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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年1月号

フォーラム2007

アジア太平洋におけるアクセシブル・ツーリズム推進に向けて
―ESCAP海南島ワークショップ報告

秋山愛子

はじめに

さまざまな障害のある人や高齢者、移動やコミュニケーションにおける困難さに直面する人々のニーズに応えながら、旅の楽しさも提供するアクセシブル・ツーリズム1)。これは社会のバリアフリー化と観光業界の利益上昇、つまり、だれにとってもいい、負け組なしの状況を提示出来るのではないか。ベトナムや中国などが急速な経済成長を遂げるなか、観光業成長への期待も高まっている。タイでもバンコクの観光指針は、環境にやさしい観光と、障害者・高齢者、子ども・女性にやさしい観光の推進を謳っている。今こそ、アクセシブル・ツーリズムに関する理解を高め、その推進のためのノウハウを吸収する絶好のチャンスではないか。このような視点から、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP=エスキャップ)は、2006年10月30日~11月1日、中国海南島三亜市で、アクセシブル・ツーリズム推進ワークショップを開催した。今回はその報告を試みたい。

中国の最南端に位置する海南島。かつては流刑地でもあったが、現在は「東洋のハワイ」「長寿の島」と称され、年間平均気温が25度前後のリゾート地として、発展しはじめている。アクセシブル・ツーリズム・ワークショップは、島南端の三亜市内で、白い砂浜がひたすら続く三亜湾沿いのホテルで開催された。市行政も市の発展計画にアクセス整備の側面を反映し、近年100万ドルを投じて、視覚障害者も歩きやすい誘導ブロック等のある歩行路を63.6キロ整備したという。こういった取り組みから、「アジア太平洋障害者の10年」の取り組みを継続的に支援してきた中国障害者連合(CDPF)が三亜市を推薦し、今回のワークショップ共催が決定された。

参加国は、中国、香港特別行政区、マレーシア、ベトナム、タイ、日本の6か国。うち、中国、ベトナム、タイからは障害当事者と障害行政担当者、観光行政担当者、それ以外からは障害団体関係者、当事者、障害行政担当者が参加した。講師には、アクセスの専門家として香港からジョセフ・クァワン氏、シンガポールからジュディ・ウィー氏を招聘した。地元三亜市からは助役が開会式に出席し、CDPF支部は全面的に参加した。全体で45人の参加者のうち、当事者は車いす利用者と弱視、全盲の方々。聴覚、知的、精神などの他の障害のある方々は、今回は参加がなかった。

アクセシブル・ツーリズム推進の意義

今回のワークショップからの収穫の第一にあげられるのはアクセシブル・ツーリズム推進の意義を、統計と実例を通して確認できたことである。まずESCAP観光専門家の報告から、ここ5年間で世界の観光人口年間平均伸び率が3.2%であるのに対して、アジア太平洋域内を目的地とする観光人口の場合は、それが7%であること、業界で市場の細分化が進んでいること、さらに、2025年までにはアジア太平洋内の人口の14%が60歳以上の高齢者と予想されていることなどが紹介され、アクセシブル・ツーリズムは成長の可能性を孕(はら)んでいることがわかった。

また、講師のクァワン氏からは、香港国際空港では、2003年度、約30万人の移動者から車いす利用の要請があったこと、また同年度の香港への観光客は1554万人で、一人あたり平均約560ドル支出したことがわかった。障害者が人口の10%にまで至ると、WHOなどで報告されていることをあえてこの状況に当てはめると、障害者の観光客が155万人いて、8億680万ドル消費することが可能だと考えられる。障害者が観光客として社会に貢献できる可能性がこのような仮説的統計で示唆された。

さらに、日本から参加した上野悦子氏は、岐阜県高山市がまちづくりの一環として、行政とNPOが協力してアクセシブル・ツーリズムを振興した結果、1993年から2002年までの観光客も208万人から318万人に、収益が308.5億円から536.6億円に上がったという現実のデータが示され、経済効果が実証された。

