音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年9月号

雇用・就労における人的支援の現状と課題
地域での支援を通して人とネットワークを育てることが大切

野中由彦

人的支援がますます重要に

わが国は、だれもが職業を通して社会参加のできる共生社会の実現を目標に掲げている。「福祉から雇用へ」の流れは、既定路線となり、今後ますます進むであろうし、また、着実に進めていくことが求められている。雇用・就労における人的支援の重要性は、いよいよ増してきている。

人的支援は、過去を振り返ると、「指導・訓練・教育」が、1980年頃から「援助」に、そして現在では「支援」というように変わってきた。このことは、支援する側から障害のある人々の方へ中心軸が移ってきたとも言える。主体は障害のある人なのだという了解が浸透してきている。

雇用・就労支援の組織と人材

地域で雇用・就労の人的支援を行っている機関としては、職業紹介機能を持ち、かつ事業所と日常的に接点があり、しかも全国津々浦々にネットワークを持つ公共職業安定所(以下「ハローワーク」という)が中心である。

ハローワークでは、就職促進指導官が障害のある求職者の就職問題を担当している。他に、拠点となるハローワークには、精神障害ジョブコンサルタント、障害者専門支援員、職業相談員(障害者職業相談担当、障害者求人開拓担当)、手話協力員が配置されている。ハローワークは、かなり前から、求職者の技能、職業適性、知識、希望職種、身体能力等の状況に基づく「ケースワーク方式」による職業指導を人的支援の基本方針にしている。

障害者職業センターは、ハローワークと密接な連携をとりながら、職業評価、職業指導から就職後のアフターケアまで職業リハビリテーションを専門的・総合的に実施する専門機関である。地域障害者職業センターでは、障害者職業カウンセラーが中心となって人的支援を展開している。障害者職業カウンセラーは、職業相談(職業カウンセリング)、能力・適性等の評価、職業リハビリテーション計画策定等の直接的な支援の他に、地域で障害のある人々の雇用・就労を達成するためのコーディネートの役割も担っている。

雇用・就労の人的支援では、ジョブコーチをすぐにイメージする人も多いはずだ(ジョブコーチの法律上の正式名称は職場適応援助者という)。ジョブコーチは、障害のある人および事業主に対して、雇用の前後を通じて、それぞれの状況や障害特性を踏まえて、直接的・専門的な支援を行う。

ジョブコーチは地域障害者職業センターのジョブコーチ、第一号ジョブコーチ(福祉施設型)、第二号ジョブコーチ(事業所型)に分けられる。平成19年3月現在で、全国で842人のジョブコーチが登録されている。

他の就労支援機関では、障害者就業・生活支援センターによる支援が拡大している。障害者就業・生活支援センターは、就業面と生活面の支援を一体的に行うとのコンセプトで設置運営されているものである。平成18年度では、110か所が設置・運営され、就職件数は約3600件、職場訪問による定着支援は約6万1千件となっている。厚生労働省は、障害者就業・生活支援センターを2011年度までの5年間で、400か所に増やす方針である。

また、旧来の職業能力開発や職業前訓練等も非常に重要な人的支援と言える。他に、福祉機関や医療機関でも、自ら雇用・就労の人的支援を行うところが増えてくると予想されている。

地域の中で連携を

雇用・就労支援では、仕事に就き安定した職業生活を得るまで、必要な人的支援が必要なタイミングで必要なだけ途切れることなく提供されることが大切である。支援者が替わっても、駅伝のようにスムーズに連続していくことが必要である。あらためて指摘するまでもなく、やはり地域での関係機関の連携が基本である。

最近、地域の中で支援者の間で情報を共有するのが、個人情報の保護との関係で難しくなってきたと聞く。難しい問題があるが、ここはあくまで利用者が主体であり、利用者の利益を最優先させることが肝要だ。雇用・就労支援の場面でのプライバシーの保護に関して、利用者を主体とした新しい倫理を確立することが急務である。

