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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年1月号

第61回国連総会における障害者権利条約の採択

川島聡

条約の位置づけ

第56回国連総会は、01年12月19日に採択した決議56/168において、障害者権利条約に関する特別委員会(Ad Hoc Committee)の設置を決定した。それから5年を経て第61回国連総会は、06年12月13日に採択した決議61/106において、障害者権利条約(Convention on the Rights of Persons with Disabilities)と、その選択議定書(Optional Protocol)を採択した。障害者権利条約は前文及び本文50カ条からなり、この条約の締約国がその自由な選択で入ることのできる選択議定書は本文18カ条からなる(Website UN Enable, http://www.un.org/esa/socdev/enable/)。

今日までに国連においては、人種差別撤廃条約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、移住労働者権利条約など、特定の人々を対象とする個別的な人権条約が成立してきた。国際人権法は「万人のための人権」(Human Rights for All)に向けて着実に発展し、具体化してきたのである。そのような発展と具体化の流れの中に障害者権利条約を位置づけることができる。21世紀における最初の包括的な人権条約である本条約は、障害者分野の国際人権法として理論的及び実際的に今後一層発展されるべきである国際障害法(International Disability Law)の中核的な文書となろう。

また、今日の国際社会では「国際協力への人権アプローチ」や「開発への権利アプローチ」が提唱されていることや、「国連システムの技術協力活動における障害の視点の主流化が依然として稀である」こと等から考えれば、国際協力についての独立した条文(32条)をも有する障害者権利条約を、国際協力ないし開発問題の文脈において障害者の地位を向上させるための「規範的基礎」(a normative basis)として、積極的に位置づける必要もある(UN Doc. A/58/61)。

条約の必要性

そもそも現行国際人権法の中核をなす社会権規約と自由権規約は、すべての人を対象としているので、理論的には障害者にも当然適用される。しかし実際のところ、それらの人権条約は、ごく一部の例外を除き、障害者の人権全般に関して今日まで十分に活用されてこなかった。

その一方で、国際障害者年(81年)の基本理念である「完全参加と平等」を具体化するために国連で採択された、障害者に関する世界行動計画(82年)や障害者の機会均等化に関する基準規則(93年)などの障害関係文書は、たしかに諸国の国内法政策に一定の影響力を及ぼしたが、人権条約ではないため法的拘束力を持たない。各国政府はこれらの国際文書を法的にではなく道義的に守るにすぎず、その実効性には大きな限界がある。

このように、従来の国際人権法は、障害者の権利を理論上は保障しているものの、実際上は十分に保障することができなかった。世界人口の約1割(約6億5千万人)を占めるといわれる障害者に対する偏見や差別、社会的排除は、今日なお深刻な状況にある。そこで、国際人権法がこれまで当然に認めてきた人権のすべてを、障害者に対して完全かつ平等に保障するために、個別具体の法的義務を国家に課す人権条約として、障害者権利条約をつくる必要性が国際社会で認められたのである。

条約の目的

障害者権利条約の交渉過程で再三指摘されていたように、この条約は原則として新しい権利を創り出すものではない。すなわちそれは、「すべての人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有」をすべての障害者に保障することを目的とする(1条)。かかる目的に照らし、この条約は、国際人権法がすべての人に認めている既存の諸権利(自由権と社会権を含む包括的な権利群)を、障害者のニーズや状況に対処できる仕方で規定し、その確保を締約国に義務づける。

ここで注意すべきは、障害者を包括的な人権主体とする本条約は障害者と非障害者とを単に同一に扱うことのみを求めているのではない、ということである。非障害者中心に構築された社会において障害者を形式的に同一に扱うのみであれば、それは既存の社会への障害者の同化を意味するにすぎない。そうではなくて、この条約は、国連総会でそれが採択された際にカナダ政府が述べたように、実質的平等を求める。

このことは、たとえば合理的配慮が本条約に規定されたことに見られる。非障害者が人権を行使できる環境において、障害者が人権を行使できない個別的・具体的なケースは多々ある。この場合には、障害者が人権を行使できるように、その個別具体のニーズに応じて環境を適切に変更したり調整したりする必要がある。このような変更や調整がそれを行う側に過度な負担(ないし不釣合いな負担)を課さなければ、それを合理的配慮という。「合理的配慮の否定」は、本条約において「障害に基づく差別」の一形態とされている(2条)。

条約の解釈

障害者権利条約の正文は、アラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語及びスペイン語である。日本の場合、条約の批准に当たり国会で承認を得るのは、日本政府による翻訳(公定訳)である。日本の国内裁判所で用いられるのも正文のテキストではなく、公定訳である。実務上は、この公定訳が大きな意味をもつ。公定訳に誤りがあれば訂正される場合もある。条約規定が国内法の規定と同じ用語ないし類似の用語を使っていても、それが国内法上の用語と同じ意味内容をもつとは限らない。条約の用語は独自の自律的な意味をもつのである(薬師寺公夫ほか『国際人権法』日本評論社、06年)。