理想に向かって、やはり当事者の参画は鉄則

収穫の第二は、アクセシブル・ツーリズムの理想が提示されたことである。まず、前述の高山市に関しては、まちの段差を解消し、緊急対応時点滅ランプや受付との通信用ファックスなど、聴覚障害者が使いやすいホテルの様子などがビデオで紹介され、参加者は大変感心した。香港特別行政区では、リハビリテーション協会を通じて行政からの補助金を得、「イージーアクセス」というアクセシブル・ツーリズム専門の旅行会社が設立されており、ここでは障害当事者が旅行業者として働くかそのためのオン・ザ・ジョブ・トレーニングも提供されていることが紹介され、アクセシブル・ツーリズムは障害当事者の起業・雇用創出の一役を担えるというさらなる意義についての示唆が提供された。

こういった理想に向かうため必要なアクセス整備に関する課題も整理できた。まず、アクセス整備にはハード・ソフト両局面があること。ハードに関しても、車いすが建物に入りやすいスロープをつけ、道路の段差を解消し、車いす用のトイレをつけるということだけでなく、飛行機への搭乗アクセス、ホテルの部屋の番号が視覚障害者にわかりやすいようにしたり、立食形式の食事を置く位置を低くしたり、またATMや公衆電話の位置、避難経路をわかりやすくしたり、情報を障害のある人に伝わりやすいようにするなど実にさまざまある。アクセス整備が必要なのも、空港、ホテルだけでなく美術館や国会議事堂、公園、遊園地、海辺、プールなど、つまりあらゆる場所である。

また、美術館などの展示や観光情報の位置を低くするなど、お金というよりちょっとした意識の持ちようで使いやすくなるということへの意識が喚起された。さらに、トイレがいくら使いやすくなっても、そこに行くまでの道が車いすでは到底無理だという例も報告され、アクセスは点だけでなく、線さらには面も考えなければいけないことが再認識された。

ソフトという点では何より、空港のカウンターの係員や航空会社担当者、ホテル、レストランなどあらゆる場所で観光客にサービスを提供する人々の障害者に対しての理解のなさが大きな問題点として指摘された。実際、これまで世界中を一人で旅行してきた車いす利用者で講師のウィー氏がシンガポールに帰国途中、乗り換えの空港カウンターで、係員からいきなり「当社の方針では車いすご利用の方はお一人では旅行できないことになっております」と言われるということもあった。また、障害当事者に何をどうしたらよいのかを聞かず、自分の思い通りにしようとするなど、基本的な部分がまだまだ浸透していないことも再認識された。

さらに、参加者の多くから、車いすマークのついているトイレに行って、ドアを開けたら物置代わりに使われていたという報告も受け、アクセス整備は「つくればそれでおしまい」なのでなく、実際使いやすいように維持すること、使いにくければ改良していくことも視野に入れなければいけないことが指摘された。このようなあらゆる課題に関して、障害当事者がきちんとニーズの把握をし、デザイン、施工、モニタリングにかかわるのは鉄則中の鉄則であると確認された。

おわりに

ワークショップは「アジア太平洋におけるアクセシブル・ツーリズムに関する三亜宣言」を採択し、終了した。宣言は、前述の課題をあげるとともに、アクセス法制の充実、観光法制にアクセシブル・ツーリズムの視点を反映させることが含まれた。ESCAPに対しても、障害のある人の旅行上のトラブルや問題事例、高山市以外のさまざまな実践例や、アクセシブル・ツーリズム専門業者の情報などをウェブ上で公開する、「アジア太平洋障害者の十年」の後半5年の戦略にアクセシブル・ツーリズムを入れるなどの提案をいただいた。今後この取り組みを基礎に、さらなる推進への努力を展開していきたい2)

(あきやまあいこ ESCAP障害問題プロジェクト専門家)

1)実はワークショップでは、バリアフリー・ツーリズムという呼び方も併用していたが、アクセシブル・ツーリズムの方がより前向きで、観光業界内でも優先的に使われはじめているとの報告が香港特別行政区の参加者からあり、参加者の合意により、アクセシブル・ツーリズムで統一することにした。従って、この報告でもこちらの用語を使わせていただく。

2)ワークショップの詳しい情報は、http://www.worldenable.net/cdpf2006/をご覧ください。