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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年1月号

1000字提言

「働きながら聞こえなくなって」その1

新谷友良

月の最後の月曜日は定例の予算会議、出来上がってきた資料を見ながら想定問答を考える。この説明にはA技術部長から質問が出そうだ、この数値にはB営業部長にコメントを求めよう。聞こえない身の会議参加は、事前準備が欠かせない。

本番の質問、コメントは想定の範囲内、無事会議も終わるかと思ったが、うるさ型の予期しない質問。何とか聞き取れたキーワード「棚卸」、「資材費」を頼りに報告に即した説明を続けたが、彼の表情は納得しているとは見えない。私の聞こえの状態を知っている司会が補足して彼も納得、やっと会議が終わった。どっと襲ってくる徒労感と疲労感。

このような状態での会議が1年以上続いている。一部の人には聞こえの状態を説明したが、全員に説明したわけではない。気のせいか、皆の見る眼、対応も少しずつ変わってきた。席へ戻って、部下への会議報告もメールで済ませる。

今思い出す7、8年前の心象風景だが、中途障害への対応ができず、かなり厳しい心理状態の日々が続いた。事故か病気で1か月ぐらい入院した後出社に及べば、あいさつ周りのついでに「かくかくしかじか」といった説明もできたかもしれないが、徐々に聞こえが悪くなって来たので始末が悪い。人間関係の悪化、壊れをスローモーションで見るように体験していく。

日本の聴覚障害者は35万人、ただし、この数値は身体障害者手帳を持っている人のみ。中途で聞こえなくなったものは、毎日の聞こえとの格闘で、手帳申請などなかなか気が回らない。歳が寄って、「耳が遠くなったね」と言われるお年寄りも、自分の聞こえの悪さを障害とは思いもよらず、身内に八つ当たりをする毎日だろう。このような人が日本にはどれくらいいるのであろうか。流布している一説は人口の5%、これでも6百万人になり、手帳保持者の35万人とは雲泥の差だが、昨年7月に出たアメリカの雇用機会均等化委員会の報告は何と人口の11%と言っている。

この委員会は政府機関だから、アメリカで施策の対象となる聴覚障害者は、この数字であろう。日本で暗数になっている数百万の聴覚障害者はどこに行ってしまったか。

新聞の通信販売では「聞こえがハッキリ。耳にすっぽり隠れて目立たない補聴器5万円」などの宣伝が目に付く。ぶら下がり体操器の横に載っている補聴器がこの暗数の人を支えているのであろうか。薄ら寒い日本の聴覚障害者を取り巻く光景である。

(しんたにともよし 社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会)