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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年5月号

メタボリックシンドロームについて

佐久間肇

1 生活習慣病は国民病

生活習慣病は、「食習慣、運動習慣、休養、喫煙、飲酒などの生活習慣が、その発症進展に関与する症候群」(厚生省公衆衛生審議会、1996年)と定義されている。不適切な食生活、運動不足、ストレス、飲酒、喫煙などの不健康な生活習慣によって肥満、高血糖、高血圧、高脂血などの疾病予備軍状態となり、いわば病前状態になり、ここで、「まだ病気ではないから」と放置していると、やがて肥満症、糖尿病、高血圧症、高脂血症という疾患に進行して、心筋梗塞や脳卒中、糖尿病の腎症・網膜症となり、ついには生活機能の低下を生じてくる、という経過をとる。

生活習慣病と呼ばれる代表的な疾患には、高血圧症、高脂血症、糖尿病、脳血管障害、動脈硬化、虚血性心疾患、高尿酸血症、がんなどが含まれる。

日本の人口動態統計の死因は、昔は、感染症が主たる死因であったが、現在は、がん、心疾患、脳卒中の生活習慣病が3大死因となって久しく、その予防の重要性が叫ばれているゆえんである。

患者さんの数も増加の一途をたどり、最近の厚生労働省の調査では、高血圧患者数は3,900万人、高脂血症は2,200万人、糖尿病(予備軍を含め)は1,620万人、肥満症は468万人と言われており、まさに国民病である。

2 生活習慣病の主原因は動脈硬化

日本人の三大死因のうち、心臓病と脳卒中を引き起こす主原因は動脈硬化である。そして、動脈硬化の危険因子として、肥満(特に内臓脂肪)がさまざまな生活習慣病を引き起こし、より動脈硬化になりやすいことがわかってきた。

たとえば、糖尿病において動脈硬化が合併しやすい理由には、インスリン抵抗性と呼ばれる病態がある。インスリン抵抗性があると、血糖を正常にするためにはより多くのインスリンが必要になる。そして高インスリン血症が長く続くと膵臓のインスリン分泌機能が低下してきて血糖値が上昇し、ついには糖尿病を起こすことになる。また、高インスリン血症では腎臓での塩分の再吸収が増加し、また同時にインスリン抵抗性による腎血管の拡張障害も生じて高血圧症が起こりやすくなるとされる。

肥満、運動不足、ストレスなどによって体内環境が悪くなって、インスリン抵抗性が強まると、高血圧症や脂質代謝異常などの動脈硬化の危険因子が集まってくるということになるのである。

3 動脈硬化の背景因子としてのメタボリックシンドロームの重要性

1980年代後半から動脈硬化の背景因子として、程度は軽くても危険因子が重複することが重要であると考えられ始めて、これら危険因子の集まりを一つの症候群としてとらえる動きがはじまった。これまでに、「内臓脂肪症候群」「シンドロームX」「死の四重奏」「インスリン抵抗性症候群」といった、さまざまな概念が提唱されてきたが、いずれの概念も内臓脂肪型肥満が根底にあり、動脈硬化の予防にはこの内臓脂肪型肥満を防ぐことが重要であるとされてきた。そして近年、これらの概念が統一されてきたものが「メタボリックシンドローム」である。

日本では、日本の肥満学会、動脈硬化学会、糖尿病学会、高血圧学会、循環器学会、腎臓病学会、血栓止血学会、内科学会の8学会が共同で「メタボリックシンドロームの定義と診断基準」を策定・公表(2005年)したが、この中で、メタボリックシンドロームは内臓脂肪蓄積を共通の発症基盤として、インスリン抵抗性、動脈硬化を引き起こす脂質異常や血圧高値を合併して、心血管病を発症しやすい状態、とされている(表1)。

表1 メタボリックシンドロームの診断基準

内臓脂肪(腹腔内脂肪)蓄積
ウエスト周囲経(腹囲)
(内臓脂肪面積 男女とも≧100cm2に相当)
男性≧85cm
女性≧90cm
上記に加え以下のうちの2項目以上
高トリグリセライド(TG)血症
かつ/または
低HDLコレステロール(HDL-C)血症
≧150mg/dl

<40mg/dl(男女とも)
収縮期血圧
かつ/または
拡張期血圧
≧130mmHg

≧85mmHg
空腹時血糖 ≧110mg/dl
  • ウエスト径は立位、軽呼吸時、臍レベルで測定。臍が下方に偏位している場合は肋骨下縁と前上腸骨棘の中点の高さで測定。
  • 高TG血症、低HDL-C血症、高血圧、糖尿病に対する薬物治療を受けている場合は、それぞれの項目に含める。

従来はこれらの危険因子や症状ごとの治療が中心であったが、内臓脂肪の脂肪蓄積が本症候群の根本原因であることが明らかになったことで、早期に内臓脂肪蓄積の徴候を発見して、それを予防につなげようとするのがこの診断基準の目的といえる。

4 内臓脂肪について

肥満は、脂肪が内臓組織に蓄積する内臓脂肪型と皮下組織に脂肪がつく皮下脂肪型に分類される(図1)。具体的には腹部のCT検査で区別され、内臓脂肪の面積が100cmを越えると内蔵型肥満と診断される。

