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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年1月号

子どもの権利条約から障害者権利条約へ
―批准に向けて何を教訓として生かすか―

喜多明人

はじめに

2006年12月13日ついに国連で障害者権利条約が採択された。今後この条約の日本「批准」へ向けて、どういう取り組みをすべきか。本稿は、その課題とかかわり、1994年に批准された子どもの権利条約をモデルとして、批准への取り組みの教訓を生かしていくことをねらいとしている。子どもの権利条約の場合は、「批准」後10年以上を経過している。したがって本来は批准後の取り組み、たとえば国連・子どもの権利委員会の報告審査への取り組みなども欠かせない課題であるが、これらは別稿に譲り、当面の条約批准までに絞った提案をさせていただきたい。

(なお詳しくは、荒牧重人・平野裕二=JDF「障害者権利条約の国内履行体制のあり方を検討するヒアリング」資料を参照。)

1 最も有意義な翻訳の普及と国会承認を

第一には、障害者の権利保障にとって最も有意義で有効な日本語訳を普及していくことである。なぜなら訳し方によって、国内における障害者の権利保障のための法整備や制度、政策の中身が左右されかねないからである。

残念ながら国連では、障害者権利条約や子どもの権利条約は、日本語を「正文」として採用していない。条約を批准していくためには、国会の承認を必要としているが、その承認を受けるべき条約文は、通常は外務省が訳した日本語訳である。従来は、官庁が訳した国際文書を「公定訳」と考えて、その訳は変えられないものと考える空気が強かった。この慣例をはじめて打ち破ったのが子どもの権利条約である。

「児童」か「子ども」か

子どもの権利条約の場合、私たちが組織した国際教育法研究会(代表・喜多明人)で、1979年以来、条約審議経過を分析してきた。その際に最も苦慮したのはChildの訳である。当時は、国連「児童の権利に関する宣言」などの厚生省(現 厚生労働省)訳が広く「公定訳」として流布しており、「Child=児童」訳が定着していた。ところが、条約の審議が始まると、Childの、1.年齢定義は「未成年者」=18歳未満の者という考え方が多数を占めることになる。もちろん、日本の児童福祉法においても、「児童」は18歳未満であったが、日本の社会では「児童」といえばもっぱら小学生を指し、学校教育法上の「学齢児童」=小学生観が定着していた。したがって、当時から中高校生世代の子どもを含めて「児童」と表現することに抵抗感を覚えるようになったことである。しかも審議が進むにつれて、2.権利内容として、「意見表明権」(現行12条)や「表現・情報の自由」(13条)、「思想・良心の自由」(14条)、「結社・集会の自由」など市民的権利が登場してくるに及んで、「児童」という表現では収まらなくなった。とくに1985―86年ころに、「有害な情報からの子どもの保護」の原案が劇的に子どもの「情報の自由」条項(現行17条)に修正されたことをきっかけとして、「児童」から「子ども」への訳の転換を思い切ってはかることにした。

もちろん、政府訳は現在も「Child=児童」訳ではあるが、私たちが訳した「子ども」(未成年者的な意味合いも含む)訳が、名称としての「子どもの権利条約」とともに日本では定着している。このほかidentityという言葉は、政府訳では、「身元関係事項」であるが、研究会訳は、「アイデンティティ」(8条)に、Privacyの政府訳は「私生活」であるが、研究会訳は「プライバシー」(16条)、indigenousの政府訳は「原住民」であるが、研究会訳は「先住民」(17条、30条)として公表してきた。

翻訳作業における外務省と民間との協働を

障害者権利条約の場合においても、今後の訳出でキーワードの訳をどうするかが問われると考えられる。たとえば、今回の条約原案の訳の中でも「アクセシビリティ」「インクルージョン」「コミュニケーション」などの言葉についての政府訳が注目される。もちろん、これからの取り組みとしては、外務省と民間が条約の訳出作業においても連携・協働していくことが望ましい。それと同時に、権利保障にとって最も有効な訳を民間レベルで普及していくことである。

子どもの権利条約の場合は、条約原案の段階から翻訳文を公表してきた(国連人権委員会WG第1読会原案、第2読会原案、人権委員会草案など)。その後も、雑誌や単行本などで研究会訳を使った特集テーマ、著作タイトルなどが登場した。その結果、国会においても承認すべき子どもの権利条約の日本語訳について活発な審議が行われた。とくに、子ども訳の普及によって、「国会図書館」などでの著作目録・カードのタイトルが「子どもの権利条約」でないと検索できない、といった意見も聞かれるに至った。

かくして、細川内閣当時の1993年8月25日の国会において、条約名称として「児童」と「子ども」との用語の併用(政府訳と広報の際の民間訳の採用)が確認されたのである。

