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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年1月号

障害者権利条約と国内の政策課題
―労働および雇用―

松井亮輔

はじめに

障害者権利条約で労働および雇用について言及しているのは、第27条である。同条文では、条約を批准した国(以下、締約国)に対して、「他の者との平等を基礎として、障害者の労働の権利を認める」とし、(在職中に障害をもつようになったものも含む)障害者の労働の権利の実現を保障し、促進するため、11項目(a~k)にわたる措置を取ることを求めている。紙面の制約から、ここでは、そのうちとくに重要と思われる3つの項目(a、b、i)について取り上げることとする。

1「(a)あらゆる形態の雇用に係るすべての事項(募集、採用及び雇用の条件、雇用継続、昇進並びに安全かつ健康な労働条件を含む。)に関し、障害に基づく差別を禁止すること。」

「あらゆる形態の雇用」には、企業等での雇用、自営、起業および協同組合結成等に加え、労働市場での就職が困難な障害者のための「代替雇用」(保護雇用)も含まれる。欧米諸国においては、「賃金及び雇用条件に関する法規が労働者に対して一般的に適用される場合には、その法規は保護雇用の下にある障害者にも適用すべきである」という、1955年の国際労働機関(ILO)総会で採択された「障害者の職業リハビリテーションに関する勧告」(第99号勧告)に従って、保護雇用制度の下で就労する障害者にも労働法規が適用されている。

たとえば、わが国の授産施設と類似しているアメリカのワークショップの場合、その利用者に最低賃金以下の工賃を支給する際には、労働省に最低賃金除外申請をし、その認可を受けることが義務づけられている。

それに対し、わが国では福祉工場を除き、授産施設等で就労する障害者については労働者性がないとして、労働基準法や最低賃金法などは適用除外とされる。その根拠となっているのが、1951年に当時の労働省労働基準局長から厚生省社会局長に出された「授産事業に対する労働基準法適用除外」通知である。同通知では、「下記の条件をすべて充たす授産施設に限り労働基準法及び労働者災害補償保険法の適用なきものとして取り扱う」とし、次のようなことが挙げられている。

1.授産施設においては、その作業員の出欠、作業時間、作業量等が作業員の自由であり、施設において指揮監督することがないものであること。

2.同一品目の工賃は、作業員の技能により差別を設けず同額であること。

3.作業収入は、その全額を作業員に支払うものであること。

しかし、授産施設の大半は、所定労働時間が一般企業とあまり変わらないことや、作業工賃も全員一律ではなく、個々の利用者の生産性などに応じて支払われている、といった実態からみて、前述の労働基準局長通知にある条件を満たしてはいない。従って、それらの授産施設については労働基準法などの対象とすべきであろう。

また、障害者自立支援法に基づき、福祉工場や授産施設で就労する障害者についても福祉サービス利用料が徴収されるようになったが、就労機会の提供を目的としたこれらの施設については、福祉施策から切り離し、むしろ雇用施策のなかで位置づけるべく、法改正が必要と思われる。

一方、一般雇用については、障害者の雇用の促進等に関する法律(以下、障害者雇用促進法)に基づく雇用率制度を中心に進められているが、同制度の主目的は、量としての雇用増を図ることであって、必ずしも本項目で意図されているような、「採用や雇用の条件」や「昇進」といった雇用の質を確保することではない。

たとえば、近年、特例子会社(2006年10月現在197社)が増えているが、これは主として大企業等が障害者の実雇用率を上げるためである。しかし、特例子会社での労働条件は、親会社である大企業のそれとは異なるのが一般的であり、障害従業員の中には正社員以外、つまり契約社員や嘱託社員として雇用されているものも相当数いる。

従って、量だけでなく、質としての雇用をも確保できるよう、障害者雇用促進法の見直しが求められる。

2「(b)他の者との平等を基礎として、公正かつ良好な労働条件(平等な機会および同一価値の労働についての同一報酬、ハラスメントからの保護を含む安全かつ健康な労働条件並びに苦情処理を含む。)についての障害者の権利を保護すること。」

