「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年1月号
総論
これからの障害者福祉における行政の機能と地域での課題
平野方紹
はじめに―なぜ今、行政が問われるのか―
21世紀に入ってまだわずかですが、わが国の障害者施策は、この短い間に、制度の根幹に関わる大きな転換の波に、二度にわたって洗われることとなりました。
最初の大波は、支援費制度でした。2000年に法案が成立し、2003年度から施行された支援費制度は、それまでの行政主導の措置制度による福祉サービス提供を、利用者が主体となる利用契約制度に転換するという、福祉サービス利用における関係の転換を意図したものでしたが、サービス提供の急伸を招くこととなり、財源確保策を欠いていたため、制度の先行きの目途が立てられず、2005年に成立した障害者自立支援法に、その座を明け渡すこととなりました。
第二の波となったのは、その障害者自立支援法(以下「自立支援法」)です。サービス提供方法は支援費制度の利用契約制度を継承することとなりますが、障害の一元化、自立概念の再定義、在宅福祉サービスの再編成、施設福祉の新体系への移行など利用者や施設・事業者へ及ぼす影響は支援費制度施行時以上に大きなものがあります。
支援費制度では、基本的にはサービス提供方法の転換に制度改革の主眼が置かれ、在宅も施設もサービス体系や利用者負担は措置制度のものが継承されましたが、自立支援法では、サービス提供方法は支援費制度を継承しながらも、サービス体系や利用者負担が制度改革の焦点となるなど、同じ「制度改革」とはいえ、その内容も性格も異なったものとなっています。このような大きな制度改革でしたが、この一連の流れの中軸にあったのは、一貫して行政だったことに注意が必要です。
1990年代の障害施策のエポックメイキングとなった、1993年の障害者基本法の成立の原動力となったのは、1981年の国際障害者年のテーマであった「完全参加と平等」に代表される障害福祉の理念の発展と浸透でした。この時期は、グループホームの隆盛、精神障害者福祉の進展、地域生活支援の拡大など、理念の発展とあわせて障害当事者や関係者の力が行政を動かし、施策が推進され、新たな制度が作り出されてゆきました。
大仰に言えば、1990年代はノーマライゼーションに代表される障害福祉理念が、施策を引っ張ったと言えますが、2000年以降は一転して行政が施策や制度をリードする構図に転じています。支援費も自立支援法も、基本的には行政サイドからの提起であり、改革です。障害福祉の歩みを考えるとき、この1990年代から2000年代への転換が、理念・運動から行政へと改革の震源地が変わっていることを見据える必要があります。
自立支援法の施行を目前にした今、改めて障害者施策と行政の関わりを考えることが求められています。
1 行政の機能と組織
一般に行政と呼ばれる公的機能については次の2種類に区分されます。
行政機能としては、厚生労働省や都道府県の本庁が代表的です。ここでは制度や政策の企画立案が主な業務であり、直接個々の国民の支援・援助をすることは基本的にはありません。一方、福祉事務所や児童相談所などの福祉機関や公立福祉施設は現業機能を担っています。これを行政の担い手という視点から見ると、国(福祉では厚生労働省)は行政機能が主で、都道府県は基本的には行政機能と現業機能の両方を有していますが、その機能は本庁と出先(福祉事務所、児童相談所、障害者更生相談所、施設)と分離しており、市町村では、同じ組織が行政機能と現業機能を有することが主になっていることがわかります。このことは、同じ行政と言っても、その役割により求められる機能が違っていることによるもので、これを図示すると■図1■のとおりとなります。
この基本的な枠組みは、昭和30年代の福祉六法体制により確立されたもので、これが社会福祉の基礎構造の柱のひとつでもありました。2000年の社会福祉法成立に代表される社会福祉基礎構造改革(以下「基礎構造改革」)は、こうした構造に改革のメスを入れたものでした。
2 公的責任の転換と行政の役割
現業機能は公的な責任や権限が根拠となっていると説明しましたが、基礎構造改革はその意義も大きく転換させました。
社会福祉の各法は、市町村などの地方公共団体に、要援護者の保護を義務付けており、たとえば身体障害者福祉法では「国及び地方公共団体は、…身体障害者の自立と社会経済活動への参加を促進するための援助と必要な保護(以下「更生援護」という。)を総合的に実施するように努めなければならない。」(第二条)として、そのために市町村が、施設入所措置などの更生援護の措置を採ることとされています。従来の措置制度はこの考え方が基本でした。しかし、公的責任の達成を趣旨として、市町村がサービス支給の可否からサービスの種類や施設・事業者まで市町村が決定する措置制度では、利用者主体の利用契約制度と整合性がとれなくなります。そこで、2000年成立の社会福祉法では、地方公共団体の責務を「国及び地方公共団体は、社会福祉を目的とする事業を経営する者と協力して、社会福祉を目的とする事業の広範かつ計画的な実施が図られるよう、福祉サービスを提供する体制の確保に関する施策、福祉サービスの適切な利用の推進に関する施策その他の必要な各般の措置を講じなければならない。」(第六条)として、制度の適正・適切な運営管理や利用者保護など、現業機能よりも行政機能を重視したものへとしました。