2 障害者の権利保障を前進させる実質的な批准をめざして

条約批准を政治上の優先課題に

第二には、条約批准の承認案件を早期に国会に提出させ、優先議題として審議の促進を図ることである。

子どもの権利条約の場合は、世界各国が異例の速さで批准していく中で、これにあおられるように、日本政府も署名し(1990年9月22日)、当時の中山外務大臣の批准意思表明(同年12月14日)を経て、1992年3月13日に、条約批准承認案が閣議決定され、国会に提出された。しかし、その後この批准承認案件は、たなざらしにされ、継続審議や廃案などを経て、約3年後、ようやく1994年3月29日に参議院において条約批准承認案件は全会一致で可決された。国会内での扱いは、まさに「おとな最優先」「子ども後回し」の状態であった。条約はその後4月22日に日本政府の批准書寄託を経て5月22日に国内発効した。障害者権利条約の場合も、「健常者優先」「障害者後回し」にならないように、障害者の権利保障に対して政治的な最優先課題になるよう要請していくことが求められる。

もちろん、だからといって拙速ではいけない。障害者の権利の実質的保障のための「批准」であるべきである。

条約批准に当たっての法整備を

そこで第三に、今後は採択された条約の逐条的な国内適用について研究し、批准に際して条約を実効性あるものとしていくための国内法の整備を求めていくことが肝要であろう。

子どもの権利条約の場合は、残念ながら日本政府は、国内法の整備に関してはまったく手をつけないまま、「条約の批准による法改正は不要」という立場での批准となってしまった。しかも、1箇所の留保(自由を奪われた児童の成人からの分離について―37条C)と二つの解釈宣言(1.児童の父母からの分離―9条1、2.家族の再統合のための出入国について―10条1)付きである。その際には、法改正の不要論が登場するときにはよく用いられる手法ではあるが、「発展途上国向け条約」論や「条約拡大解釈」論などが意図的に展開されたことである。もともと発展途上国のために作られた権利条約であり、日本では満たされているとか、権利保障を国内で意図的に進めるために条約を拡大解釈しているとか、こういう論理によって、結果的には条約批准による国内の法的な整備を最小限にとどめよう、という動きが起こりうることに留意しておきたい。

今回の障害者権利条約についても、「発展途上国向け条約」論はともかくも、「法改正不要」論を展開していくために「条約拡大解釈」論が登場してくることについては注意を払いたい。とかく国連での審議時においても日本が消極的な発言をしてきた条文については条文解釈が分かれる場合もある。とくに教育分野の法改正問題は焦点のひとつである。これは文部科学省でもすでに検討し、覚悟を決めているようであるが、障害者権利条約24条のインクルーシブ教育の適用に対して、現行の障害児学校の「原則分離」体制の見直しを図る方向にあると伝えられている。

また新たな立法が必要な部分については、たとえば、日弁連「障がいを理由とする差別を禁止する法律」要綱案が参考になる。その条例版が千葉県で制定されたことは記憶に新しい。かつて子どもの権利条約の国内適用についても学会レベルで「子どもの権利基本法」「子どもの権利基本条例」の要綱案を公表したことがあった(日本教育法学会編「提言『子どもの権利』基本法と条例」1998年、三省堂)。日本の条約は自動執行的条約としてそのまま国内法として適用されるが、司法判断や行政解釈の基準として実効性が必ずしも確保されておらず、条約を国内に実質的に適用するための法律が必要である。

なお、条例部分は、2000年12月に制定された川崎市子どもの権利に関する条例を皮切りとして、すでに10にのぼる自治体で総合的な子どもの権利条例が制定されている。

以上述べてきたことを踏まえ、今後は、条約を国内法として実質的に適用していくための「障害者権利基本法」(現行障害者基本法の改定という方法もありえる)および「障害者権利条例」の原案作成などが必要になると考えられる。

また、こうした立法論だけでなく、条約の国内適用に関しては、条約が「国内法の解釈基準」でもあることから、これまでの障害者法制の行政解釈を全体的に見直していくことも重要であろう。

(きたあきと 早稲田大学教授・子どもの権利条約総合研究所代表)

(参考文献)

  • 国際教育法研究会編『教育条約集』1987年、三省堂
  • 喜多明人著『新時代の子どもの権利』1990年、エイデル研究所
  • 子どもの権利条約フォーラム実行委員会編『検証子どもの権利条約』1997年、日本評論社(共編著)
  • 子どもの権利条約ネットワーク編『学習子どもの権利条約』1998年、日本評論社
  • 喜多明人ほか編『新解説 子どもの権利条約』2000年、日本評論社
  • 喜多明人ほか編『子どもオンブズパーソン』2001年、日本評論社
  • 子どもの権利条約総合研究所編『川崎発子どもの権利条例』2002年、エイデル研究所
  • 喜多明人ほか編『子どもにやさしいまちづくり』2004年、日本評論社(編著)