障害者権利条約は、条約法に関するウィーン条約に従って、「文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈」(31条)されるべきものである。31条の解釈手段によって意味が確定されない場合には「解釈の補足的な手段」を用いることができる(32条)。その手段には、条約の準備作業のほか、関連条約やその先例なども含まれる。このような解釈規則を通じて、障害者権利条約の文言のもつ自律した意味は確定されなければならない。

言うまでもなく、障害者権利条約は、それより高い水準にある他の関連条約や国内法令がある場合には、その水準を下回るように解釈・援用されてはならない(4条4)。この条約を含め人権諸条約は、互いに連動し合いながら障害者の人権保障をより高い水準に引き上げており、体系的に解釈されるべきものである(阿部浩己『国際人権の地平』現代人文社、03年)。

条約の実施

一般的に言えば、日本政府がさまざまな人権条約の報告審査等で述べているように、憲法98条2項の趣旨から、日本が批准して公布した条約は国内法としての効力を有する。また、条約は憲法よりも下位で法律よりも上位の位置にある。国内裁判所で条約規定を直接適用できるか否かについては、その規定の目的や内容、文言等を勘案して、具体的場面に応じて判断される。さらに、条約は国内法の解釈基準として援用されうる。

他の人権条約の場合もそうであるように、障害者権利条約の締約国は、たとえば司法機関による条約の適用や、行政機関による法令運用の変更、立法機関による法整備など、本条約を国内で実施するための多種多様な措置を講ずる義務を負う。そのような義務には、「あらゆる人、団体又は民間企業による障害に基づく差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとること」も含まれる(4条1(e))。さらに、この条約は、その実施過程において、障害者団体を通じて障害者と緊密に協議することや、障害者を積極的に関与させることを、締約国に義務づけている(4条3)。こうした障害者(団体)の主体的役割と力量が、法解釈論に限らず立法論や政策論にまでわたる条約の実施過程で問われることは間違いない。この条約の策定過程において顕著に見られた障害者(団体)の積極的な参画と貢献は、条約の実効的な実施にとってもきわめて重要となる。

障害者権利条約に規定する報告制度の実効性も、障害者(団体)の活動に将来大きく左右されるであろう。報告制度は、締約国が条約の実施状況に関する報告書を提出し、その報告書を障害者権利委員会が審査することにより、条約の履行促進を図るものである。条約の国際実施措置の中で「最も弱いもの」とされる報告制度を有効に機能させるためには、NGOや市民の継続的で組織的な検証と取り組みが必要となる(今井直「社会権規約の報告制度」『社会権規約と日本2001』エイデル研究所、01年)。ちなみに、報告制度以外の国際実施措置として、障害者権利条約の選択議定書は、個人通報制度及び調査制度を規定している。

日本の課題

障害者権利条約をめぐる当面の課題として条約の批准に関して言えば、立法裁量や行政裁量の範囲内で許容されていた現行法令とその運用で、条約の規定に抵触すると解されるものは、早急に見直して変更しなければならない。さらに、この条約と国内法令とが明らかに抵触していない場合でも、条約の目的をより良く実現するための立法措置や行政措置を講ずることは一般的に期待されており(横田洋三「子どもの権利条約の国内実施」自由と正義42巻2号)、実のところ、それは条約の実効的な実施にとって大きな意味を有する。

ここで指摘しておくべきは、日本政府が、女性差別撤廃条約や難民条約等を締結するに当たり、条約に定める法的義務の最低限の部分だけを履行するにとどまっていたことである。換言すれば、これらの条約が締約国の裁量に委ねた部分については、必ずしも条約の趣旨に沿った立法措置や行政措置がとられたわけではない。たとえば、日本は難民条約の加入に当たって条約上の法的義務を履行するために国内法の各種整備を行ったが、締約国の裁量に委ねられた難民認定を厳しくすることにより、当該国内法整備の意義を大きく減殺してしまった。「要するに、わが国の対応は、条約に定める義務の部分については忠実であっても、条約が締約国の裁量に委ねた部分については、難民問題の解決という本来の趣旨に則ったものとはなっていないのである」(浅田正彦「人権分野における国内法制の国際化」ジュリスト1232号)。

この点、障害者権利条約が「障害」及び「障害のある人」の定義を特に定めず、それぞれの基本概念を前文及び1条で設けるにとどめていることに注意しなければならない。日本政府は、国連総会で本条約が採択された際に、「『障害のある人』という用語に関しては、硬直した定義ではなく幅広い概念を採ることで合意が得られた。それゆえ、締約国は独自の適当な定義を国内で規定することができる」という了解を表明した。かかる了解に基づき障害者の定義が締約国の裁量に委ねられていることを根拠にして、日本政府がたとえば難民条約の場合に見せたような態度を今後とることもありうる。このような懸念は障害者の定義のみならず、締約国の裁量に委ねられた他の部分についても言えることである。

以上から明らかなように、障害者権利条約の批准に向けて早急に必要なのは、条約本来の全体的な趣旨及び目的を十分に汲みとり、それを積極的かつ効果的に実現するという観点から、現行国内法令の整備とその運用改善について具体的に議論することである。

*紙幅の関係で、参照文献は最小限のものを簡略化して記した。

(かわしまさとし 新潟大学大学院博士研究員)