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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年1月号

わがまちの障害者計画 埼玉県東松山市

東松山市長 坂本祐之輔氏に聞く
「責任」と「夢」のある政治で、ノーマライゼーションのまちづくりを

聞き手:北野誠一
(東洋大学ライフデザイン学部教授、本誌編集同人)


埼玉県東松山市基礎データ

◆面積:65.33平方キロメートル
◆人口:90,417人(平成17年4月1日)
◆障害者の状況(平成17年4月1日)
身体障害者手帳所持者 2,510人
(知的障害)療育手帳所持者 433人
精神障害者保健福祉手帳所持者 194人
◆東松山市の概況:
埼玉県のほぼ中央部に位置し、都心から約50キロの通勤圏。比企地方の政治・経済の中心として発展し、高速自動車道により工業化も進む。緑豊かな丘陵地帯で毎年行われるウォーキングの国際大会「日本スリーデーマーチ」の開催都市として知られ、28回目の今年も約8万人が参加、市民ボランティアがそれを支える。花と歩けの国際平和都市を宣言。また辛口のみそだれで食べるやきとりのまちとしても有名。
◆問い合わせ:
東松山市健康福祉部福祉課
〒355-8601 東松山市松葉町1-1-58
TEL 0493-23-2221(代) FAX 0493-24-6066

▼「生活重視・福祉優先」をスローガンに30歳代で初当選された坂本市長のまちづくりの根底になったものは何でしょうか。

32歳で市議会議員になった時、映画「しがらきから吹いてくる風」を見て、「障害者がまちに溶け込んでいるというよりも、まちが障害者の中に溶け込んでいる」姿に大変感動して、このようなノーマライゼーションの世界をわがまちに創りたいと思い立ちました。ノーマライゼーションの考えは、「一人ひとりの市民に対する思いやり」と「一人ひとりの市民の人権を大切にすること」が両立した考えだと思います。市長に就任して11年経って、このノーマライゼーションの考え方は市民の方々に浸透してきたと思っています。

ノーマライゼーションは、何も福祉だけではありません。教育や環境もその原点は、自然を含めてそこに生きる一人ひとりを大切にするという考えです。ISO14001の取得やホタルの住めるまちづくり、これは全国で初めてだと思いますが、市役所の隣の小学校にソーラーシステムを取り入れたのも、その一環です。

▼子どものころから、ノーマライゼーションの考えを身につけるために、どのような施策に取り組んでおられますか?

障害児を地域から離れた施設や学校に行かせるのは、障害児に失礼なことです。兄弟がいるなら兄弟と同じ学校に行くのは当たり前です。本市では、保育園や小中学校で自然に一緒に学べるように「統合保育」「統合教育」を推進しています。そのために今年度は小中学校に27人の職員を配置しました。障害児の地元小中学校への在籍率は約71%です。たくさんの支援を長期に必要とする人を障害者と呼んでいますが、完全な人間はいないわけで、日常の生活の中でそれぞれのできない部分を補い合う、助け合うやさしさを自然に身につけるためにも、ノーマライゼーションの考え方は大切です。

▼国の施策を先取りしたような総合相談センター立ち上げの経緯と目的を教えてください。

「障害のある人」というのは、障害者として手帳を持つ人だけでなく、けがや病気などで一時的に身体が不自由になり、何らかの支援が必要な状況にある人すべてを指すと考えています。そういった方を含めてすべての障害者や高齢者が、障害種別や年齢によって振り分けられることなく、24時間365日、ワンストップで何でも相談・支援できる仕組みを創りたかったのです。多くの職員には反対されましたが、平成12年に立ち上げ、多くの市民に活用していただいて実績も上がり、やってよかったと思っています。16年度の相談件数は合計で10,000件を超えています。

相談支援事業等が補助金から一般財源化されたことで、熱心に取り込んでいる自治体は、現在財政難で苦しいのですが、市民の切実なニーズや要望に応えていくことが、私たちの使命であり、そのための創意・工夫が大切だと思っています。

▼生活支援センター「ケア・サポートいわはな」では、制度外のニーズに対応した各種のサービスを行っています。この事業もユニークですね。具体的にどのようなサービスを行っているのでしょうか。

在宅の身体・知的・精神・難病患者と市が必要と認めた方を対象にしたレスパイトサービス、外出や付き添いのサービス、介護人派遣などです。利用時間は1人年間150時間とし、利用者は1時間500円の利用料を30分単位で支払います。昨年の延べ利用者は3,725人でした。

