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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年2月号

ITを使った情報バリアフリー~現状と課題

石川准

身の回りのあらゆるものに、通信能力を有するマイクロコンピュータやセンサー、アクチュエータなどが埋め込まれ、それらが相互に情報交換を行いながら協調動作し、人間生活をより高度に支援する、ユビキタスコンピューティング社会の到来が近づいています。このようなことがほんとうに実現し、人の生活や活動のあらゆる局面でコンピュータたちが過不足ない支援をしてくれるようになれば、それこそバリアフリーな世界が到来するといえます。

私はもう何年も、いろいろなところで現状の問題について語ってきました。情報バリアフリー、つまりアクセシビリティは、ユニバーサルデザインと支援技術の共同作業により実現するのですが、現状の電子情報通信分野の製品、システム、サービスのユニバーサルデザイン化は、わずかな例外を除くと、期待したようには進んでいません。そのため支援技術の側の努力に過度な負担がかかっています。

支援技術を代表するものとしては、視覚障害者がコンピュータを操作するための必須の道具である「スクリーンリーダー」と呼ばれるソフトウェアがあり、点字ディスプレイや点字プリンターなどといったハードウェアがあります。手をうまく動かすことのできない上肢障害者には、オンスクリーンキーボードやスイッチが必要です。運動障害がさらに重くなれば、視線入力や筋電入力という支援技術が必須となります。

しかし、こうした電子情報通信分野の支援技術は、長い間、福祉政策の谷間に置かれてきました。たとえば、日常生活用具給付等事業ひとつとっても、ここだけ時間が止まっていたかのようでした。

けれども、福祉行政においても、近年になってようやく電子情報通信技術を利用した支援技術の重要性が認識されてきました。本年10月に施行される、「障害者自立支援法」(1)のもとに「地域生活支援事業」として再出発する「日常生活用具給付等事業」(2)制度では、情報意思疎通支援用具として、情報・通信支援用具(障害者向けのパーソナルコンピュータ周辺機器やアプリケーションソフト)が追加されました。また、点字ディスプレイの給付対象に、盲ろう者とともに視覚障害者が加えられることとなりました。

障害者がよりよく生きるためには、所得保障やケアとならんで、生活を支援する用具がきわめて重要です。IT機器が日常生活用具として認知された意義は、たいへん大きいと思います。

とはいえ、問題もあります。日常生活用具と補装具との位置づけに大きな差がつけられたことがそれです。補装具とは、障害者などの身体機能を補完し、または代替し、かつ、長期間にわたり継続して使用されるもので、義肢、装具、車いすなどのことをいいます。この補装具は自立支援給付の対象とされ、その重要性が正しく認められた形になっています。ところが、日常生活用具は地域生活支援事業に位置づけられ、各自治体ごとの判断に委ねられた形となりました。その結果、自治体ごとに給付する用具の選択や判断に大きな格差が生じる危険が出てしまいました。こうしてみると、情報意思疎通支援用具などといったIT機器の、人の生活における重要性についての認識は、いまだ十分とはいえないと思います。

とはいうものの、望ましい流れも見えてきました。今日、我が国では、ITを利用してバリアフリー社会を実現しようとする気運は、概して高まってきているように思われます。冒頭で少し書いたユビキタスコンピューティング技術についていえば、これを利用してバリアフリー社会を実現しようとする大型プロジェクトが、国の主導で複数動いています。例を挙げると、国土交通省の「自律移動支援プロジェクト」(3)や、経済産業省の「障害者等ITバリアフリー推進のための研究開発」(4)がそれに該当します。

また、文部科学省の科学技術振興調整費による研究プロジェクトである「障害者の安全で快適な生活の支援技術の開発」(5)でも、障害者の自律歩行支援がテーマとなっています。このプロジェクトでは、現状の技術では外出のできない障害者のために、操作入力技術と危険検出機能を備え、自発移動の可能性を格段に広げる高機能電動車いすプロトタイプシステムを開発することがめざされています。

実は私もこのプロジェクトに参加しており、カーナビゲーションでおなじみのGPS技術を用いた視覚障害者歩行支援システムの開発を行っています(■図1~3参照■)。夏には製品化したいと考えています。

近年、デジタル放送やブロードバンド環境の普及により、放送・通信コンテンツが、よりビジュアルかつインタラクティブな「マルチメディアコンテンツ」へと進化しつつあります。しかし、画面から十分な情報を取得できない視覚障害者は、これらのコンテンツを利用できず、十分なサービスを受けられないという問題が生じています。

視覚障害者にとってアクセスが難しい放送コンテンツには、BML(デジタル放送)、EPG(デジタル番組表)などがあります。この問題に対しても、総務省がNHK放送技術研究所などに研究費を提供する形で、大型プロジェクトがスタートしました。

これらのプロジェクトの成果には、大きな期待が寄せられています。結果を出すことは至上命令でしょう。プロジェクトリーダー、参加する研究者や技術者にはプレッシャーですが、それだけにやりがいもあります。

支援技術トレーナーの養成も急務です。就労する障害者に、OJT、つまりオン・ザ・ジョブ・トレーニングを提供する企業、NPOなどが日本ではまだほとんど育っていません。パソコンボランティアも大切ですが、より専門性の高い支援技術トレーナーが決定的に不足しています。これからの大きな課題だと思います。

(いしかわじゅん 静岡県立大学国際関係学部教授)

参考URL:

(1)厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/topics/2005/02/tp0214-1.html

(2)厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/shougaihoken09/pdf/01h.pdf

(3)国土交通省
http://www.jiritsu-project.jp/

(4)独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
http://www.itbarrierfree.net/outline.html

(5)文部科学省
http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/chousei/unyo/saitaku/16/04051901/001/011.pdf