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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年5月号

ワールド・ナウ

イランの障害者対策

長田こずえ

はじめに

筆者は昨年の8月まで、国連のESCAPで、障害担当としての責務を担っていたが、現在はニューヨークの国連本部に移り、社会経済理事会の事務局で開発協力の経済問題担当官として、国連開発計画(UNDP)*1などを中心とする国連開発グループの政策面を担当している。

2月、この仕事の関係でイランを訪問した。イランは現在、原子力開発の問題や、レバノンのヒズボラ党に資金や武器を提供した疑惑などで、同じ国連の政治部門とは緊迫状態にある。今回、イランの障害者たちや専門家の意見を聞く機会を持つことができたので、その結果をレポートしたい。

イランという国

一言で言うと、イランの障害者に関するサービスは中進国としてはかなり進んでいる*2

まず、日本ではあまり理解されていないイランという国について少し述べたい。しばしば誤解を呼ぶのは、「イランはサウジアラビアなどと同じアラブの国である」という間違った認識である。イランは、インドヨーロッパ語を母国語とするヨーロッパ系の人種の国であり、セム語系のアラビア語、ユダヤ語、エチオピアのアムハリ語を話す中東の人々とは全く異なり、アラブ人からは一線を画している。皮肉なことに、隣国のアジア系の言語を話すトルコ人が欧米人のアイデンティティーを持つのと反対に、地理的に西アジアに属するので、国連ではESCAPの管轄に置かれている。

イランは人口6千8百万人ほどで、日本の人口の約半分であり、大国である。物価に調整した国民一人当たりのGDP*3は6,995ドルで、これは同じアジアのタイの7,595ドルとほぼ同額である。ちなみに日本は27,967ドルである。平均寿命は、イランが77歳、タイは75歳、日本は84歳となっている。識字率は高く、男女共に、15~24歳の若い世代の95パーセント以上が識字者である*4。UNDPの人間開発指数のランクは、世界177か国中99位に位置しており、タイの73位、日本の11位と比較される。医療水準などの社会サービスのレベルは高く、人口10万人に対する医師の数は105人で、これは日本の201人の約半分であり、同レベルの経済水準のタイの30人と比較すると高水準である。

さて、イランと言えば、真っ黒なベールに体を覆った女性のイメージが強いが、これも間違いである。顔にベールを被ることは強制されているが、そのほかは常識内で全く自由であり、女性たちの大半はみなそれぞれに自分が選んだ華やかでファッショナブルなベールを上手に被り、肌を露出しない程度にジーパンなど欧米風のファッションに身を包み、華麗にかつ元気に道を歩いている。この点は、保守的なサウジアラビアなどとは全く異なる。高等教育を受けているためか、イランの女性たちは、美しく、自信に満ちた様子に映る。

国連開発グループのCCA調査によると、イランでは女性のほうが大学進学率は高く、大学生の約6割は女性であり、高等教育に関しては女性上位である。社会科学や文学専攻に集中しがちな日本や欧米の女性と異なり、女性の多くが、自然科学、数学、獣医学、工学などを専攻しており、すばらしい。しかし、若年層の女性の約4割が失業状態で、これは男性の数値より高く、せっかく高等教育を受けた女性たちの能力が経済活動に生かされていない。実際、農業以外の産業に従事する労働人口の91.6パーセントは男性で、女性は8.4パーセントに過ぎない。高等教育を受けた、仕事をしたいと思う若い女性の失業は深刻な問題である。

人権に関しても、世界の185か国が批准している、女性差別撤廃条約を批准していない数少ない国の一つである。女性の完全平等や権利は認めなくても、女性のエンパワーメントは推進するという不思議な社会政策を持つ国である。女性のエンパワーメントに関しては、たとえば、避妊をしている既婚女性の比率は、UNDPのレポートに基づくと73パーセントで日本の56パーセントより高い。子どもの権利条約に関しては、保留項目を持ってはいるが、一応批准している。この条約の実行に関しては、未成年の犯罪に関する項目などでユニセフなどと協力して、それなりの実績を挙げてはいる。

さて、今年の3月30日に政府の署名が開始された障害者の権利条約*5に関するイランの一般の関心は大変高く、文化的な衝突のある女性差別撤廃条約と異なり、障害者の権利を受け容れる文化的な土壌は十分であると筆者は思っている。障害関係者だけではなく、政府関係者、一般のNGO、イランの人権活動家などいろいろなセクターの人たちが、この権利条約を知っていることには、少し驚いた。

イランの障害者のチャレンジと成果

2007年2月21日に、筆者は、イランの2人の障害をもつリーダーの専門家と、障害をもたないが長年の幅広い経験を持つ専門家と会見する機会を得た。障害者の1人は、ホームドクター(医師)のアリー・マハマディー氏、2人目は、障害者や盲人の人権問題に関わる活動家ソヘール・モエーニー氏。他に、知的障害者と肢体不自由者の職業リハビリテーションセンターと企業活動を運営するマジド・ミルカニ氏の3人である。

イランは2004年に、総合的な障害者法を制定した。主だった項目は、大学まですべての教育を無料にすること、公共機関、政府機関における3パーセントの法定雇用率、公共機関のバリアフリーデザインの導入、意識の向上(具体的には、週2回、障害者向けの字幕付きの放映)、障害者の補助器具の免税、手話の言語としての認識、生活保護費の提供、マイクロクレジットとして障害者の起業活動のため最高1人当たり100ドル提供、特殊教育と並行してインクルーシブ教育の導入などである。このほか、電話交換手の仕事の6割を障害者のために確保する雇用政策をも採用している。