これは1および次の3の合理的配慮とも関連するが、現行制度には障害者が労働条件上不利な取り扱いや職場でのハラスメントを受けた場合、その苦情を処理したり、救済措置を講ずるための仕組みは設けられていない。

合理的配慮も含め、障害者が雇用上不利な取り扱いを受けた場合、労働審判制度に基づき、地方裁判所に設置されている労働審判委員会(裁判官である労働審判員1人と労働関係に関して専門的知見をもつ労働審判員2人の計3人で構成)が、苦情の受付とその救済に有効に機能するよう整備すること、そして、それに関連して、障害当事者団体の代表が、同委員会の紛争解決または審判プロセスに参加できるようにすることが望まれる。

また、ドイツですでに制度化されているように、障害者の労働条件や労働環境などを改善するため、一定人数以上の障害者を雇用している企業に、障害従業員から選ばれた障害者代表の配置を義務づけることが検討されてしかるべきであろう。

3「(i)職場において合理的配慮(reasonable accommodation)が障害者に提供されることを確保すること。」

合理的配慮は、「特定の場合において必要とされる、障害者に対して他の者との平等を基礎としてすべての人権および基本的自由を享有しまたは行使することを確保するための必要かつ適当な変更および調整であって、不釣合いなまたは過度な負担を課さないものをいう」(同条約第2条)と定義されている。労働および雇用との関連でこの概念を国内法に取り入れているのは、「障害を持つアメリカ人法」(ADA)や英国の「障害者差別禁止法」(DDA)などである。

ちなみにDDAでは、第6条[事業主の合理的調整(reasonable adjustment)義務]で、合理的調整の具体的な内容として、「施設の改造、障害者が担当する業務の一部の他者への割り当て、勤務時間の変更、リハビリテーション、職能評価または医療的手当に要する勤務時間内休暇の認可、訓練の提供、備品・設備の取得または改造、指導マニュアル等の変更、試験または評価過程の改善、(視覚障害者のための)朗読者または手話通訳者の配置」などが挙げられている。

そして、こうした調整措置を事業主が講じなければならない合理性を判断する際には、1.当該措置が当該影響を軽減する程度、2.事業主による措置の実行可能性の程度、3.その措置を講ずる場合に事業主が負担する財政上およびその他の諸費用、並びにその措置に伴う事業主の諸活動に与える負担の程度、4.その措置を講ずるにあたって、事業主が利用できる財政的またはその他の支援、が考慮されなければならない。ただし、それは「障害者を処遇するにあたり、他の者を処遇する場合よりも有利にこれを処遇するよう事業主に求めるものではない」とされる。

合理的調整をはじめ、雇用上不利な取り扱いを受けた障害者は、労働裁判所に不服審査申し立てを行うことになる。

わが国の場合、障害者の雇入れ、あるいは中途障害者の復職にあたって職場環境整備(障害に配慮した作業施設・設備の設置や整備、あるいは職場介助者の配置など)が必要な場合、その費用の一部について障害者雇用促進法に基づき、助成する制度が設けられているが、こうした環境整備は、法的に義務づけられているわけではない。従って、たとえば、在職中に疾病で強度の難聴となり、コミュニケーション上の配慮が必要にもかかわらず、そうした配慮が受けられないために、業務上の支障が生じ、結果的には退職せざるを得なくなる、といった事例も少なくない。

こうした問題に対処し、障害者の労働の権利を守るためには、障害者雇用促進法の中に合理的配慮義務規定を設けるよう、必要な法改正を行うとともに、それに関連した苦情処理については、2で言及した労働審判委員会で対応できるような仕組みが整備される必要ある。

(注)文中の傍点は、筆者による。

(まついりょうすけ 法政大学教授)