音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年1月号

わがまちの障害福祉計画 長野県茅野市

長野県茅野市長 矢崎和広氏に聞く
市民力・地域力アップで公民協働のまちづくり

聞き手:竹端寛
(山梨学院大学)


長野県茅野市基礎データ

◆面積:265.88平方キロメートル
◆人口:56,981人(平成18年4月1日現在)
◆障害者の状況:(平成18年4月1日現在)
身体障害者手帳所持者 1,711人
療育手帳所持者 251人
精神保健福祉手帳所持者 138人
◆茅野市の概況:
茅野市は、長野県中部の東寄りに位置する諏訪盆地の中央にあり、265.88平方キロメートルという広大な市域を有している。全市域のうち4分の3は森林が占め、蓼科高原や白樺湖、八ヶ岳、車山高原などのリゾート地帯を抱えている。また、市内には国指定特別史跡「尖石遺跡」や国指定遺跡「上之段遺跡」など、300か所以上の遺跡が発見されており、平成7年に日本最古の国宝に指定された「土偶(愛称:縄文のビーナス)」など、芸術的に優れた遺物が出土されており、縄文文化とリゾート地帯を併せ持つ、高原の文化観光都市。
◆問い合わせ:
茅野市健康福祉部地域福祉推進課
〒391―8501 長野県茅野市塚原2―6―1
TEL 0266―72―2101(代) FAX 0266―73―0391

▼茅野市では市長がリーダーシップを取られて、積極的な行政改革を進めてこられたそうですね。

私は95年に市長になった時、20世紀型の行政から21世紀型の行政へ切り替えようと考えました。それは大きく分けて、ハード中心からソフト中心の、モノ中心からこころ中心のまちづくりへ、という二つの切り替えです。これらは決して行政主導では解決しない問題です。そこで、もともと私自身が民間出身の市長だということもあり、市民・民間主導で行政はその支援役に徹する、という行政の構造改革を行いました。前例主義や縦割り、横並び主義を壊し、わかりやすい行政をめざしたのです。

▼市民・民間主導を進めるうえで、福祉分野においても、当初から公民協働によるパートナーシップのまちづくりという考え方を大切にされてこられたのですね。

そうです。そのためには、パートナーとしての市民サイドの受け皿が必要だろう、と考えました。そこで何人かの保健医療福祉の実践者に、ぜひ福祉ネットワークの組織を作ってほしいとお声をかけさせていただき、1996年3月、「福祉21茅野(茅野市の21世紀の福祉を創る会)」が創設されました(注)。これは21世紀にちなんで、21人の地域の実践家や支援者、あるいはサービス利用者から構成されています。設立の際に私からお願いしたのは、単なる提言集団ではなく、「実践する提言集団」であってほしい、ということです。皆さんには政策立案だけでなく、出来上がったプランをどう市民と行政がパートナーシップを組んでやっていけるか、まで考えてほしいとお願いしました。

▼単なる市民参加を超えた「実践する提言集団」は、行政サイドにとっては面倒な存在ではなかったのですか。

従来型のハード中心のまちづくりの時代なら、我田引水的陳情が中心になるかもしれません。しかし、ソフト中心で、しかも「実践」まで視野に入れた政策集団である「福祉21茅野」とのキャッチボールは、私どもにとっては一度も面倒ではありませんでした。もちろん最初はお互いピンボールまがい、あるいは受け止めきれない球を投げ合うこともありましたが、キャッチボールを重ねるうちに、お互いが受け止められる範囲になってくるのですね。その中で、この「福祉21茅野」の皆さんによって「福祉21ビーナスプラン(茅野市地域福祉計画)」ができあがりました。

▼茅野市は、この「ビーナスプラン」に基づいて、とてもユニークな福祉実践をされているそうですね。

地域福祉計画策定に向けて4年あまり議論を続ける中で、保健・医療・福祉の縦割り、それから子育て・障害児者・高齢者支援の縦割り、という行政側の2つの大きな縦割りの問題が浮かび上がってきました。これらの問題を1か所で解決できる仕掛けがないだろうかと模索する中で、介護保険がスタートする2000年4月から市内を4つの「保健福祉サービスエリア」に分け、各エリアに1か所ずつ、保健福祉サービスセンターを立ち上げました。

「保健福祉サービスエリア」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。

地域福祉計画策定の中で、私たちは生活圏を5つの階層に分けて整理しました。1層が諏訪広域。これは県の圏域と重なります。2層が茅野市全域。そして茅野市の中で10ある地区(4層)と、区・自治会レベル(5層)。本来ならば4層レベルでサービスが提供できればいいのですが、そこまでの財源や人員の余裕がありません。そこで、茅野市全体(2層)を4つの中学校区レベルに分け、これを3層の「保健福祉サービスエリア」として新しく設定しました。そして、身近なエリア内で保健・医療・福祉のニーズを1か所で充足・完結していくための拠点施設として「保健福祉サービスセンター」を開設して、より身近で何でも相談できるワンストップサービスの仕組みを作り上げました。

