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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年6月号

第2次「十年」への日本の貢献:APCDプロジェクト

伊藤奈緒子

はじめに

日本の政府開発援助(ODA)の技術協力を実施する国際協力機構(JICA)は、2002年8月よりアジア太平洋障害者センター(AsiaPacific Development Center on Disability:APCD)プロジェクトを通じて、障害者のエンパワメントとバリアフリー社会に向けた取り組みを積極的に支援している。

国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の2002年総会では、第1次「十年」の理念や成果を引き継ぎ、第2次「十年」を推進する地域センターの設立について決議がなされ、新十年の政策指針「びわこミレニアム・フレームワーク(BMF)」においても、その実行戦略の一つに“APCDとの連携”が明示されている。

日本とタイ政府は、APCD設立のために共に検討を重ねイニシアチブをとり、2002年よりJICAとタイ社会開発人間安全保障省を通じて技術協力プロジェクトを実施し、2003年の日本政府の無償資金協力によって、バンコク市内王宮近くのタイ国有地に研修施設を含むバリアフリーなAPCD建物を建設した。

APCDプロジェクトを通じた「十年」への貢献

APCDは国連ESCAPと協力関係にあるが、独自の理念をもち実践活動を展開する。具体的には、途上国の障害者をエンパワーし、彼らがコミュニティの障害をもつ仲間をエンパワーし、さらに多様な関係者と連携しながら社会のさまざまなバリアを軽減・除去することを促進する。そのため、BMFの優先課題の中でも特に、障害者自助団体の育成、物理的環境や情報コミュニケーション技術(ICT)のアクセシビリティ、貧困削減、女性障害者にかかる活動を多く含み、コミュニティに根ざしたアプローチを取る。

概して、過去5年間の技術協力プロジェクトを通じてAPCDは、32か国約180の政府機関やNGOとフォーカルポイントまたはアソシエート団体としてのネットワークを築き、ニュースレターやウェブサイトを通じて彼らへの情報支援を行い、約25の国際研修を通じて500人を超える関係者がコミットメントを高め、実践に必要な知識と技術を習得した。ちなみに、APCDに派遣されたJICA短期専門家の大半は障害を有する日本人有識者であり、彼らが途上国の障害者への具体的な技術協力を行ってきた。

このようなプロジェクトを通じて、現在、APCDの対象国では、次のような成果やインパクトが出現し始めている。

(1)障害者の“ピア・サポート”を推進

APCDでは、タイ、マレーシア、パキスタン、フィリピンのアソシエート団体を対象に、障害者のピア・カウンセリングと自立生活(IL)にかかる技術協力を行ってきた。障害当事者だからこそできるピア・カウンセリング、言い換えれば、障害をもつ仲間(Peer)への傾聴と共感は、多くの障害者の心を解放し自尊心と自信を回復させ、積極的に自分らしく生きることを可能にしている。

APCDの元研修員たちは、コミュニティの関係者と協力し家庭訪問を行い、重度障害者を探しだし、ピア・カウンセリングを行い、自立生活のためのプログラムを提供して、尊厳と自由をもってコミュニティで生活できるよう支援している。そのような取り組みにあたっては、コミュニティの人々や行政による前向きな理解と協力を取り付けることを重視している。

現在、前述の国々では複数の県にてILセンターが始動し、タイとパキスタンでは、それらILセンターを調整する協議会も設立されている。

また、パキスタンでは、2005年10月の大地震を通じて多くの女性が身体障害者となり、このことを受けてAPCDは、2006年3月のIL研修に戦略的に女性リーダーを複数招聘した。ピア・カウンセリングをはじめ必要な技術を習得し帰国した彼らは、ILセンターの職員としてピア・カウンセリングを実践し、2006年12月にはAPCDと連携し、被災地の女性障害者を対象としたピア・カウンセリング研修を実施した。

(2)コミュニティに根ざした障害者の組織化と貧困削減

障害者やその家族の自助組織化はBMFの優先課題の中核であり、APCDも、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムを中心にコミュニティに根ざした障害者の自助グループづくりを支援してきた。これら途上国において障害者の多くは地方農村地帯に居住し、経済的に大変貧しく、教育機会をはじめ情報コミュニケーションや交通手段は大幅に限られている。そのため、障害者は自分の村の他の障害者と連携し、障害種別を越えた“クロス・ディスアビリティのグループ”をつくることが、現実的で効果的な自助のあり方である。

自助グループでは、自分たちの悩みや有用な情報を共有したり、手工芸品や畜産などの共同作業・販売を通じて収入向上を行い、もし障害によって偏見や差別を受け、村民としての平等な機会が奪われているならば団結して自分たちの権利を主張し、またグループ内で、小額の基金を設立してメンバーへの貸付を実施している。

前述の国々では、障害者団体の認可や全国組織化は政治的事由により決して容易ではないが、コミュニティにおける障害者の自助と参加促進については前向きな支持が見られる。たとえばラオスでは、女性の元研修員が中心となり首都郊外で自助グループを結成し、機織りを通じたメンバーの収入向上やコミュニティでの障害啓発などを積極的に行うが、社会主義の地方行政は協力的で、コミュニティ全体の貧困削減に貢献していると同グループを高く評価している。

