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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年11月号

利用しやすい成年後見制度を創るための課題

赤沼康弘

1 新しい制度の運用状況

新しい成年後見制度が施行されて6年が経過し、成年後見制度は徐々に市民の間に定着してきました。成年後見制度に対する社会的な関心も高まり、2005年度の後見開始の申立件数は17,910件となりました(注1)。旧制度である禁治産制度の最後の年、1999年度の禁治産宣告申立件数が2,963件だったのですから、いかに利用が増えているかがわかると思います。

しかし、ドイツの成年後見制度の下では、およそ100万人が制度を利用しています(注2)。これと比較すると、わが国の利用件数は圧倒的に少ないと言わざるを得ません。

その原因は、成年後見制度がまだまだ知られていないということのほか、契約に対するわが国社会の意識の薄さ、短縮化されたとはいえ、成年後見開始まで期間がかかること、また成年後見制度の費用、手続きが煩雑であることなどにあります。契約の意義に関する啓発とともに、より効果的な費用補助制度の導入や一層の運用の改善が求められているといえるでしょう。

また、6年間の施行を経て、制度自体の不備や問題点も明らかになりました。

そこで、ここでは現行制度の制度上、運用上の問題点のうち重要なものを示し、あわせて制度の改善の方向性を考えてみます。

2 いまだ少ない市区町村長の申立権の利用

老人福祉法第32条、精神保健福祉法第51条の11の2、知的障害者福祉法第27条の3は、「福祉を図るために特に必要と認められるとき」に成年後見制度利用の申立権を市区町村長に与えました。これは、成年後見制度が福祉の一翼を担う制度であることを示しています。しかし、いまだこの申立権の利用件数は非常に少ないというのが実情です(注3)

その原因の一つには、成年後見制度は財産を管理するための制度であるから、管理すべき相当程度の財産がある場合に利用するものだという誤解があります。福祉サービスを利用するのでも契約が必要なのですから、判断能力が欠けている場合には契約ができないことになるわけで、財産がなくとも、このようなときに必要性があることは明らかです。

また、他の原因として、「福祉を図るために特に必要と認められるとき」とは、申立権を持つ親族がいない場合や親族がいても音信不通などにより申立が期待できない場合をいう、と限定的に解釈されたことがあります。そのため、まず親族の存在と所在について詳細な調査をし、親族が見つかった場合には、申立をするよう説得するとされたため、膨大な時間と労力が費やされ、その結果、市区町村の担当者は申立を諦め、また申立に至るまでに相当の期間がかかってしまうという弊害が生じてしまいました。

現在では、このように限定的に解釈することなく、また財産の多寡にかかわらず、必要な場合は申立をするようになりつつありますが、それでもまだまだ誤解している自治体があるようで、啓発が必要です。

3 第三者後見人候補者の養成と役割

成年後見において、親族以外の第三者が成年後見人等に選任される割合も年々増加し、2005年度の統計では、全体の約23%となっています。平成7年度統計では、第三者が選任された割合は全体の5%弱だったのですから、この増加もめざましいと言えるでしょう(注1の統計)。

他方、高齢者人口の増加に加えて核家族化もはなはだしく、今後一人暮らしの高齢者や単身、あるいは親族が高齢で後見人となることができないという障害者も多くなることが予想されます。さらに障害者自立支援法の導入により、契約によって福祉サービスを受けねばならないことから、成年後見制度の利用は増大し、ひいては第三者の後見人を必要とする事案がさらに増加することが予想されます。

成年後見人等の候補者については、弁護士会、司法書士会、社会福祉士会、家庭問題情報センター、税理士会などの専門家団体が家庭裁判所に対して候補者を推薦し、家庭裁判所では申立人が後見人等の候補者を推薦していない場合や申立人の推薦する候補者がふさわしくないときに、これらの団体の推薦に基づいて後見人等を選任しています。各専門家団体とも積極的に候補者を推薦しているのですが、今後の成年後見制度利用者の増大を前にすると、これまでの候補者数ではとうてい対応しきれないのではないかという不安があります。

このため、必ずしも専門性を必要としない事案については、市民の中から成年後見人等の候補者を養成することも必要となるでしょう。適切な公的機関が候補者を養成するとともに、選任された後見人の支援をし、後見実務の水準を維持する施策が求められます(注4)

4 成年後見人の医療の同意権

成年後見制度は法律行為に関する制度であるため、契約などを締結したり、弁済等の法律行為をすることはできるが、医療を受けることに同意する権利はないとされています。

この点は少しわかりにくいかと思いますが、医療を受ける場合には、医療の提供と医療費を支払うという契約の部分と、身体に注射をし、メスで切るなど身体を傷つけることの同意の部分の二つの同意、承諾が必要になります。身体を切ったり、身体に直接影響を与える行為をするときは、身体に直接影響を与えてもよいという本人の同意が必要になるのです。しかし、この同意は人格権に基づくもので、契約と違って法律行為ではありません。そのため、成年後見人には、医療の同意権はないとされるのです。しかし、そうなると判断能力がなくなって、医療の同意ができない人の医療はどうすればよいのでしょうか。医師は、同意なくして医療を行うことができるのでしょうか。