これらの政策は、この経済的レベルの国としては比較的進んでいるし、実際、ソヘール氏などは毎日発行される点字の新聞のエディターもしている。世界的に見ても、毎日発行される点字の新聞は途上国では珍しい。

テヘランの町のアクセシビリティーの悪さは、アリー氏もソヘール氏も口をそろえて深刻な問題点として挙げている。手話通訳者も育っていないし、イラン語版の点字コンピューター、JAWSなどの音声出力器も開発されていない。

しかし、障害者の人権問題の専門家で社会学の修士号を持つソヘール氏によると、この障害者法の最大の弱点は、これらすべての政策には、「財政状況が許す限り」という条件がついていることで、このいわゆる「社会経済権の段階的実行」がボトルネックとなっていると悲観的に評価している。また、インクルーシブ教育はイランでは3年前に導入されたばかりの新しいコンセプトで、実行に関しては、肢体不自由者や盲人以外の人たち以外には、うまくいっていないらしい。普通教育制度の中のサポートが弱いことを指摘していた。

現在イランには障害の種別ごとの障害者団体はあるが、国レベルでのすべての障害者を含むクロスディスアビリティー団体はまだない。知的障害者の当事者団体もなく、親の団体が中心である。精神障害者に対する認識は低く、障害者としての地位を確立していないが、隣国アフガニスタンから密輸されて薬物の犠牲となった薬物患者に対するリハビリテーションプログラムは充実している。HIV/AIDSに関しても、科学的で前向きな態度をとっており、この地域のお手本になっている。

ミルカニ氏が運営するリハビリテーションセンターはユニークである。知的障害者と肢体不自由者を対象とする職業訓練と、障害者とその家族による起業活動サポートセンターをいくつか持っている。これは、政府から独立した完全なNGO*6であり、政府の補助金は運営資金の1割で、ほかに民間からの寄付金が1割、残りの8割は、利潤追求ベースの民間企業活動の資金から成り立っている。この民間企業はレンガやタイルなど、建築物の材料を製造する会社である。現在、流行中の「社会的義務を遂行する企業体」とも言える。知的障害者がイランの伝統的なデザインのタイルを作ったりしている。

最後になるが、筆者は仕事の関係で、国立テヘラン大学の人権センターを訪問した。そこで、世界的に著名なイラン人女性の人権の専門家の教授と話し合った。彼女は、イランに住みながら、女性の人権や子どもの人権の問題など、幅広く人権問題と関わってきたが、障害者の人権に関しても大変興味を示しており、「ぜひ、今後この問題に前向きに取り組む」意思を表明してくれた。彼女は政府にもその活動を評価させることに成功した、国際的な人権問題専門家だけに期待が持てる。

国連が障害者の権利条約に取り組み出したのは、2001年12月19日の決議案56/168が採択された今から約5年前である。しかし、テヘラン大学法学部の中にある人権センターにおいては、その前年の2000年11月に、現地の国連開発計画事務所と共同で(国連開発計画のプロジェクトとして)、障害者の人権に関する訓練を開催した*7。このプログラムの第2弾の訓練は、2001年の6月に首都を離れて西アザベイルジャン県のウルマイヤで開催された。まさに、先を見越した積極的な人権活動である。

まとめ

今のイランにとって、障害者の権利条約が採択されたことは、よい機会である。現在、欧米の多くの国から制裁を受けているイランにとって、国連(国連の開発ウィング)は残された唯一とも言えるパートナーであり、イランが国際社会との対話に参加するための手段でもある。障害者の権利条約は間違いなくこのプロセスを円滑にする。さらに、伝統的に、イランは障害者の人権に関しては積極的であった。サービスの内容もこの地域ではモデルとなるくらい秀でている。アフガニスタンやタジキスタンなど、イスラム教の隣国はイランをお手本にする傾向にある。イランが今後どのように取り込むかは、イラン国内だけではなく、南―南協力を通して、この地域一帯に影響を与えると思われる。イランが国際社会の責任あるメンバーになるように促進するためには、制裁するばかりが最適手段ではないかもしれない。障害者の人権と言ったソフトな分野においてこそ、今後、2か国間の、そして民間同士の交流が期待される。本稿を読んだ方も、ぜひそのような機会を提供してほしいと願っている。

(ながたこずえ 国連本部国際開発協力政策課シニア経済担当官)

(本稿で表明された意見は筆者個人のものであり、国連や国連開発グループを代表するものではない。また、筆者の仕事とも直接関係はない。)

*1 開発と障害の視点からみると、国連組織に関する限り、開発活動を担い、実際に資金と権限を持つUNDPが障害のメインストリームに取り組まない限り、あまり実効性は期待できない。

*2 筆者がインタビューした国連UNICEFやUNDP国連開発計画の上級職員や現地職員たちの意見を参考にした。

*3 Purchasing Power Parity(PPP)adjusted GDP/capita.その国の物価を考慮しているので本当の豊かさを示すGDPと考えられる。

*4 この統計は、イランの国連が発表した統計。United Nations Common Country Assessment(CCA)2003, United Nations Resident Coordinator Office,Teheran,Iran.

*5 現在、署名をした86か国の中には、イランも日本もまだ入っていない。

*6 イランの多くのNGOは、実際は、政府の下部組織であるGovernmental NGO,すなわちGNGOであり、現地では、面白半分にゴンゴと発音している。筆者は初めて聞いた単語である。

*7 Human Rights Training and Research(2002),University of Teheran, Faculty of Law and Political Science, and United Nations Development Programme.