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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年7月号

ワールド・ナウ

マレーシア・ペナン州における知的障害者事情

田中絹代

はじめに

筆者は、1997年にマレーシアに青年海外協力隊として派遣され、その後、マレーシア人と結婚、作業療法士として知的障害児・者への支援に携わってきた。2004年に、次男がダウン症という障害をもって生まれたことが、マレーシアの障害者問題を見つめ直すきっかけとなった。現在はフルタイムでは働いていないが、ペナン州のAsia Community Service(以下ACS)*1の協力を得て、調査や障害者の親たちとの実践活動を続けている。

本稿では、2006年に行った知的障害者関連の団体への訪問調査、知的障害者とその家族へ聞き取り調査などから、ペナン州の知的障害者問題の現状と今後の課題、解決に向けた方策をまとめる。

マレーシアの概観

今年の8月、英国からの独立50周年を迎えるマレーシアは、東南アジアに位置し、日本とほぼ同じ面積の国土に、約2700万人が住んでいる。マレー系66%、中国系25%、インド系8%、その他1%といった異なる宗教と言語を持つ多民族で構成されている。公用語はマレー語であるが、英国植民地の影響で英語も広く話されている。ただ各民族の得意な言語が異なるため、複数の民族が集まった時、一つの言語だけでコミュニケーションがとれないことも多い。

マレーシアの障害者登録は任意制で、社会福祉局に登録されている障害者は約17万人である*2。登録すると、障害者カードが発行され、公立病院での無料の医療、福祉機器の補助などが受けられる。2002年、障害者団体が中心になって障害者の機会均等を保障する法律の草案がつくられたが、正式な法律制定には至っていない。

ペナン州の知的障害者福祉の現状と課題

ペナン州は、古くから貿易が盛んで、英国や日本などの植民地時代から半島マレーシア北部の拠点として栄えてきた。観光都市としても有名であるが、近年は、産業の工業化が進んでいる。

2005年の統計によると、ペナン州には13,542人が障害者登録しており、そのうち知的障害者は4,276人である。現在、知的障害児を対象とした特殊学級は、ペナン州の公立初等学校19か所、中高等学校に6か所ある。また、労働局には障害者の就労を支援する部門があるが、「他の障害はともかく、知的障害者が就労できるとは思えない」と口にする担当者もおり、知的障害者に対する理解は乏しい。

一方、公的な障害者支援に比べ、マレーシアではNGOが先駆的な役割を担ってきた歴史がある。ただ、筆者が、2006年9月に、ACSの協力を得て、ペナン州の知的障害者関連の団体への訪問調査を行った結果、そのNGOにも課題が多いことが分かった。また、親の会と知的障害者当事者の会への訪問調査も同時に実施したので、合わせて報告する(表1:施設名は記号で表示)。

表1 訪問調査を行ったマレーシア・ペナン州の知的障害者関連団体

組織名(人数) (設立年)主なサービス内容・特徴など
<NGO:学齢期の教育>
Hセンター (約80名) (1964年)3歳-18歳の知的障害児
D学校 (約80名) (1969年)3歳-18歳の知的障害児
<NGO:訓練・就労支援>
Bセンター (18名) (1986年)工場の下請け 賃金RM10-50
Jセンター (44名) (1992年)工場の下請け・多いリサイクル業への就労 賃金RM35-55
Eセンター リサイクル部門(16名) (1997年)リサイクル 賃金RM200-300 男性のみ
Eセンター 訓練部門(18名) (2001年)工場の下請け・パン屋や食堂などへの就労支援
SSセンター(19名) (2000年)手織り・染色・リサイクル等 賃金RM60-70
SMセンター(20名) (2004年)リサイクル・工場などへの就労支援、グループホームの準備中
<親の会>
D協会 (約300名) (1999年)月例会議・週1回のボーリングや水泳活動・啓発週間
S協会 (約50名) (2002年)講習会の共同開催・親への情報提供
<当事者の会>
Mクラブ(9名) (2005年)月例会議・日帰り旅行やパーティーなどの企画と実施

*他に、社会福祉から手当RM200が支給されている。ちなみに高卒の初任給はRM800程度

学齢期の知的障害児に対する教育機関は、NGOが運営する通園センターの他に、1990年代後半から公立学校の特殊学級の数が増え、ほとんどの知的障害児は教育を受けることができるようになってきた。一方、青年期以降の支援機関は、数、質共に十分とはいえない。職業訓練を目的に開設されたいくつかのNGOは、一般就労が困難な知的障害者への対処に苦慮し、作業所へとその機能を移したところもあった。NGOですでに賃金を得ている知的障害者も多いが、社会福祉局から受けとる就労障害者への手当を合わせても、その金額は極めて少ない。リサイクル業をしているNGOでは賃金は比較的高かったが、男性に限定していた。

