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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年11月号

高次脳機能障害のある人たちと成年後見制度

生方克之

1 高次脳機能障害をもつ人たち

高次脳機能障害とは、脳外傷や脳卒中などの中途脳損傷により生じる認知的な障害や情動面の障害のことです。認知的な障害としては覚えにくく忘れやすい、気がそれやすい、段取りや臨機応変な対応が難しいなどの状態があります。情動面の障害としては、こだわってしまうと気持ちの転換ができにくい、感情や欲求のコントロールが上手くできないなどの状態があります。高次脳機能障害という言葉で表現される障害は、程度も状態も実に多様です。

このような障害をもつ人の中には、知的な水準や日常的な会話能力などにはあまり制限がないにもかかわらず、権利擁護が欠かせない人たちがいます。

また、交通事故などを原因とする人には10代、20代の若者も多く、年単位で緩やかに障害が軽減する人や適応力が向上していく人もいます。しかし、回復に伴い、逆に能力的なアンバランスさが生じて社会生活上のトラブルを招きやすくなる人や、生活活動は拡大しても受傷以前の自己イメージで物事に対処しようとして失敗経験を重ねて二次的な不適応が強まる人もいます。

2 成年後見制度の利用について

日本成年後見法学会が高次脳機能障害をもつ人の家族に実施した調査では、約60%の家族が家族亡き後の財産管理に不安を抱き、約30%の家族が消費者被害の危険性を感じ、約25%の家族が本人の浪費を懸念しているという結果でした。また、約7割の家族は成年後見制度を知っていましたが、成年後見制度の利用者は2割弱でした。

成年後見制度の活用が役立っている人と、活用の必要性がありながら申立をしていない人の例をあげて、調査結果で示された数字の背景を鑑(かんが)みたいと思います。

(1)成年後見制度を効果的に活用している人

1.財産管理や被害予防が必要な人の例

Aさんは40代の男性です。交通事故により重度の高次脳機能障害となり、自宅内でも促しや誘導がないと着替えなどの行動を始められません。記憶は数分前のことも忘れてしまいます。受傷前のことを尋ねると比較的しっかりと話ができるため、初対面の人はすぐに障害に気づかないかもしれません。

自動車保険の後遺障害等級が2級であり、自動車保険会社から本人に後見人をつけないと支払いができないと言われ、家庭裁判所で後見の審判を受け、妻が後見人になりました。

以前は、妻が買物などで外出した時に新聞の勧誘や訪問販売などがあると、重複して新聞購読契約をしてしまうことやマンションのセールスマンが家の中で夫に話をしていることもありました。妻は当初、夫が後見審判を受けることには抵抗感がありましたが、成年後見制度の申立を行ったことにより、以前に比べ安心して外出ができるようになりました。

2.身上監護や見守りが必要な人の例

Bさんは30代後半の男性です。脳血管障害により、知的な能力、記憶や状況判断力、金銭管理能力に比較的大きな制限がありますが、外出は一人でできます。家庭事情もあり生活保護を受け、単身アパート暮らしをすることになりました。しかし、生活保護費をすぐに使ってしまい何に使ったかも忘れてその場しのぎの嘘を言ってしまうため、生活保護担当ワーカーからはいつも注意を受けていました。

市からの依頼で、高次脳機能障害相談支援コーディネーターが関わり関係者による支援検討会を行いました。グループホームと通所施設を利用して地域生活の再構築支援をめざすことになりました。まずは対人スキルや作業体力の向上など、地域生活に必要な生活力を高めるために更生施設を利用することになりました。併せて市が家庭裁判所に後見審判の申立を行い、家庭裁判所からは保佐の審判を受け、社会福祉士が保佐人になりました。保佐人は施設利用契約の手続きなどの対応や、地域で暮らしたいというBさんの気持ちを代弁してくれています。また、保佐人が施設を定期的に訪問して施設担当者と意見交換を行うなど見守りや地域生活への移行支援を施設職員と共に行い、グループホームと通所授産を利用した地域生活への復帰が間近になっています。