前述の国々の“地域に根ざしたリハビリテーション(CBR)”プログラムにおいても、APCDの働きかけによって、障害者の自助グループ育成が重視・強化されてきている。そして、障害者の代表がCBRの企画・実施・評価に参加すること、障害をもつ子どもの家族の自助グループを組織することも進められている。そこでは、CBRが障害者を中心とした社会開発の一戦略となっている。

(3)障害者団体と政府機関等との連携促進

当該地域の途上国では依然、政策づくりや実施において障害者団体を重要なパートナーと見なし、定期的な会合を設けているところは希少で、実際APCDが現地で仲介するまで、障害主管省の責任者が国レベルの障害者団体代表と面識すらないこともしばしばある。

このような背景の下でAPCDでは、国内の障害啓発が十分ではなく政府と障害者団体の連携が未発達で、また既存の障害者団体間の協調が少なく、草の根での障害者グループが育成されていない国を対象に、障害者自助団体育成セミナーを実施してきた。これは、セミナー開催国の障害主管省が自国の障害者団体と協力し、約5日間の国際セミナーを準備・実施するものだが、彼らが連携するプロセスが重要であり、APCDはそれを側面から支援してきた。

このようなプロセス重視の協力事業を通じて、ベトナム、パキスタン、パプアニューギニアにおいて、政府と障害者団体との強いパイプが築かれ、国内の障害者団体間の協調が進み、草の根レベルの自助グループも増え強化されている。また、パキスタンでは、同セミナーをきっかけに元研修員の障害者団体は世界銀行との関係を築き、セミナー後、震災地でのILプロジェクトのために同銀行の社会開発基金を通じて支援を受けることになった。

軍事政権のミャンマーにおいても、APCDの元研修員が関わるヤンゴンとマンダレーのろうグループがAPCDの政府フォーカルポイントと連携し、統一手話をつくることになりJICAが協力を行うことになっている。これは、日本のODAを受けてミャンマー政府が障害者グループと連携し実施する初めてのプロジェクトであり、大変画期的だが、今後紆余曲折も想定されるため、APCDとしては引き続き彼らの連携を促進していく。

(4)障害当事者によるアクセシビリティの普及

BMFでも述べられているとおり、障害者が自ら物理的環境や情報コミュニケーションにかかる専門的な見地を身に付けることで、それらアクセシビリティの推進がより効果的になる。APCDでは、建物・交通機関及びICTのアクセシビリティに関わる団体と連携し、主に障害をもつ担当者を対象に技術協力を行ってきた。

たとえば、“視覚障害者のICT指導者育成研修”では、卒業生の大半は盲人であり、彼らの多くは現在、インドネシア、フィリピン、バングラデシュ、スリランカなどで他の視覚障害者を対象にコンピューター研修を実施し、自国の障害者のICTへのアクセス向上に貢献している。また、インド、インドネシア、フィリピンなどの“障害者に優しい街づくり研修”卒業生は、自国の地下鉄、バス、市庁舎、銀行、ショッピング・センターなどのバリアフリー化に果敢に取り組んでいる。

フィリピンでは、APCDの政府フォーカルポイントと元研修員、そしてJICAが連携し、2007年度より地方農村地帯のバリアフリー化プロジェクトを実施する。そこでも、草の根の障害者リーダーがアクセシビリティの知識を身に付け、啓発活動を実践していく。全盲の建築士である元研修員は、フィリピン最大のショッピング・モールを運営する大手企業に対しても技術支援を行っており、現在、その多くのショッピング・センターがバリアフリーとなっている。

(5)APCDネットワークと南―南協力の促進

APCDはBMFにおいて、関連団体間のネットワークを構築し、有用な情報共有を促進することが期待されている。実際に、これまでAPCDでは約50団体を対象にアクセシブルなウェブサイトの作成を教授し、彼らのサイトをAPCDのサイトにリンクさせ広域な情報共有を図っている。また、APCDの元研修員は、自国において同窓会を立ち上げたり、他国の元研修員やリソース・パーソンとメイリング・リストを通じて情報交換を継続しており、さまざまなレベル・分野でのAPCDネットワークが広がりつつある。APCDの元研修員の中には自国の草の根レベルでリソース・パーソンを務める者も多く、また、すでに10人以上の元研修員がAPCD国際研修のリソース・パーソンとして活躍し“南―南協力”に従事している。

APCDネットワークの主対象はアジア太平洋地域であるが、同様に開発途上国を有するアフリカ、アラブ、中南米など他地域へも広がりつつあり、APCDとESCAP共催の南―南協力セミナー等を通じて、当該地域の経験を広く彼らと共有している。

結びにかえて

2007年8月から開始される第2フェーズ・プロジェクトでは、APCDネットワークをより効果的で継続発展可能なものにすることに力点を置き、フォーカルポイントやアソシエート団体がAPCDでの学びの普及や活動の強化を行い、互いに連携して、さらに障害者のエンパワメントとバリアフリー社会を促進できるよう支援していく。

APCDネットワークの特徴は、途上国の障害主管省から草の根の小さな障害者グループをも含有し、国際機関や民間セクターをも巻き込んでいる点にあるが、第2次「十年」の後半は、そのようなネットワークをさらに活性化させインパクトを導いていく。また、ラオスをはじめ障害者法制定への協力を継続し、当該地域において障害者の権利条約を推進し“権利に基づく社会づくり”に大きく貢献していく。

(いとうなおこ APCDプロジェクト、JICA専門家(障害者研修開発担当))