音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年3月号

わがまちの障害福祉計画 山梨県甲州市

山梨県甲州市長 田邉篤氏に聞く
ワインと歴史に彩られた“顔の見える”ノーマライゼーションのまちづくり

聞き手:朝日雅也
(埼玉県立大学)


山梨県甲州市基礎データ

◆面積:264.01平方キロメートル
◆人口:36,808人(平成19年2月1日現在)
◆障害者の状況:(平成19年2月1日現在)
身体障害者手帳所持者 1,481人
(知的障害者)療育手帳所持者 188人
精神障害者保健福祉手帳所持者 166人
◆甲州市の概況:
山梨県のほぼ中央、北東に位置する。中央本線、中央高速道「勝沼」ICなど交通の便もよい。武田信玄の菩提寺恵林(えりん)寺をはじめとする武田家ゆかりの神社や仏閣、菅田神社や大善寺など数多くの文化財がある。また40社を越える日本一のワイン生産地、ブドウや桃などの豊富な果樹栽培を中心とした農業と四季折々の豊かな自然に育まれている。樋口一葉のふるさと。日本百名山の一つ大菩薩峠への登山口。今年のNHK大河ドラマ「風林火山」の舞台でもある。
◆問い合わせ:
甲州市役所市民生活部福祉課
〒404―8501 甲州市塩山上於曽1040
TEL 0553―32―2111(代) FAX 0553―32―1818

美しい山並みとワインの町、山梨県甲州市では、どのような障害者施策が展開しているのだろうか。JR中央本線、塩山駅からほど近い、甲州市役所に田邉篤市長を訪ねた。

▼甲州市は、市町村合併して誕生した新しい市ですね。

平成17年11月に塩山市、勝沼町、大和村が合併して、甲州市が誕生しました。塩山市や大和村は甲州の鎌倉と言われるほど歴史的遺産の多い武田家ゆかりの町、勝沼町はそれに加えて明治以降ワイン醸造の盛んなレンガ造りの多い町です。それぞれ歩みも地域特性も違うので、合併したことですべてを一緒にというのは難しいですね。しかしながら、福祉については、住民の意識が高い点で共通しています。

現在、甲州市障害者総合計画を策定していますが、その過程で地域特性を越えて、共通の課題に新たに取り組む点で絶好のタイミングだと思っています。

▼障害者総合計画というと、障害者基本計画と障害福祉計画の合体ですか?

そうです。旧市町村とも平成7年度に障害者基本計画を策定していましたが、合併に伴って新しい基本計画を策定する必要が生じました。さらに、障害者自立支援法により障害福祉計画の策定が義務づけられましたので、今年度中に二つを併せた総合計画を策定します。すでに障害のある市民の方を対象にアンケート調査を実施し、広く意見をうかがうための総合計画策定委員会も立ち上げています。

計画の基盤のひとつに、障害に対する理解と交流の促進があります。従来は、障害があることをオープンにしにくい意識があったことも否めませんが、ここ数年で変化してきていることを私も実感しています。周囲も確実に変わってきていると思います。このような障害に対する意識の変革や理解の促進については、個々の主張を乗り越えて、共同して取り組みやすいものだと考えます。

▼障害者自立支援法では市町村の役割が大きくなっていますが、甲州市の特色ある施策にはどのようなものがありますか。

まず、市役所から歩いて5分ほどの保健福祉エリア*)の中にある、福祉あんしん相談センターがあげられます。当初は、平成15年に精神障害者地域生活支援センターとして設置されました。当初から精神保健福祉士や社会福祉士、保健師など専門職を配置し積極的な取り組みを行ってきました。その後、体制が整ったので、国の承認を得て、身体障害者、知的障害者も含めた三障害に対応することとし、平成16年10月から現在の名称を用いています。

障害者自立支援法によって、地域生活支援事業は市町村の義務となり、精神障害者地域生活支援センター補助事業は廃止されたので、甲州市相談支援事業と甲州市障害者地域活動支援センターから構成される地域生活支援事業の中核として再編しました。

▼三障害一元化を柱にする障害者自立支援法の制定の前に、いわば、先見の明があったということですね。

そういうことになりますね。当初から三障害への対応を考え、「福祉あんしん相談特区」を申請したくらいでした。障害種別を問わず、身近で、専門的な相談支援窓口として市民の方に利用されています。また、障害のある方のさまざまな生活の問題や課題をワンストップで受け止め、地域生活を支える拠点として機能しています。その意味では、障害者自立支援法の前から、現在の形で先駆的に取り組んできて良かったと思っています。

利用状況は、平成17年度は、登録者137人、延べ利用人数4,513人、18年度の利用人数は上半期ですでに延べ2,541人と増加しています。実際に就労支援などの援助を通して、一般企業での就労に結びついた事例もでてきています。市役所の窓口での対応はもとより、専門的な相談支援の拠点として、今後も大いに期待しています。

▼地域生活を支える視点から、他に特徴的なサービスはありますか?

