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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年8月号

ほんの森

句集 喜憂刻々
花田春兆著

評者 由利雪二

文學の森
定価(本体2,500円+税)
〒169-0075
新宿区高田馬場2-1-2
TEL 03-5292-9188
FAX 03-5292-9199

晩く来た働き盛り

花田春兆、車椅子の俳人。障害のある者たちの伝記作家。総理府障害者対策本部参与。春兆は、さまざまな表情を持つ。その彼が原点に立ち返り、句集『喜憂刻々』上梓した。

一読し、膝を叩いて喜んだ句があった。

晩おそく来し働き盛り熟れざくろ

私が衰えていくのにますます元気。歳をとらないのじゃないかとさえ思う。自らを邪鬼に擬えた句が結構並ぶ。邪鬼なれば止むを得ない。邪鬼の句のうち、私は次の句が好きだ。

虹の輪を縄跳びの輪に春の邪鬼

春兆本来の抒情性が出ていて楽しい。この邪鬼は、好々爺の表情をしている。

春兆は、もともと人を傷つけることが嫌いで、その優しさが凝ると次のような作品になる。

母子来て水唄ひだす花わさび郭公の遠き谺のなほ消えず

こんな句を作りながら、障害者運動の先頭に立ってきたのだから、彼の詩精神の合切袋には何が入っているのか計り知れない。

国内だけにとどまらず、海外にまで足を伸ばす元気さである。

ノートルダム養護学校

夏芝にサッカーの子ら陰翳持たず

かつて春兆は「引き返す道あるのみを卒業す」と詠った。その身をフランスの地に置き、障害のある子たちの活動を眺めているのである。これは旅行者の目ではない。しかし、中国を訪れた時の句は旅人の視線での作だ。

狼煙台北は枯れゆく風ばかり

最後に忌日の句を二句。

泉にむすぶ手の倦まざるも草田男忌

春兆を玉たらしめたのは、中村草田男先生である。掲出句は、「天日無冠仰ぎて詩友と泉辺に 草田男」と呼応する作品である。草田男先生を幾度か私の車の助手席にお乗せしたが、そのたびに伺った春兆の才能と障害についてのお話は今も心に残っている。

木歩忌の風かき消えし水の上

墨田川を風が渡ってゆく。この河畔で関東大震災の日、富田木歩は命を落とした。水も風も人ももう帰ってこない。臼田亜浪先生の筆による木歩句碑は、三廻神社の境内にある。

夢に見れば死も懐かしや冬木風 木歩

春兆は、富田木歩伝である『鬼気の人』をはじめ障害のある者たちの命について筆を走らせてきた。晩く来た働き盛りをさらに伸ばし、彼らを顕彰する稿を重ねてほしい。

(ゆりゆきじ 「からまつ」主宰)