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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2005年12月号

ワールド・ナウ

インド洋の津波の被害

長田こずえ

津波被害による貧困化の現状

昨年のクリスマスの直後、12月26日にインド洋を襲った津波の被害は多大なものである。アジア開発銀行(ADB)によると、15万人以上の死者を出したインド洋津波の影響で、200万人近くの人々が貧困に陥る恐れがあるという。障害者を含む社会で最も機会均等の恩恵をこうむらない、いわゆる社会的弱者にあたる層(女性、高齢者、青少年、その他のマイノリティー)が、被災による経済的な打撃を最も深刻に受けたことが判明した。ADBのチーフ・エコノミスト、イフザル・アリ氏は声明で、「津波による貧困へのインパクトは計り知れない」としたうえで、貧困こそがこの自然災害の最も重大な結果だとの見方を示した。インドネシアだけでも100万人が貧困ラインを下回る恐れがあり、その多くが、死者が10万人を上回る北部アチェ州の人々だという。また、インドでは64万5000人、スリランカでは25万人を超える人々が、モルディブでも、人口の50%以上が貧困に陥る恐れがあるという。比較的裕福なタイのプーケットやカオラックですら、その被害は計り知れない。

こういった中、被災国で地域社会の経済とインフラの基盤の再構築が緊急の課題となったために、障害者の視点を復興・開発に取り入れることが大変重要となってきた。現在では確かに津波の被害者に対する水や食べ物、仮設住居の提供などの国際緊急支援は一応終わったが、今後少なくとも数年は継続するはずの復興・開発の支援はまだ始まったばかりである。復興の過程で如何にして障害者が取り残されないようにするかという課題は最重要であり、また絶妙なタイミングを要する問題である。

障害と開発・復興支援

最近、障害と開発の関係がより注目を浴び、両者をより密接なものとして取り扱う包括的な政策が提唱されるようになってきた。いわゆる障害と開発のツイントラックアプローチと呼ばれる戦略で、障害者のエンパワーメントを目的とする障害に特化したプロジェクト(たとえば障害者のリーダーシップや職業訓練、障害者の自助団体支援等)だけでなく、障害に特化しない一般的な開発や復興支援(たとえば空港やスポーツ施設の建設等のハード面や小規模資金の提供や企業活動の促進などソフト面の両方を含む)にも障害の視点を取り入れ、障害者がその恩恵を平等にこうむることができるようにしていく複線型の支援政策である。2か国間協力の分野でもこのツイントラックアプローチの概念が、実際、英国開発省などの方針として支援事業に反映され始めた。

また、国際NGOのHandicap Internationalなども一般の開発の取り組みに障害を組み込む「開発における障害への地域アプローチ」を採用している。とはいえ、実際に国際開発に携わるものならだれでも痛感することは、障害であろうとジェンダーであろうと「取り組む政策:メインストリーム」ほど難しいものはないということだ。実際この概念を一般の開発に携わる経済専門家やエンジニアなどによく理解してもらい、予算をつけて実行してもらうのは至難の業である。メインストリームはうまく組み込めば特別な予算が必要でなく経済的であるというのは大方のプロジェクトに関しては当てはまらない。障害の開発におけるメインストリームを効率よく推進するためには、何か衝撃的な動機付けの必然性が要求される。その意味で昨年の津波は悲しい災害ではあったが、障害の復興開発におけるメインストリームをタイミングよく実行していく最大の機会ともいえる。

「バンダアチェ:津波の社会的弱者に対する影響」に関する会議

こういったことを背景として、ESCAPはインドネシアのソロにあるCBRセンターと共催で、去る9月13日から15日まで、インドネシアの首都ジャカルタでこの会議を開いた。会議の目的は津波の障害者を含む社会的弱者に対する影響を考察し、今後の政策に関する提言を行うことであった。従って、障害者だけではなく、社会的弱者全般を対象とするものであったが、実際はソロのCBRセンターが現地でのカウンターパートとなったためか、あるいはアチェでは障害者団体が政治的にかなりエンパワーされているためか、参加者全員が障害者が最もニーズのあるグループであることを再確認した。実際、最終決議案は障害色のかなり強いものとなった。会議のディスカッションは、アチェの津波の障害者に対する影響と今後の政策提言を中心に展開された。

ご存知の方も多いと思うが、ソロのCBRセンターはハンドヨ・チャンドラクスマ博士により設立されたもので、社会モデル的なCBR手法、地域社会の意識化や組織化などの社会変革を強調する独自のやり方を導入したことで世界的に有名になったセンターである。NGOに関しては、現在、アチェで実際に活動している障害関係NGOの唯一とも言える団体はアチェの障害児を守る会であり、ここの代表者はアチェ市の次期市長の有力候補者でもあるということだ。この組織は障害児を対象にした教育や社会活動を中心に活動し、親の会のネットワーク作りも支援している。