(2)成年後見制度の活用が必要性でありながら申立をしていない人

1.費用負担などから申立をためらっている人の例

Cさんは父親と2人暮らしの外出好きな20代の男性です。日中はほとんど自宅外で過ごしています。ただし、Cさんは脳外傷による高次脳機能障害のために記憶障害や判断力の低下、障害認識の不十分さ、それに勧められると買いたい気持ちを抑えられない傾向があります。そのため、街角で勧誘を受けると契約をしてしまい、自宅に高額な教材が届くことが何度かありました。ローンで高額な貴金属を買わされたこともあります。

父親は成年後見制度の活用や地域作業所の活用が必要と考えていますが、Cさんは極端に制約を嫌い、制約を与える人を嫌う拘(こだわ)りがあります。そのため、後見人と関係を作ることが難しいと推測されます。また、父親は病弱であり、後見人となって支出入の管理を記録する自信がありません。収入は父親とCさんの年金のため後見人報酬を支払う余裕がなく、父親はCさんの行動に伴うリスクを懸念しながらも親が見られる間は後見申立を行わない考えです。

2.家族の恐れや本人の将来のために申立を躊躇(ちゅうちょ)している人の例

Dさんは30代の男性で母親と2人暮らしです。10年以上前に交通事故により脳外傷となりました。知能指数は標準数値ですが、前頭葉損傷の影響で場当たり的な行動をしてしまうことや、感情のコントロール力が弱くなっています。数年間で1億円近いお金を使ってしまい、サラ金にも手を出し、母親が自己破産の手続きを行いました。毎年1か月間は友人の誘いで季節労働をしますが、数日で給料を使い切ってしまいます。母親がお金を渡さないと激怒して怒鳴り、暴力的な行為もあるために母親は仕方なく自分の年金から小遣いを渡しています。

母親は家庭裁判所などにも相談をしましたが、以下のような懸念から申立を躊躇しています。1.申立により母親へのDさんの粗暴な行為がエスカレートする可能性があること、2.本人が後見の必要性を全く感じていないため後見人とトラブルが起きる可能性が高いこと、3.本人の同意が得られないため、保佐か後見の審判になるために審判を受けさせたことが息子の就労の可能性などに悪影響を与えないかという懸念です。

3 課題と今後への提案

高次脳機能障害をもつ人の場合、AさんやBさんのように記憶や判断力などの認知的な能力の制限が強いタイプの人は、成年後見制度を利用しやすい傾向があります。

一方でCさんやDさんのような、1.認知能力にアンバランスさがあり家族が申立を躊躇しやすい人、2.他者への攻撃性や他罰的な傾向が強く、かつ障害認識が不十分なために後見人との関係構築が懸念される人、3.後見人報酬に不安を抱えている人、4.金銭管理能力には課題があっても就労の可能性がある人、などの場合に、家族は成年後見制度の利用が必要であると感じつつも申立を躊躇する傾向があります。

今後は、相談支援者(機関)が成年後見制度に通じている司法や福祉の関係団体などと連携を深めて的確な情報に基づき、申立の躊躇の背景となる個別的な課題への対処を行うことが重要です。一方で、司法や福祉の関係団体に高次脳機能障害の一層の理解を図るための取り組みも必要と思います。

最後に今後への要望です。一つは高次脳機能障害の場合には、成年後見制度の活用を必要とする状態でも就労に至る人がいます。高次脳機能障害をもつ稼働年齢層の人には、成年後見制度を支援者が就労を含めた社会経済活動への支援という側面から活用できるための実践的な情報の充実が望まれます。

もう一つは、障害者自立支援法に基づき「成年後見制度利用支援事業」が市町村のオプションメニューとして設けられましたが、対象者は「障害者福祉サービスを利用し又は使用しようとする身寄りのない」などの厳しい条件があります。高次脳機能障害者の場合には、当事者団体への全国調査でも7割以上の人が障害者福祉サービスを利用していない状況です。Cさんにも役立つように「成年後見制度利用支援事業」の対象条件の緩和が望まれます。

(うぶかたかつゆき 神奈川県リハビリテーション支援センター高次脳機能障害相談支援コーディネーター)