして取り上げ、さらにBMFの目標達成の戦略のひとつとしてCBR(地域に根ざしたリハビリテーション)を挙げています。ESCAPは貧困削減のためのCBRに関するワークショップを昨年は中国政府との協力で甘粛省で、そして今年の7月5日にはバンコクで開催しました。筆者は7月のワークショップに参加しましたので、概要を報告します。

ワークショップの概要

ワークショップの参加者は、アジア太平洋地域の政府、ILOなど国際機関、国際障害関連NGOおよび各国国内障害関連団体などから約80人でした。プログラムではCBRと貧困緩和に関して次の4つの視点が設定され、それに沿った報告がありました。

  1. 障害者の貧困緩和の道具としてのCBR
  2. 貧困への障害者団体・自助団体の取り組み
  3. 国の開発計画への障害の統合
  4. インクルーシブな地域協力・国際協力

終了時には、コミュニティにおける開発プログラムに障害を含めて包括的に取り組むよう各国政府に推奨することや、国際協力・地域協力では、障害者のエンパワメントと一般の協力プログラムに障害の視点が加わるメインストリーミングを進めるツイントラックアプローチを推進することなどを盛り込んだ、共同声明が採択されました。共同声明の内容は、2007年の第2次「アジア太平洋障害者の十年」中間年の文書に組み入れられるそうです。

ワークショップでは、WHO、ILOのほか、ILOコンサルタントとして「CBRにおける職業的スキル開発戦略」に関する調査を行ったピーター・コールリッジ氏による報告、またバングラデシュ、中国、カンボジア、マレーシアなど域内各国におけるCBR実施状況の報告がありました。中でも印象に残ったWHOと基調講演者でCBRの専門家であるマヤ・トーマス氏の報告について、次に紹介します。

CBRへのWHOの新たな取り組み

WHOのチャパル・カスナビス氏は、報告の中で、WHOによるCBRへの取り組みの変遷を紹介し、貧困削減のためのCBRの方向性を示しました。

WHOは1994年にILO、UNESCOとCBRに関するジョイントポジションペーパーを発表し、CBRの定義、目的、概念を明らかにしました。しかしさまざまな実践や努力にもかかわらず、今日でも途上国の障害者が基本的なリハビリテーションサービスを受けられず、コミュニティへの参加が進まないことからCBRを見直す努力が必要になり、2003年にCBRのこれまでの25年を検証する会議をヘルシンキで開催し、「すべての開発プログラムの一部に障害を含めるべきである」ということについて合意を得ました。2004年にはWHOがILO、UNESCOとの共同で発表した改訂版ジョイントポジションペーパーには「障害者のためのリハビリテーション、機会均等、貧困緩和、社会へのインクルージョンへの戦略」という副題がつけられ、CBRを包括的に取り組むものと示しています。改訂版の特長は、CBRの定義と目的は1994年版と変わらないのですが、概念にこれまでの議論のプロセスから次のことが加わりました。それは障害とリハビリテーションの概念、障害者の権利の強調、貧困削減、コミュニティによる受け入れ、障害者団体の役割です。その中でも特に障害者の権利と貧困削減のための行動に重点が置かれているようです。

今後WHOは、コミュニティで取られる行動によって、障害者が他の人と同じ権利と機会を持つことを促進するとし、その実施を促すためのガイドラインの作成に取り組む予定です。

障害者の自助グループと経済的エンパワメント

CBRのこれまでの議論の中で、障害のある人の参加が限られてきたことが指摘されてきましたが、基調講演者のマヤ・トーマス氏は、障害者の自助グループは障害者が経済的に力をつけるためのツールになる、という内容で講演しました。

トーマス氏は、バングラデシュでマイクロクレジット(小規模ローン)に関する調査結果から、障害者の開発への参加が阻まれた原因として、マイクロクレジットを障害者が利用することに対する否定的態度や偏見、障害者の社会へのインクルージョンに関する開発団体の政策や知識不足、移動、限られた教育の機会などを挙げています。

障害者の自助グループ作りは、互いに助け合う利点を持つばかりでなく、インクルージョンを達成する手段として、コミュニティにおける障害者の問題が浮き彫りになることに役立つと述べています。しかし自助グループの設立にはさまざまな問題が伴い、たとえば、都市部の特に貧困層では人をあまり信じない傾向があるため、グループ化を困難にしている、一方農村部では住まいが離れていることなど農村特有の課題があること、また少数の強いグループにハイジャック(支配)されるという問題も起こっていると述べています。障害者自身の動機づけの弱さがあることも指摘もしています。

そのような問題があるにもかかわらず、多くの国では障害者の自助グループが作られており、その成功の要因として、1.集まりやすい会合場所の設定、2.共通の目的を共有している、3.会合での議題を前もって知っている、4.リーダーが支配的になるのを避けるため、初期段階でファシリテーターが置かれていることなどが挙げられています。

会合は教育や訓練の場としてマイクロクレジットの使い方や管理方法を学ぶ場にもなります。しかしマイクロクレジットから始めるとそのことに集中して、取り組む課題が他に広がらないという弱みもありますが、軌道修正のためには、ファシリテーターやリーダーの役割が重要になってきます。条件が整い、自助グループが形成されると利点はいくつもあります。マイクロクレジットの利用、経済的な力をつけることへの効果、人々の態度を変えることなどです。このように自助グループがうまく働けば、障害者の全体的エンパワメントによい影響を及ぼすツールになると述べていました。

おわりに

私はこのワークショップでの議論を国際的支援を行う日本人の立場から聴いていました。複数の人の報告にあるように途上国における貧困と障害の問題は、どちらが原因でどちらが結果なのか明確にはわかりにくく、問題が複雑に絡み合い、その輪の中から抜けだすのが容易ではないことがわかります。日本にいる私たちは、情報が限られている中でも、途上国の人々の抱える問題、特に貧困については包括的に捉え、できるだけ共感しようとする努力が必要でしょう。途上国では障害者とその家族は、障害のない人たちと同様、安全な飲料水、十分な栄養、保健衛生、家計の向上など地域社会の人々が抱えるさまざまな問題に直面しており、障害者固有の問題のみに取り組んでいるとは限りません。日本から支援活動を行う私たちは、途上国での障害の問題解決の可能性を地域社会全体の中で捉えるよう視野を広げる必要があるのではないかと考えます。今回のワークショップでは、ESCAP、WHO、ILOが障害者の貧困緩和に取り組む一貫した強い意気込みが感じられました。このような国際機関のチャレンジを私たちも共有することは重要ではないかと思います。

(うえのえつこ 日本障害者リハビリテーション協会)

(報告の内容は筆者個人の考えに基づくものであり、所属団体の考えではないことをお断りしておきます。)

●ESCAP主催「CBRと障害者の貧困緩和」ワークショップのウエブサイト
http://www.worldenable.net/cbr2005/