障害者等社会参加支援事業、いわゆる移送サービスもその一つと言えるかもしれません。これは、ある市民の方からの寄付をもとに福祉車両を購入して始めたものです。この地域の交通特性として、バスやタクシー、電車などの公共交通機関が不十分なことから、自家用車を利用する割合が高くなっています。そこで、自家用車での移動が困難な方に、一定の利用条件のもと、原則年間24回を限度に無料でサービスを提供しています。利用実績も平成18年11月末現在で、登録者14人、延べ利用回数869回と高く休日も使えます。特に、人工透析を受けられる方等に活用していただいています。

それから、重度心身障害者医療費助成についても、従来どおり、窓口での自己負担を無料にする事業を行っています。国の制度では、原則として自己負担分の医療費を一旦医療機関に支払い、後で市の窓口で手続きをして返還を受けることになっています。本市のように、市が直接医療機関に自己負担分を支払う方式は、国の制度では認められておらず、山梨県内でも現在は、甲州市だけです。この件は合併協議において議論になりましたが、廃止は住民サービスの後退になるとの判断で存続させています。

さらに、障害者自立支援法の地域生活支援事業の必須事業に位置づけられたコミュニケーション支援事業でも、手話通訳者と要約筆記者の派遣について、利用者負担は一切無しとしました。

▼これらの独自の施策は、市長さんの英断によるところが大きいのではないでしょうか?

どこで折り合いをつけるかは難しいのですが、私の基本にあるのは、良いサービスは継続させていく、必要なものは確保するという考え方です。私自身、いろいろな機会を通じて、障害のある方が生活上、どのような支援を必要としているのかを直接うかがっていることが背景にあると思います。手話通訳者の無料派遣についても、日頃から障害のある方との交流を通して、私自身が理解を深めさせていただいているところが大きいと思います。障害のある人と「同じ目線」でというか、そのような関係で、サービスの必要性を議論していくことが大切ではないかと思います。

▼財政事情が厳しい中、障害者福祉サービスの量と質を確保していくのは容易でないと思いますが?

その通りです。これから、何がもっとも必要なサービスなのかを議論していかなければならないと思います。これからは行政に頼っていれば済む、とうことでなく、福祉サービスの創出や維持に、障害のある方も、自分たちはどのように関われるのかという視点を持つことも求められるでしょう。その意味では、「ブレない施策」を推進していくという姿勢が重要になってきます。そして、そのためには、障害のある方や関係者と、「顔が見え」、本音で話し合う関係ができていることが前提であることは言うまでもありません。

▼ところで、障害者自立支援法では、就労支援にも焦点が当てられていますが、甲州市における現状はいかがですか?

ハローワーク塩山によると、管内(甲州市と山梨市)で障害者法定雇用率が適用される常用労働者数56人以上の民間事業所は、13か所程度と少ないのが実情です。甲州市だけでみるとわずかです。障害者雇用もさることながら、一般求人も限られている厳しい現実があります。人口もなかなか増えていかない中で、障害者雇用をどう進めていくかは難しい課題です。

また、先ほど述べたように高品質のワイン製造が盛んで、市内には、40を超えるワイナリーがあります。もっとも、こうした「地ワイン」製造所は、小規模の事業所が多く、障害者雇用と組織的に取り組むとなると作業工程上の制約もあり、限界があるかもしれません。

しかしながら、ワインばかりでなく、武田信玄公ゆかりの観光資源との結びつきなども生かした独自の製品開発などの取り組みも含めて、甲州市らしい障害者就労の機会の拡大を図っていくことは重要だと思います。

そのことも含めて、地域特性の違いを、特長をうまく引き出しながら、障害があっても一人の甲州市民として暮らしていけるような、新しい文化、風土を創りあげていきたいと考えています。


(インタビューを終えて)

田邉市長は、県議も3期務められ、保健医療福祉分野での経験も厚い。青年会議所時代には、「ひまわり列車」を走らせて、新宿の中央公園へと障害のある人たちと繰り出したそうだ。

「ノーマライゼーション」という用語自体は、インタビューの中では、特に用いられなかったが、言葉の端々にふだんから障害のある方との付き合いがあることがうかがえた。甲州市民として、当たり前に、本音を言い合う関係性を通じて、地域で共に暮らしあっていくことが自然の風景としてある、そんな思いでまちづくりに取り組んでいる様子が伝わってきた。

すべての甲州市民計画、そんな名称が似合っている“顔の見える”障害者総合計画が出来あがることを願って止まない。

*)保健福祉エリア内には、福祉あんしん相談センターのほかに保健福祉センター、訪問看護ステーション、診療所(現在休診中)、もみの樹園(心身障害者小規模作業所)、すぃーとはうす塩山(NPO法人ドリームワークこうしゅう)が徒歩圏内にある。