法律の規定は全く沈黙しています。そのため、医療の現場では大変に困った事態になっているわけです。この同意の問題を厳密に受け止めて、同意がない以上やむを得ないとして積極的な医療行為を止めてしまうという事態も生じていると聞きます。

そこで、一方で成年後見人に医療契約締結の権限を認め、また療養看護の職務を課しながら(民法858条)、成年後見人に医療同意の権限がないのではこの職務を果たすことができないという理由から、軽微な医療行為については成年後見人に同意に関する権限が認められると解釈する見解も発表されています(注5)。副作用の軽微な医療行為については、療養看護の職務を根拠に成年後見人に同意の代行を認めてよいでしょう。

しかし、現場では、軽微なものではなく、重大な医療行為ほど同意が得られないために行えないという事態が生じやすく、その点の対策こそが大きな課題となっているのです。そうなると法整備をするしかありません。早急に法整備を行うことが必要です。

5 本人の死亡と後見人の権限の消滅

後見実務上、最も混乱しているのは任務終了時の法律関係です。本人の死亡により成年後見は絶対的に終了し、成年後見人等の権限は消滅します。しかし、本人が死亡しても、公共料金や家賃、医療費の支払いなど行わなければならない仕事は残されますが、緊急な行為ではないので、委任の緊急処分義務では処理できません。身寄りのない本人については、葬儀、埋葬、死亡届等をだれが行うかという問題もあります。

このように、本人死亡後においても、行わなければならない事務が相当あるにもかかわらず、現行制度上は成年後見人にこのような行為の権限はありません。しかし、成年後見人は本人の最も身近にいた者として周囲からその事務を行うことを期待されます。

これでは成年後見人は去就に困ります。少なくとも、財産を相続人に引き継ぐまでは財産を維持管理する権限を認めるべきであり、早急にそのような法整備を行うべきでしょう。

6 任意後見制度の問題点

任意後見制度においても、さまざまな問題が指摘されています。契約と同時に任意後見監督人選任申立をして契約を発効させる「即効型」については、判断能力の減退した者がきちんとした委任を行うことができるのかという疑問があります。「即効型」は補助レベルの判断能力減退者に限定すべきでしょう。

また、将来判断能力が減退したときに発効させる「将来型」においては、任意後見監督人選任申立が必ず行われるかという問題があります。このため、弁護士会では、任意後見監督人選任時期を失することのないよう、任意後見契約発行前に何らかの見守り的契約を締結することを奨励しています。

他方で、任意の財産管理契約と任意後見契約を締結する「移行型」では、任意後見契約を発効させるべき状況になっているにもかかわらず、任意後見監督人の選任申立を行わず、すなわち任意後見監督人の監督を受けないで管理を継続するという濫用も見受けられます。

また、遺産分割の前哨戦のごとき紛争が生じている場合に、任意後見契約を利用して高額な後見報酬を決めさせたり、管理権を独占しようとする事例などもあります。任意後見制度の健全な発展のため、公証人や弁護士、司法書士など任意後見契約締結に関与する法律専門家には、契約締結時に委任者の判断能力やきわめて高額な報酬の定めなどについて慎重にチェックし、濫用を防止することが求められます。

7 今後の課題

このほかにも、課題は山積しています。手続きの煩雑さ、成年後見に要する費用の補助制度としては、成年後見制度利用支援事業しかなく、全く不十分であること。さらに、事務処理に慣れない親族後見人や事務処理に迷う成年後見人の支援機関なども必要でしょうし、成年後見人の資質を保障するための公的な制度も必要です。飛躍的に増大していく後見等の事案について、現状の家裁の体制でどこまで監督ができるのかについても疑問があると言わざるを得ません。家裁の人員の増員、充実も必要となります。

現行の成年後見制度にはまだまだ不十分な点、改善すべき点が多く、成年後見制度の利用を必要とする人たちが今後ますます増大していくことを考えるならば、早急に制度の改善、改正にとりかかることが必要です。

障害者基本法は、第20条で、「国及び地方公共団体は、成年後見制度等が適切に利用されるようにしなければならない」と規定しています。より利用しやすい制度を創り、運用をすることは国等の責務であるというべきでしょう。

(あかぬまやすひろ 弁護士)

○参考文献

(注1)最高裁判所事務総局家庭局発行「成年後見関係事件の概況~平成17年4月から平成18年3月~」による。

(注2)ペーター・ヴィンターシュタイン・石田道彦訳「ドイツ世話法の実務上の諸問題」実践成年後見No.5.57頁。

(注3)注1の統計によると2006年3月までの1年間の成年後見等申立件数合計21,114件のうち市区町村長申立件数は全体の約3.3%666件に止まっている。

(注4)東京都は、平成17年度から「成年後見活用あんしん生活創造事業」を創設し、社会貢献型後見人の養成に取り組み、世田谷区も独自に区民後見人養成に乗り出している(実践成年後見No.18・貝瀬まつみ「東京都における社会貢献型後見人養成事業の取り組み」、同田邊仁重「世田谷区における区民後見人養成の実際」同上79頁)。

(注5)上山泰「患者の同意に関する法的問題点」(新井誠・西山詮一編「成年後見と意思能力」日本評論社)132頁以下。