その他としては、ハンドヨ博士が中心となり、被災地の住民にラジオを提供している。同時にラジオ局の管理者を自分たちの活動の主なメンバーとして参加させ、一定の時間に障害関係の番組を放送し、その放送時間に合わせて村の集会所などに一般住民を集め、全員でラジオの番組を聞く。その後、障害に関する個々の感想を語り合う活動を行っている。障害に関する認識と理解を向上させ、障害者差別を取り除くことを目的とする地域型のメインストリームプロジェクトである。ラジオは多くの住民にとって唯一の娯楽となっているので、みんな熱心に参加するらしい。もちろん障害の番組ばかりを聴くわけではなくその他の番組もみんなで楽しむ。コミュニティーの住民を自然に巻き込んでいくハンドヨ型の手法を取り入れた面白い娯楽のメインストリーム活動とも言えるだろう。

このほかにもハンドヨ博士が中心となりソロの病院との協力で行っている義足のプロジェクトもある。これは現地で被災後に短期間で養成した義足のサイズを測る技師を活用して、津波被害の犠牲となった人の義足を製造するものである。また、精神的な障害も忘れてはならない。被災後、家族などを失い精神的なトラウマに悩んでいる児童を中心としたトラウマセラピーのプロジェクトを展開している。

会議で、中央政府の障害担当者ロビンソン氏は「津波:隠れたる神の恵み」という衝撃的な題名のプレゼンテーションを行った。内容は、まず津波の悪影響としては、障害者の数がかなり増加したと報告した。これは津波の被災の直接的な事故によるものだけでなく、その後の貧困や医療問題が引き起こした間接的な障害を含む。また、津波の影響としてインフラが崩壊し、コミュニティーの暮らしがつぶされ、家族や隣人などの間の余裕がなくなり伝統的なセーフティーネットが弱体化した。しかし、同時に宗教や人種や民族を超えた市民社会型の相互扶助の精神が芽生えた。

一方、完全に崩壊しきったインフラの再建設の分野においては、「バリアフリーやユニバーサルデザイン」などに関する国際的な注目を浴びることもできた。復興資金として海外援助金も流れ込んだことがプラスになったともいえる。今後、障害に関する理解の向上と物理的なバリアフリーを促進していく土台ができ上がったともいえる。特に、障害者の権利を促進するために合理的配慮を提供する必要性の観点からも、復興過程におけるバリアフリー化は最重要課題である点を強調した。また、破壊し荒廃したコミュニティーと共同社会の再構築を目的とした開発プロジェクトが運営されているので、障害のメインストリームとしての地域に根ざしたCBR的な活動が緊急に必要とされることを強調した。最後に、ロビンソン氏は障害者の自助組織の設立に関する支援を提言した。

会議の主な決議案は以下の通り。

  • 障害者など社会的弱者の自己決定を理解し、彼らの完全参加を促し偏見を取り除く努力をすること。
  • 障害などの開発、復興におけるメインストリームを促進すること。
  • 障害者に関しては、地域社会を基盤とするCBRを採用すること。
  • インフラの復興過程にはユニバーサルデザインを採用すること。
  • 弱者の人権侵害に関するモニタリングを強化すること(障害の人権へのメインストリーム)。
  • 仮設住宅などに障害者や女性のニーズを取り入れること(たとえばどこにコミュニティーの共同トイレを設置するかなど)。
  • 津波の災害に関する統計を緊急に取る必要があるが、その際、男女差や年齢の区分などと同様に障害の有無、種別の区分を入れること。

会議の決議に関するフォローアッププロジェクト

日本で集めた小規模な募金を利用して障害者団体とCBRセンターが共同で運営する「アチェでの障害者の自助団体(親の会を含む)設立促進」に関するプロジェクトが支援されるようだ。もしこれが実施されれば、このESCAPの会議の提言を即日実行するものとして効果的であると思える。香港など海外からの草の根の寄付金も追加される可能性もある。

最近、人々はインド洋の津波のことを忘れかけている。関心は緊急活動に向けられがちで、復興、再開発など地味な活動はあまり人気がない。資金援助なども災害直後の緊急援助に集中しがちである。残念ながら、障害者のエンパワーメントと完全参加が本当に課題となってくる復興・再開発の第2段階では関心が他に移りがちだ。しかしながら、昨年の津波の災害は過去に例がないほど規模が大きく(特にインドネシア)、現在進行中の国際権利条約への制定過程で提唱されている開発・復興支援における障害のメインストリームをタイミングよく実践していくことが必要だ。ツイントラックアプローチの概念が津波の復興のプロジェクトに生かされなければ、それこそ問題である。

現在、現地で障害者を取り込む開発プロジェクトを運営しているのは、草の根NGOの障害者団体やソロのCBRセンターなど、ごく限られたものしかない。復興は1年や2年で終わるものではない。今我々はインド洋の津波における開発・復興過程の障害のメインストリームが成功するかどうかを決定する分かれ道に立たされている。津波がグッドプラクティスになるかどうか。ぜひ、興味を失わずに気長に支援を継続していただきたい。

(本稿での見解は筆者個人のもので必ずしも国連ESCAPの見解を反映したものではない。)

(ながたこずえ 国連ESCAP障害担当官)