ACSが2005年に実施したペナン州在住の16歳以上の知的障害者を対象にしたアンケート調査(回収率は38.2%)で、回答が得られた218人のうち、48.2%にあたる105人の知的障害者が在宅であった*3。回答が得られなかった残りの知的障害者を含めると、相当数の知的障害者が自宅で過していると考えられる。青年期以降の知的障害者に対する支援の充実は急務といえる。

ペナン州の親の会として、1999年にダウン症協会、2002年に自閉症サポート協会が組織化されている。それぞれ、職業訓練センターや作業所の設立も構想の中にはあるが、具体的な話し合いはいまだ行われていない。また、実際に活動しているのは一部の親たちに限られているという、共通の課題もあった。

一方、ペナン州における知的障害者の当事者活動は、2005年に始まったばかりである。農村部にあるSSセンターで働くメンバーたちが、マレーシアの首都で当事者活動を行っている組織の役員との交流をきっかけに活動が始まった。月1回、週末に会議を行い、ダンスパーティーなどを実施してきた。また、活動資金を増やすため、お菓子やはがきなどの販売を開始した。今後、都市部にあるセンターを訪問し、当事者活動への参加を呼びかける予定だという。SSセンターのスタッフが交代で支援を行っているが、同じ組織以外の支援者の確保が今後の課題である。

知的障害者の家族側に立つことで見えてきた課題と方策

以上、ペナン州の知的障害者の現状は厳しいといえる。筆者は、この現状を変えていくためには、親や家族が大きな鍵を握っていると考えている。ところが、多くの団体で聞かれたのは、“センターを保育所だと思っている”“協力的でない”という親や家族に対する批判的な意見であった。実は、筆者も、以前は同様の感想を持っていた。しかし、実際に自分がその親の立場になって初めて気づいた家族側の問題は大きかった。

以下、親や家族への聞き取り調査や親たちとの実践活動から明らかになってきた課題と方策を挙げる。

まず、第一の課題は、親や家族の知的障害者の能力に対する低い評価である。“仕事に就けるとは思えない”“正しい決定はできない”という多くの意見が聞かれた。職業訓練にしろ、就労支援にしろ、知的障害者の“できること”を親や家族が十分に認識できる工夫が必要である。

第二の課題は、サービス提供団体への不信感である。“障害者の状態に合った支援をしてくれなかった”と在宅を選んだ家族、“訓練内容に不満があったけれど口にできなかった”と語る親もいた。サービス提供側が親や家族の意見を受け止め、支援内容の向上に還元できる関係づくりが求められる。

そして、第三の課題は、地域社会に対する不信感が根強いことである。“外に出ると変な目でみられる”“普通の職場で受け入れてくれるとは思えない”という意見の根底には、社会の差別にさらしたくないという意識が見える。地域社会への働きかけこそが求められている。

第四の課題は、マレーシアでは、親や家族同士の一致団結が難しいことである。親の会に出席しているのは、教育レベルも高く、経済的に安定している親ばかりである。その話し合いの中で、行動を起こそうとしない他の親たちが批判の対象になることも少なくない。しかし、会議が英語で行われていれば、英語に精通していない親たちは、参加するのに躊躇するであろう。また、社会保障制度が十分でないマレーシアで、自分たちの老後と障害をもつ子どもの将来への不安を抱える多くの親たちが、親の会の活動よりも経済活動を優先するのも当たり前といえる。それぞれの家族の特性とニーズが異なることを認め合いながら、協力できることを模索していく必要がある。

おわりに

昨年7月にACSが開催した家族フォーラムの後、問題意識の強い親たちが月1回ほど集まり、青年期の知的障害者の支援充実のための話し合いを続けている。会合に出席しなくなった親もいるが、方策を考え、実行に移そうとする親たちの態度は、筆者の想像以上であった。これまでに、講習会の開催や首都への見学ツアーなどを行ってきた。見学ツアーは、親の会、NGOスタッフへ参加を呼びかけ、参加者同士だけでなく、首都で奮闘している親たちとの交流の機会となった。

雇用機会の拡大、職業訓練の充実、社会的活動の支援、具体的な目標は見えてきている。もちろん、仕事があるため活動に費やす時間の制限、民族の違いで参加に躊躇する親や家族の存在、何を優先すべきか決められない、といった課題は依然として残る。しかし、親・家族同士のネットワークの広がりが、知的障害者の充実した地域生活に向けた大きなパワーになっていくことは確信している。

(たなかきぬよ マレーシア在住・作業療法士)


*1 ACSのWebサイト http://www.asiacommunityservice.org/

*2 マレーシア社会福祉局Webサイト http://www.jkm.gov.my

*3 Asia Community Service(2006) ”EXPLORING THE ISSUES OF PwIDs IN ADULTHOODA report on situation of people with Intellectual Disabilities in Penang” p15