▼就労支援も市独自の考え方が反映されていますが、障害者就労支援センターについて教えてください。

市内の社会福祉法人や小規模作業所、障害者団体が共同で立ち上げたNPO法人に委託して、それぞれの経験と高い専門性のある職員が就労支援に当たっています。身体、知的、精神の三障害を対象に、就業・生活支援センターや小規模作業所等を一体化したセンター方式で平成15年に開設しました。 所内の作業よりも、企業内作業や企業実習を重視し、高い就業率と、本人にも企業にも喜ばれるフォローアップを誇っています。昨年10月末に成立した「障害者自立支援法」は、就労移行支援や就労継続支援等の就労支援をクローズアップし、「障害者がもっと働ける社会」を強調していますが、本市では、法律のできる前から、そのことを当然のこととして取り組んできました。

▼少子高齢化の中、子育て支援も重要な施策です。子育て支援センター・ソーレは予想を上回る利用者のようですね。

平成17年4月にオープンしたばかりで、埼玉県で初めての単独型子育て支援センターです。障害のあるなしを問わず、0歳から3歳までの親子が自由に使え、環境に優しいソーラー発電と木の温もりを感じられる設計がなされています。1日平均約60組、150人が利用しています。幼稚園に入る前の子育ての心配を、スタッフやボランティア、何より親子の交流を通じて支え合っていこうとするもので、市外の方にも開放しています。交流、学習、情報の場だけでなく、各種の相談・支援のプログラムも用意されています。また、本市では通院については9歳まで、入院については15歳まで医療費の無料化を実施しています。

▼最後に、障害者自立支援法が成立しましたが、法律に規定されている障害福祉計画についてのお考えを聞かせてください。

障害福祉計画は、障害者自立支援法による制度改革を具体的に進めるうえで、最も基本になるものと考えています。

本市には、平成10年策定の障害者計画「市民福祉プラン・ひがしまつやま」があります。これを策定するときにも、担当部局とかなり議論をしましたが、私には、ノーマライゼーションという基本的な理念がありますので、後は、地域の現場で、市民や支援者がどうしても必要だということを、何としても実行していくだけなんです。ですから、計画はもちろんのこと、臨機応変な決断力・実行力が、市長には必要なのです。障害福祉計画は、ノーマライゼーションを踏まえて策定し、障害者がいつまでも地域で暮らしていけることをめざしたものにしたいと思っています。

うれしいことに、東京書籍発行の平成17年度の小学校社会科の教科書に、東松山市のノーマライゼーションのまちづくりが取り上げられ、全国に知られるようになりました。

▼最後に、インタビュアーの坂本市長に対する印象を述べて、このインタビューの締めくくりとしたい。坂本市長は、39歳で初当選して3期11年、まだ50歳の若い市長である。風貌もさわやかな万能のスポーツマンで、野球好きの2人の息子のよきパパでもあり、本人のモットーである「明るくさわやかな市政」を文字どおり実践されている方である。

しかし、それだけの首長ならば、探せばいくらでもいる気がする。スポーツマン系の一見さわやかなタイプが、障害者のことなどおかまいなく、福祉・教育等をおろそかにする硬派(?)であることも多い(カリフォルニア州知事のシュワちゃんなど、まさにその典型である)。

ところが、坂本市長はこう言うのだ。「私には、2人の息子がいる。野球を愛好し元気に成長している。この私の息子が、もし障害をもって生まれてきたら、またこれから障害をもつとしたら、政治家として何をなすべきなのか親の立場になって、そして本人の立場になって毎日考えている。」

なんともにくいことをさらりと言う。これこそが、多くの市民に対して責任のある立場の人の言うべき言葉である。ひとりの人間は、何にでもなれる訳ではない。それでも市長にはすべての市民の立場に思いをいたす想像力こそが求められているのだ。坂本市長は、そのことを「責任と夢のある政治」と呼び、一人暮らしの全盲の高齢者の食事の大変さを思って、365日の配食サービスを職員の多くが反対する中で立ち上げ、さらに、重度の知的障害者とその家族に思いをいたして「重度知的障害者グループホームかがやき」を立ち上げ、そして新たに認知症高齢者も精神障害者も使える小規模多機能と地域活動センターの一体化されたものを構想している。

自ら、「現場主義」を貫き、ヘルパーと地域を回り、ごみの収集車に乗り、市長室直通の「よろしくFAX」を持ち、全国の新しい施策をすぐに視察し、優秀なスタッフに恵まれた坂本市長に、今のところ死角はない。もし万が一にも彼をして、ノーマライゼーションのまちづくりを展開できないようなことがあれば、それはこの国の政治そのものの問題であろう。