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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年2月号

ほんの森

オーバー マイ ヘッド 脳外傷を超えて、新しい私に
クローディア・オズボーン著(監訳・原田圭/訳・草鹿佐恵子)

評者 大橋正洋

クリエイツかもがわ
定価 2,100円(税込)
〒601―8382
京都市南区吉祥院石原上川原町21
TEL 075―661―5741
FAX 075―693―6605

脳外傷による高次脳機能障害者は、外見からは障害をもっていることが分かりにくい。実はこの人たちは、日々のさまざまな場面で不自由さと戦っている。しかし、そのことも知られていない。平成17年度に終了した国の「高次脳機能障害支援モデル事業」では、「高次脳機能障害」の行政的な定義が示され、平成18年度以降の自立支援法の下では、モデル事業において試行された支援が、全国各地域で行われるように方向性が示された。

しかし、高次脳機能障害とはどのような障害で、どのような支援が必要なのか。このことについての啓発はまだ十分とは言えない。

著者クローディア・オズボーン女史は、デトロイトで診療を行っていた有能な内科医であった。しかし1988年7月、交通事故により脳外傷を負い、治癒することのない無気力症、記憶障害、遂行機能障害などを持ち続けることになった。30代半ばで、臨床医としての前途は閉ざされたことになる。この事実を受け入れるためには、時間と専門家および家族や友人の支援が必要だった。

受傷から8か月後、世界的にも有名なニューヨーク大学の脳外傷治療プログラム:HTPに通うようになる。本書では、受傷前の溌溂(はつらつ)とした女医としての生活ぶりから、一転して高次脳機能障害者としてニューヨークという大都会に一人で生活する困難さや失敗の数々が紹介される。

そして、同様の障害をもつ仲間の様子や、障害を代償する対処法を身に付ける過程が示される。学術的な記述は少なく、あくまでも当事者の視点で、時間の経過に沿って、自分の行動や周囲の人々とのエピソードを綴(つづ)ったものである。高次脳機能障害についての啓発書として優れた本であることは間違いないが、エッセイとしても、ニューヨークの生活、米国における働く女性の意識、家族および友人との人間関係など、良く書き込まれていて医学的知識を持たない人にも興味深い内容になっている。

記憶障害があるために、別の場所に移動した途端、何をするのかを忘れてしまうような著者が、このような本を書けるのかといぶかる人がいるかもしれない。しかし後書きを読むと、受傷以来書きためてきた膨大なメモを資料として、本書を完成させるまでに7年を要したとのことである。また、米国ABCテレビで副社長を務めた経歴を持つ著者の母親が、本書の推敲に力を貸したとのことで、内容の充実ぶりが納得できる。

わが国の各地域で高次脳機能障害者の支援を開始しようとする方々には、教科書ともなる好著である。

(おおはしまさひろ 神奈川リハビリテーション病院リハビリテーション科)