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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年11月号

横浜市の取り組み

医療の側から支援のあり方を探る

日戸由刈

高機能発達障害(高機能自閉症、アスペルガー症候群、ADHDなど)への関心が高まるとともに、この障害をもつ子どもたちに対する治療的介入のあり方に注目が寄せられるようになってきました。高機能発達障害の子どもたちは社会的関係の認知や共感性に障害があるため、日常的な対人関係を通じて社会性を自然に習得していくことが困難です。学校では仲間と集団行動をとることができず、孤立しがちです。一方で、周囲からは発達に障害があると思われにくく、しばしば本人の能力以上に適応することを求められ続けるため、想像以上に強いストレスを受けている場合が少なくありません。失敗経験の積み重ねによって自己感情が否定的になり、社会参加への意欲も低下してしまいます。場合によっては不登校や引きこもりなどの深刻な不適応や生活破綻に至ることもあります。このような高機能発達障害にみられる不適応の連鎖反応を予防するには、幼児期における早期介入から学齢期に至るまでの一貫した支援が必要です。

学齢期にある高機能発達障害の子どもに対して、治療的関与の主たる場は学校です。そこで医療の側は、高機能発達障害の子どもたちに計画的に社会性を習得させていく指導プログラムとその技術を開発し、学校教育の中で実践されるように支援していく役割が求められます。教育に対する医療の側からの支援の一例として、横浜市の小学校における教育と医療の連携の実際を、医療の立場から紹介します。

高機能発達障害に対する横浜市の教育と医療

横浜市では、小学校の通常級に在籍する高機能発達障害に対する特殊教育の場として、8つの小学校に情緒障害通級指導教室(情緒教室)が設置されています。一方、発達障害の早期発見・早期療育の場としては横浜市総合リハビリテーションセンター(YRC;Yokohama Rehabilitation Center)および6か所の地域療育センターが設置されています。そこでは、高機能発達障害の子どもに対しても幼児期からの早期診断と療育、保護者への助言やカウンセリング、幼稚園・保育所への支援などを行っています。このように、横浜市では高機能発達障害の子どもたちが幼児期には幼稚園や保育所に通いながらYRCや療育センターを利用し、就学後は通常級に在籍しながら情緒教室に通うことが主流となりつつあります。さらに2001年度からはYRCおよび療育センターにおいて学齢障害児支援事業が開始され、就学後も情緒教室に通いながらYRCや療育センターの外来診療を利用する割合も増えています。

YRCでは学齢期の高機能発達障害の子どもに対して、学校や地域社会の中で社会性を習得させていくために、教育に対する医療側からの支援のあり方を探ってきました。横浜市ではそれぞれ情緒教室とYRCおよび療育センターとで担当する地域がオーバーラップするため、教育と医療が多くの子どもを共通して担当しているという利点があります。この利点を生かしてYRCでは、他の療育センターに先駆けて10年以上前から、早期療育を終了した高機能発達障害の学齢児に対して継続的な外来診療活動を行っており、その一環として担当地域にある情緒教室との緊密な連携にも取り組んでいます。

YRCにおける教育への支援プログラム

YRCでは高機能発達障害の学齢児を対象とした社会性の習得をねらいとしたプログラムを開発し、「COSST(Community Oriented Social Skills Training:コミュニティ指向型ソーシャルスキルトレーニング)」と名づけました。COSSTは包括的なプログラムの一群であり、その中には教育の補完を担うものと教育への支援を担うものとがあります(■図■)。

教育の補完、つまり医療独自の支援活動には学童本人に対する療育プログラム(basic-COSST/applied-COSST)と保護者支援プログラム(COSST-P)があります。本人への療育プログラムでは、社会性を知識やスキルとして学ばせるだけでなく、社会場面で応用実践できることまでをねらいとしています。また、仲間と活動を共にしながら、学んだ知識やスキルを皆で守るべき価値観として内在化させていくことも大切なねらいと考えています。

教育への支援プログラムは、「スクール」の頭文字をとってCOSST・Sと呼ばれます。COSST・Sには、教育委員会主催の教師向け研修会への講師派遣、情緒教室の教師との「合同事例検討会」、通院事例に関する教師との情報交換などがあります。いずれも本人と保護者の同意のうえで行われています。

このうち合同事例検討会では、情緒教室の教師とYRCや療育センターのスタッフとが年に2回、一堂に会し、具体的な事例をあげて検討を行います。情緒教室は通常級に対して指導的な役割を担っているため、合同事例検討会は通常級に対する間接的な支援にもなっています。

教育への支援に求められるもの

以上、横浜市における教育と医療の連携について述べました。これらの実践から、医療から教育への支援が十分な効果を発揮するには、医療の側には次の二つの条件が求められると言えます。

ひとつは、支援の基盤として、医療側が高機能発達障害について臨床経験に基づく高度な知識と技術を持つことです。本や資料から得た知識だけでは、教育の現場で必要とされている具体的な困難性への対応は不十分なのです。高機能発達障害の子どもへの対応では、学校教育の中では見落とされがちな軽微な自閉症状やADHD症状によって生じる社会性の問題を正しく理解することが何よりも大切です。また、高機能ゆえに高度な適応水準を求められて生じる不適応や、その結果として形成される歪んだ価値観や対人感情の問題なども見過ごすことはできません。そのうえでこそ、高機能発達障害の認知や感情発達の特性に配慮した指導とカウンセリングが効果を発揮するのです。

もうひとつの条件は、教育と医療とが共有する具体的な事例を通じた相補的な支援を行える体制があることです。これまで教育と医療の連携では、医療の側からは講演やコンサルテーションなどで知識や情報を一方向的に伝達する方法がしばしばとられてきました。しかし、この方法では教育の現場が最も必要とする個々の事例性に応えることはできません。教育と医療とが担当地域をオーバーラップさせ、治療と指導の責任を分担し合えれば、共有する子どもたちを通して具体的な指導方針に踏み込んだ議論をすることが可能となります。高機能発達障害に関する知識や技術も、具体的な事例と合わせて伝達されるほうが、自然かつ有用な情報となるものと思われます。

高機能発達障害の子どもの不適応を予防するには、早い時期から社会性を習得し、学校や地域社会の中で帰属意識の持てる仲間や居場所をつくるための支援が欠かせません。教育と医療の緊密な連携は、彼らが思春期以降も精神保健を維持しながら地域の中で円滑な生活を送るための確実な土台づくりにつながります。

(にっとゆかり 横浜市総合リハビリテーションセンター臨床心理士)

【文献】

日戸由刈、清水康夫、本田秀夫、萬木はるか、片山知哉:アスペルガー症候群のCOSSTプログラム―破綻予防と適応促進のコミュニティ・ケアー『臨床精神医学』、34巻9号、1207~1216.2005

清水康夫、本田秀夫、日戸由刈:ADHDの心理社会的治療―教育との連携、教師への支援―『精神科治療学』17巻2号、189~197.2002