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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年1月号

自治体の取り組み事例

久慈地域メンタルヘルスサポートネットワークの取り組み
~地域みんなのこころの健康づくりが自殺予防につながると信じて~

松川久美子(岩手県久慈保健所)
神先真(養護老人ホーム「養寿荘」)
長根真奈子(普代村保健センター)
星克仁(岩手県立久慈病院)
大塚耕太郎(岩手医科大学神経精神科学講座)
橋本功(岩手県久慈保健所)

1 地域の概況

岩手県沿岸北部の久慈地域は、1市1町3村、面積1076km、人口66,403人、高齢化率23.6%の、過疎化が深刻な地域です。周囲は、西に日本一の白樺林を誇る北上山系があり、かつては日本有数の木炭生産地でもありました。また、東に景勝三陸海岸があり、ウニやアワビの生産地でもあります。美しい自然環境に恵まれ、食べ物も美味しく、人柄も実直で善い人が多いところなのに、自殺で亡くなる方の割合が多い地域です。

2 ネットワークの経緯

1.目的

久慈地域メンタルヘルスサポートネットワーク連絡会では、何とか地域の自殺を減らしたいと、保健所や地域の関係機関、大学が協力して数年前から予防活動に取り組んできました。参加者が地域の課題と対策の方向性を共有し、それぞれの立場でこころの健康づくりを推進することで自殺予防に寄与することを目的としています。

2.構成員

参加者の職種は、医師、薬剤師、臨床心理士、介護支援専門員、施設職員、救急救命士、PSW、保健師、看護師、事務など多職種で、勤務先も、病院、市町村(保健・福祉)、保健所、社会福祉協議会、消防署、障害者施設、老人施設、在宅支援センター、薬局、在宅など多機関にわたります。背景が違う職種が連携することで、活動に広がりと変化をもたらしています。

3.活動内容

世話人会(代表:星克仁)が企画運営を担当し、いろいろなテーマで1.研修、2.事例検討、3.健康教育教材研究など毎月1回開催し、ニュースレターを発行しています。ほとんどが相談業務として参加しているため、年度当初に保健所から関係機関に開催を案内しています。

連絡会では、グループ全体のミーティングをよく行います。きちんと時間を設けてテーマについて話し合うこともあれば、ちょっとした情報交換で課題やアイディアを拾い上げる場合もあります。そこであげられたことは、さらに関連性や対策等が検討され、次の研修や啓発普及のテーマにすることもあります。このように、各方面からいち早く地域のニーズをキャッチして、必要に応じて流動的に活動しています。

3 紙芝居による啓発活動

最もユニークな活動として、地域特性を盛り込んだオリジナルの教材を作り、出来上がった作品を活用した健康教育があげられます。参加者の全員が健康教育のフィールドを持っているわけではありませんが、教材の企画や作成、健康教育開催の企画など何らかの形で参画しているので、大きな意味で連絡会のメンバー全員が、この地域のこころの健康づくり活動を担っているということになります。

連絡会が発足して初回に、代表の星先生から、うつ病は「きちんと薬を飲むこと」「うつ病を正しく理解すること」「無理をしないで心の疲れが取れるまでゆっくり休むこと」など基本的な知識を学びました。ところが実際には、うつ病の理解不足、精神科の薬や治療に対する悪いイメージ、休養することへの罪悪感など、患者本人や家族と本人を取り囲む社会のそれぞれに偏見や誤解が存在するということでした。地域のこころの健康を増進させるには、住民からうつ病やその治療に対する偏見や勘違いをなくし、多くの人にうつ病に関する正しい知識を得る機会を作らなければなりません。

そこで、これらの偏見や誤解について地域の人たちから普段聞かれること、ついこんなふうに考えてしまいそうなことなどを出し合い、「こころの健康」への意識向上を図る啓発教材として『紙芝居』を作成することになりました。

紙芝居づくりの作業では、グループに分かれて洗い出された地域の誤解や偏見のリストをもとに、紙芝居で「だれにどんなことを伝えたいのか」を話し合い、それをもとに、紙芝居のストーリーを組み立て、絵を合わせて仕上げていきました。そして、約5か月間の活動の結果、それぞれの思いが盛り込まれた、個性あふれる4つの紙芝居が出来上がりました。

作品の上演会を行い、互いの作品の出来映えを評価し、活用について話し合いました。上演会当日の様子やこれまでの紙芝居を活用した健康教育の様子は新聞等にも紹介され、久慈地域の活動が他の地域にも広く知られることとなりました。紙芝居の完成と周りの後押しにより、連絡会の満足感と楽しみが一気に広がったように思います。

1.4つの紙芝居

●ぼやき岩
弱みを語れない中年男性が、話したことですっきりしたという昔話。

●くもりのち晴れ物語
うつ病の働く女性が、周囲のサポートで回復する物語。

●桃太郎は 元気?
桃太郎がうつになったらどうなるかという昔話。

●そのままでいいよ
得意科目がなんであれ、そのままでいいと母親に認められる物語。

2.学校における健康教育

「人には言えない事っていっぱいある。でも、岩にだったら言える。そして、なぜか元気になってしまうのさ!みんな『ぼやき岩』になれたらいいね」というメッセージをこめた紙芝居を抱え、いざ出陣です。紙芝居というちょっと古めかしい教材は、中学3年生のみんなにどう映るのだろうか?アホらしいなんて思われないだろうかと不安もちらほらと浮かんだりしました。生徒たちの反応の良さに助けられ、紙芝居の上演会は無事終了、一人ひとりが違うみんなにぼやき岩は絶対に必要だよね!の声も聴かれました。「紙芝居を作ってほんとに良かったな」と安心した私は、そこで大失敗、よく知っている生徒の名前を間違え、その子の兄の名前で呼んでしまいました。そんな私に彼はすかさずこう言いました。「今の出来事は後でぼやき岩にぼやかせていただきます」と。ナイスなツッコミにクラスのみんなで大笑いでした。

その後もいろいろな機会を利用し、紙芝居を上演する場を持ちました。紙芝居を作りその反応に味をしめた私たちは、平成16年度には「うつ」を知ってもらうためのビデオ教材製作にチャレンジしています。私たちにしかできないビデオ、「ほんとに作れるの?」と、ちょっとした不安と大きな期待で着々と進行中です。

4 成果と課題

これまで約1年半の活動を振り返ってみて、連絡会のメンバー一人ひとりが資源であり、連携することでより大きい力になるということを実感しています。

久慈地域は、人口の割合から決して社会資源に恵まれているわけではありませんが、大学や病院から専門的な支援が得られ、連絡会メンバーが相互に連携することにより、孤立せず、役割を補完しあいながら、自殺予防というわけがわからない大きな課題にも希望を持って取り組むことができます。

しかし、ネットワークは所詮人と人との繋がりです。勤務による移動や担当の変更は仕事にはつきものです。それぞれが忙しい中にあって、目的を共有し、相談のスキルを高め、だれかに相談できるこの連絡会を今後も続けていけるためには、一人ひとりの自覚とともに職場の理解や関係機関の協力が何よりも重要だと思います。

(まつかわくみこ 岩手県久慈保健所・かみさきまこと 養護老人ホーム「養寿荘」・ながねまなこ 普代村保健センター・ほしかつひと 岩手県立久慈病院・おおつかこうたろう 岩手医科大学神経精神科学講座・はしもといさお 岩手県久慈保健所)