▼保健福祉サービスセンターにおけるワンストップの総合サービス拠点とは、改正された介護保険や自立支援法で謳われている地域支援の流れを5年前から先取りするような展開ですね。

その通りです。改正介護保険の柱である地域包括支援センターの考え方を本市では、5年前から先取りしていたことになります。市民・民間と行政がチームを組んで、住民一人ひとりのトータルケアマネジメントの仕組みを考えた際、「個別支援と地域支援の総合化」が課題であることが当時から見えていました。

そこで、各保健福祉サービスセンターでは24時間体制での総合的な相談窓口を設置するとともに、高齢者福祉や障害者福祉、児童福祉、保健をすべて同じセンターで管理を一元化し、社会福祉士や保健師、ケアマネジャーが同じ事務所にそろい、多職種によるチーム展開をスタートさせました。中心となる専門職スタッフだけでも10人以上を配置し、訪問看護や訪問介護ステーション、デイサービスや診療所まで併設していますから、どんな方が来られてもそこで対応できる。ですから、障害者自立支援法でも十分にやっていけるわけです。

▼今回の障害者自立支援法では、各市町村に求められる柱の一つとして障害福祉計画の策定が挙げられています。茅野市の場合はすでに「ビーナスプラン」の中で、障害福祉計画に通じる土台作りができあがっていたのですね。

「ビーナスプラン」では最初から障害児・者のケアが三本柱の一つでした。プラットフォームやシステムはすでにできていたわけですから、障害者自立支援法になってもそんなに慌てる必要はありませんでした。今後の課題は、それらをどうパワーアップするかです。まずはマンパワー充実のために、4つのセンターに1人ずつ職員を増やそう、ということになりました。

▼新たに各センターに配置される職員にはどのような職務が与えられているのですか。

基本的には専門職はすでに各センターにいますから、データ整理などの事務処理専門の職員を増やしました。専門職を事務処理からできる限り切り離し、専門的な仕事に集中できる体制作りをしようと考えました。すでに各センターには保健師だけでも2、3人いますので、きちんと専門職が仕事しやすい環境を作るサポート役を配置した訳です。

▼現在は各自治体が人員削減の中で、専門職の事務処理増加が問題になっている例をしばしば聞くのですが、茅野市では逆の流れですね。

1人の正規雇用の賃金があれば、3人の臨時職員を雇えます。ならば、必要な事務処理に応じて臨時職を雇用する。その代わり、常勤の専門職は、より専門的な仕事に特化する。センターで待機しているだけでなく、どんどん地域に出て行く「攻めのサービス」のためにも、職員の増強は不可欠です。

▼「攻めのサービス」、ですか。

そうです。各センターには、社会福祉協議会の地域生活支援係の職員も原則2人を配置しています。その人たちは、民生委員とも協力しながら、支援や応援が必要な方々を毎日掘り起こす、ご用聞きの役割をしています。私は社協の会長もしていますが、茅野市の社協職員は全部プロパー、事務局長は公募です。いい仕事を果たしてもらうために、実態として独立した組織になるように変えてきました。そして、社協と市の職員が有機的に連携できる体制を作り上げてきました。

▼攻めていく中で見えてきた課題はどういったものでしょうか。

やはり福祉コミュニティーの充実でしょう。これからは高齢者でも障害者でも大規模施設は作れません。となると、小規模多機能施設をどう地域で活かすか、が課題になってきます。障害者でも使えるデイサービスやショートステイをどう経営していくか。専門家が現場でどう支えるか。そのためにも各保健福祉サービスセンターが担っている相談支援拠点が連携窓口となって、障害や高齢、子育てをワンストップでトータルに支えられる仕組み作り・地域作りを、より強固なものにしていく必要があります。現在策定中の障害者保健福祉計画にしても、地区や区・自治会レベル(4・5層)の地域力をどう支えるか、が鍵になってくると思います。


(インタビューを終えて)

今回茅野市を訪れて、市長が打ち出した「市民主導」の各種政策が、自立支援法の先取り、という形で着実に根付いているのに驚かされた。市長の「自立支援法になってもそんなに慌てる必要はなかった」という発言は、地域福祉計画の策定や保健福祉サービスセンターの創設を通じて、市民主導型の行政施策を着実に実行し、成果も上げてきたことに対する自負に裏打ちされているのだ、とも感じた。

目の前の事務処理で手一杯、新しい計画や協議会なんてとてもとても…という市町村現場担当者の声を漏れ聞く現状にあって、茅野市の政策展開のあり方やトップの方針は、今後の市民主導の地域作りを考えるうえで大きな参考になる。障害・高齢・子育てという垣根を越えた当事者主体の地域自立生活支援の体制作りは、茅野市だけでなく、全国で喫緊に求められている課題なのだな、そんなことを再確認する場ともなった。

(注)『福祉21ビーナスプランの挑戦―パートナーシップのまちづくりと茅野市地域福祉計画』は中央法規出版より発行(2003年)。