図1
図1拡大図・テキスト

正常では、内臓脂肪は小型で、インスリン感受性を亢進してインスリン抵抗性を減らすアディポネクチンやレプチンなどのいわゆる善玉のアディポサイトカインが分泌されている。しかし、高脂肪食の摂取や運動不足が続くと、脂肪組織への過剰な脂肪蓄積をおこして、脂肪細胞の肥大化・大形化を来し、大型化した脂肪細胞からは、今度は、インスリン抵抗性を引き起こしてしまうTNFαやレジスチン、遊離脂肪酸などが分泌され、一方では、アディポネクチンの分泌減少やレプチン抵抗性が生じてしまう。それが肝臓、筋肉、脂肪組織でインスリン作用を阻害して、インスリン抵抗性を引き起こすことになり、生活習慣病発症につながるということになる(図2)。

図2
図2拡大図・テキスト

したがって、その予防や治療には、食事、運動を中心にした生活習慣の改善が重要となる。内臓脂肪は食べ過ぎですぐに蓄積するが、幸い、食事制限や運動で比較的簡単に減るという特徴があるので、「早期に発見して、カロリー制限と運動を心がける」ことは、薬に頼らずに十分に生活習慣病の予防に役立つ。

5 障害者のメタボリックシンドローム

障害者においては、一般に、障害をもたない人よりも日常活動性が低い方が多く、外出や運動の頻度も少ないことが多いことから、メタボリックシンドロームが障害者においても重要な健康阻害因子となっているであろうことは容易に予想される。

実際に、国立身体障害者リハビリテーションセンター病院で行われている「障害のある方の人間ドック」では、90%以上の方が何らかの異常を指摘され、そのうちの70%以上は生活習慣病である。

また私どもは、平成18年度に脊髄損傷者の方のメタボリックシンドロームに関連した臨床検査研究(102人の脊髄損傷者の方を対象)を行ったが、内臓脂肪高値(100 以上)を40%に認めたほか、高脂血症(総コレステロール220mg/dl以上、LDLコレステロール140mg/dl以上、中性脂肪150mg/dl以上、HDLコレステロール40mg/dl未満いずれかを満たすもの)を40%、インスリン抵抗性(HOMA―R)28%、正常高値血圧(収縮期血圧130mmHg以上かつ/または拡張期血圧85mmHg以上)の血圧高値を23%、空腹時血糖高値(110mg/dl以上)を12%、HbA1c高値(5.8%以上)を6%に認めるなどの状況が確認された。内臓脂肪高値、正常高値血圧、血糖高値、高脂血症を生活習慣病およびメタボリックシンドロームの予防のための栄養・運動療法の介入対象と考え、それぞれの項目を危険因子としてその数を検討してみると、これを一つでも持っている者が62人(61%)おり、その数が「4つ」が2人、「3つ」が9人、「2つ」が28人、「1つ」が23人であった。

障害者においてメタボリックシンドロームを診断する際には注意も必要である。診断基準では、内臓脂肪高値はウエスト周囲径の測定をもって代えているが、特に、脊髄損傷者では立位でのウエスト周囲径の測定は困難であり、臥位での基準は示されていない。また、頸髄損傷者では、皮下脂肪に比して内臓脂肪の多い例が目立ち、内臓脂肪値とウエスト周囲径との相関がよくない可能性がある。したがって、脊髄損傷者、特に頸髄損傷者においては、メタボリックシンドロームの診断にあたっては、内臓脂肪値はCTスキャンでの実測によるべきであると思われるが、現在、保険非適応検査であるという問題がある。

6 障害者におけるメタボリックシンドロームの予防

障害の有無によらず、栄養・運動療法が重要である。

栄養面では、日常の活動量に見合ったカロリー制限が必要である。日常の活動量の少ない生活を続けている方は、安静時代謝量が少ない(すなわち、エネルギーを消費しにくい)ので、さらにその分のカロリー制限の配慮も必要である。また、高血圧があれば、塩分制限も重要である。

運動は、脈拍数で100~120/分位になる強度の有酸素運動を20~30分、週3回程度を、1~2kg程度のバーベルを使った筋力強化運動などと組み合わせたものが勧められる。立位が可能な方には歩行運動(早歩きの散歩)のほか、いす座位と立位の繰り返し運動を在宅でもできる運動としてお勧めしている。車いす運動では、上肢のみの運動になることが多くて十分な運動負荷を得にくく、在宅での運動方法については検討課題であるが、私どもの病院では、脊髄損傷者の方に立位保持状態で上肢により下肢を他動的に動かし、結果として全身運動を行っていただくことで良好な効果を得ている。(図3)

図3 立位歩行様運動の方法
図3 立位歩行様運動の方法拡大図・テキスト

7 おわりに

日常的な身体的活動、スポーツ参加および活発なレクリエーション活動は病気の予防、健康の増進および機能的自立状態の維持には不可欠であり、このことは、障害者においてはより重要である。

日本でも障害者スポーツがようやく社会的に認知されつつあり、障害者がスポーツをする機会も確実に増えてきているが、いまだ、障害者スポーツは、一部エリート障害者のものにしかなっていないという厳しい見方もある。障害者の生活習慣病やメタボリックシンドロームの予防のためには、スポーツ活動は、慢性期の障害者すべてが容易に日常的に行えるものにしていく必要がある。

(さくまはじむ 国立身体障害者リハビリテーションセンター病院医師)