支援費制度も自立支援法も、サービスの選択や決定は利用者が行い、市町村はその経費を助成し、相談援助やサービス基盤の整備を行うという制度設計は、こうした公的責任や役割の変化が制度として具体化されたものです。
3 障害福祉計画と行政の役割
自立支援法による制度改革の柱のひとつに障害福祉計画の策定があります。厚生労働省によれば、2006年度中にすべての都道府県と市町村が策定することが義務付けられています。これは、先の社会福祉法に規定された地方公共団体の責務を果たすために規定されたものであるともいえます。計画という形で地方公共団体の責務や役割を具体化することは、福祉分野に限らず行政全般のトレンドとなっています。
その意味では、障害福祉計画は基礎構造改革を受けて、障害者施策における新たな公的責任のあり方を示したとも言えます。
しかし、そうそう単純に言い切れない面もあることに注意が必要です。
表1は、1990年以降の市町村における福祉行政計画(法律に規定のあるのものに限る)を比較したものです。
表1 市町村における福祉行政計画の比較
計画名 | 根拠法 | 策定義務 | 策定への住民等の参画 | 住民への公表 | 参酌すべき基準等 | 都道府県の関与 | 計画の主な内容 |
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老人福祉計画 1990年 |
老人福祉法第20条の8 | 義務 | 規程なし | 規程なし | 厚生労働大臣が定める基準を参酌する |
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介護保険事業計画 1997年 |
介護保険法第107条 | 義務 | ○ | 規程なし | 規程なし |
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障害者計画 1993年 |
障害者基本法第7条の2 | 義務 | △ (障害者施策推進協議会を設置している場合は意見を聴取) |
△ 要旨を公表 |
国の障害者基本計画を基本とする | 都道府県障害者計画を基本とする | 規程なし |
地域福祉計画 2000年 |
社会福祉法第107条 | 任意 | ○ | ○ | 規程なし | 規程なし |
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保育計画 2002年 |
児童福祉法第58条の8 | 義務(保育入所待機者がいる市町村のみ) | ○ | ○ | 規程なし |
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障害者計画 2005年 |
障害者自立支援法第88条 | 義務 | ○ (さらに障害者施策推進協議会を設置している場合は意見を徴収) |
規程なし | 厚生労働大臣の定める基本指針に即する |
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4 地方分権時代の行政と障害者施策
2000年に成立した地方分権一括法は、■図1■で示した、国・都道府県・市町村という行政の「上下」関係を見直す大きな契機となりました。国が企画した制度をそのまま市町村が実施するのではなく、市町村が主体的に地域に応じた事業に取り組んだり、地域の実態に合わせて制度を改変する取り組みが始まりました。自立支援法の地域生活支援事業もこうした地方分権の流れにありますが、先に述べたように障害福祉計画には地方分権に逆行した要素もあります。自立支援法の趣旨は、障害者の地域での自立した生活を実現するための支援です。とすれば地域の実情やそこでの障害者のニーズに応えた施策でなければ、地域生活を支えることは困難です。行政の役割が、個々の障害者の援護から、地域全体のサービス管理や基盤整備に移行している中、行政に、住民や障害者の立場から取り組むように、地域で働きかけることが重要な意味を持つこととなります。
これまで、障害の地域運動は、ともすれば障害種別の運動形態になりがちでしたし、福祉関係者の取り組みも障害種別の専門性を背景にしていたことも否めません。
自立支援法により、福祉サービスにおける障害種別という壁がなくなり、障害福祉サービスを地域で総合的に考えることが、これからの行政のスタンスとなります。
こうしたことから、障害当事者や福祉関係者も地域という「土俵」から計画策定をはじめとする行政のあり方に大きな関心を持つとともに、行政とともに考え、提言することで行政を「育てる」という視点からの取り組みが必要となっており、こうした地道な取り組みから「地方分権」も実質化すると考えられます。
(ひらのまさあき 日本社会事業大学社会福祉学部)