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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年11月号

知的障害のある人たちと成年後見制度
―動き出した育成会の取り組み―

松友了

「知的障害のある人」とは、個人差はありますが、物事の理解や判断すること等において特別な困難がある人といえます。それゆえに、生活上において人の手による特別な支援を必要としており、その可否や程度によってその人の可能性が異なってきます。

そして、発達期の障害(科学的な意味での「発達障害」)であるゆえに、この課題は親を巻き込み、成人に達しても多くの支援は、親(家族)によって担われてきました。創立55周年記念を迎えた全日本手をつなぐ育成会は、発足時からこの「親なき後」の問題を抱えているのです。

「親なき後」の心配を越えて

わが国での知的障害の福祉施策は、かつては児童家庭局が所轄していました。ノーベル賞作家のパールバック女史の名著であり、わが国の知的障害の親に大きな影響を与えた書『母よ嘆くなかれ』の原題は、「The Child Who Never Grew」であり、直訳すると「決して成長しなかった子ども」となっています。

要するに、「障害」の状況を正当に理解するのでなく、いわゆる子ども扱いしたのであり、それは「ちゃん」付けの呼称等でも明らかでした。そのため、「親なき後」以前に、彼らは(子どものように)心配な対象としてしか理解されず、独立した一個の人格としての受け止めが、親はもちろん社会の中にも存在しなかったのです。

ところが、劇的な構造改革の進展により、わが国は伝統的な〈阿吽(あうん)〉の関係から、機能的な〈契約〉社会へ移行することになりました。福祉においては、行政処分による「措置制度」から、自己決定による「利用制度」への変更です。

そして、本人が成人の場合は、契約の主体は(知的障害のある)本人になります。たとえ元気であっても、親はもはや代理はできないのです。支援費制度のスタート時に、厚労省は「信頼のある第三者であれば可」という通知を出しましたが、これに対して法務省は厳しく批判しています。

〈契約〉とは、書類に署名・捺印をすれば済むことではなく、内容を理解するとともに多様な絡みを納得し、紛争が発生すれば一方の当事者になることです。親は後方支援は可能ですが、当事者(第一人者)になって、取り消す等の対応をすることはできません。法的に強力なバックアップが、制度的に必要に迫られてきたのです。

虐待と権利剥奪(けんりはくだつ)の歴史

知的障害のある人は、古今東西を問わず、人としての当然なこと(権利)が奪われ、さまざまな虐待を受けてきました。ナチス・ドイツの国家としての集団虐殺はつい60年前のことであり、教育の機会さえ奪われたのは30年前の日本の実態でした。今の時代でも、多くの人は一般の雇用の機会が保障されず、地域の中で普通に暮らすことができません。

学校や施設という、本来は障害のある人を守るべき場所での、守るべき役割のある人による各種の虐待は、絶えることがありません。殴打などの身体的な暴力や性暴力などで、現時点でも裁判がいくつも続いています。残念なことに、家庭の中における親(家族)からの虐待もあります。児童虐待にあった被害児の中で、知的障害を中心として発達障害のある子どもの割合は決して低くないといわれています。また、年金の不当な利用(搾取)や財産分与における差別など、例を挙げるときりがありません。

雇用や地域生活の中では、厳しい状況が待っています。「アカス紙器事件(茨城)」の実例は、TBS系列によりTV映像化され、あまりの酷い実態に視聴者は衝撃を受けました。女性における性暴力や各種の詐欺被害、消費者金融の絡む不法行為、もろもろの消費者被害などは、その予防や被害回復のためには強力な支援が必要です。代理人としての対応や取消し権の行使など、法的な後見者が不可欠になってきます。

知的障害のある人の親は、本人に代わる(代弁する)人の存在、時には親に代わる支援者の存在を願ってきました。しかし、民法における禁治産者・準禁治産者の制度は、必ずしも障害のある人の権利を守る制度とは考えにくく、それゆえに新たな制度の制定を長らく期待していました。民法を改正しての成年後見制度は、このような中で誕生したのです。

成年後見制度の利用のためらい

このような状況を背景にして、知的障害のある人においても意味のある制度が創設されたにもかかわらず、育成会の関係者を見渡すと、利用が進んでいるとは言い難いものがあります。必要性と期待に比べ、利用は進まなかったというほうが正確でしょう。それは、この制度のもつ限界や問題点とともに、制度自体に潜む課題が原因として考えられます。

福祉サービス等と異なり、司法(家庭裁判所)が関与する制度であるため、一般の人には馴染みがない点がまず挙げられます。裁判所は、いわゆる「出る所」であり、和をもって尊しとする一般市民にとっては、非日常的な場であり、近寄り難いものがあります。何より、用語も難解であり、全体への後見とニーズ程度の後見・保佐・補助の区別や代理権・取消権など、分かりづらいものがあります。

また、費用の問題や手続きの煩雑さ、非後見人になった場合の選挙権剥奪の問題など、説明を受けただけで引いてしまいます。さらに、これまで親がやってきたことができないことへの不満や寂しさ、等々の心理的な反発も起こってきます。

何より、第三者後見といっても、だれがその任を引き受けるのか。具体的に捜しきれない、という現実的な問題があります。そのため、法人後見など育成会の事業としての期待が高まってきました。

とくに、障害者自立支援法が施行されることになり、契約や財産管理の問題が重要課題となる中で、各地の育成会(親の会)においては、具体的な取り組みが始まったのです。

自らの手で後見事業を行うために

このような中で、日本成年後見法学会における「研究事業」において、「知的障害者の親の会の取り組み」の分担研究を実施し、全日本育成会より4人の役員が委員として参加しました。そして、この4人を核として、全日本育成会に研究小委員会を独自に編成し、継続した研究を進める体制を整えました。そこに降って湧いたのが、厚労省の「障害者保健福祉推進事業」の募集であり、それに『知的障害者の権利擁護システムの確立に関する研究事業』として申請し、認められました。

この「研究」の今年度の検討は、民法による成年後見事業を各地の育成会の組織が実施するために、方策(ガイドライン)をマニュアルとして示すものです。法律の専門家を中心に据えながらも、社会福祉士や司法書士等の専門家、さらに多くの親や兄弟姉妹が委員として参加し、専門性と当事者性の二本柱を土台に、使える研究にするものです。

何しろ、半年での実施です。時間が限られています。その中で、全国から委員を召集し、「生活実態(ニーズ)調査」までも実施して、確実な指針を与えようと試みているのです。すでに、育成会の関係組織で、NPO法人等を取得して、事業を実施している所をすべて網羅し、それらを横断する組織の設立を展望しながら、検討が進められています。

親は、後見制度の利用者であり、自らが後見人に認定されることも可能です。しかし、親によって構成される「親の会」である育成会は、当事者団体の性格をもつ、一つの社会資源ということができます。その組織が、法人として後見事業を行う場合も、個人後見人をバックアップする事業を実施する場合も、仲間(ピア)としての信頼感を基本に据えることができるため、ためらいを乗り切る大きな力になると思っています。

しかし、成年後見制度だけで、ましてや現行の制度のみでは、知的障害のある人の権利擁護を実現することはできません。現行の制度の限界と問題点を指摘し、改善する活動を同時に進めながら、他の制度や事業の利用を同時に行わなければなりません。その認識を抑えながら、全日本育成会の「研究」は実施されます。これからは、その成果を全国で実施・実現することが求められます。

(まつともりょう 社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会常務理事)