雇用・就労の人的支援では、IPS(Individual Placement and Support:個別職業紹介とサポート)が注目されるようになるだろう。IPSとは、医療・保健・福祉・就労が一体となった多職種チームにより、一人ひとりに対して、チームアプローチとケアマネジメントの手法を用いて職業生活を支援しようという、この上なく濃密な人的支援である。この究極とも言える方法が世界標準になるだろうという説もある。

地域の中で関係する支援者が一つのチームを作って動くことのメリットは計り知れない。それぞれの支援者が持つ理(専門的知識・情報)と技(具体的なノウハウ)が共有され、利用者に役立てられる。支援者自身が孤立したり、情報を遮断されたりすることなく、支援することを通して地域の中にとけ込み、人脈を獲得し、豊かになっていくことが大切である。

働く場にナチュラルサポートを

雇用・就労の人的支援の最終の形は、ナチュラルサポートだとする考え方がある。ナチュラルサポートとは、字のごとく自然な支援ということだが、具体的には、障害のある人と一緒に働く人がごく自然に必要な支援をすることを言う。こうした人は一般に「キーパーソン」と呼ばれる。キーパーソンは、専門家である必要はないし、専門性を身に付けていることを前提ともしていない。最終的にキーパーソンが人的支援を担当することになるとすれば、どのようにキーパーソンを育てるか、いかにその資質を高めるかが鍵となる。

この点で、精神保健職親会の企業が実践している方法が大いに参考になる。その方法のエッセンスは、物理的に目の届く範囲に何でも相談できる支援者を配置するというものである。よい意味で「子を見守る親」のようなイメージの人的支援であり、典型的なナチュラルサポートの成功例とも言える。

日本の企業は、障害のある人の雇用・就労の人的支援でも、すでに優れた実践のノウハウを有しているところも少なくない。しかしながら、このノウハウが多くの企業に共有されているとは言い難い。これからは、雇用・就労の人的支援に関して企業の間での情報交換を進めることも課題となるだろう。

最近は、障害者の雇用・就労の場面にも、コーチングの理論と技術を導入しようという考え方が注目されている。コーチング理論の特徴は、利用者が中心であり主体であることをいろいろな場面で徹底することである。障害者の専門家として特別の訓練を受けたことのない人でも、コーチングという入り口からならば入りやすいし、支援も適切なものとなることが期待できる。

支援者が安心して取り組めるように

人的支援を安定した良質なものにするには、人的支援に携わる人々の生活が成り立っていることが前提となる。この点、障害児教育の領域では先を行っている。

盲・聾・養護学校の在学者数および教員数をみると、約10万5千人の在学者に対して、約6万5千人の教員が配置されている。教員一人あたりの在学者数は約1.6人である(平成19年版障害者白書から)。在学中はこれだけ濃密な人的支援が、多くの場合、卒業と同時に貧弱なものになってしまっているのが現実だ。この状況は、障害のある人々の長期的なニーズに対応しているとは言い難い。教育と同様に、あるいはそれ以上に卒業後の職業を通した社会参加の重要性や意義を認識しあい、支援方法や支援体制等についての研究を進めることが必要である。

人的支援はその名のとおり「人次第」という色彩が強く、結局は人材育成が原点である。欧米には職業リハビリテーションの専門職を養成する大学講座も多く、大学院レベルの高等教育も充実している。一方、アジアには日本も含め職業リハビリテーションの講座は全く無いと言ってよいほどである(わずかに最近、韓国に一つだけ設置されたという)。

わが国でも、大学・大学院で職業リハビリテーション専門職を養成するようにすることが急がれる課題である。地域にしっかりした職業リハビリテーションの専門職が増えていけば、家族やちょっとした志のある人々が身近な専門職のアドバイスを受けながら気軽に安心して、しかも一定の質を維持しつつ支援できる地域社会を作っていくことができるだろう。

(のなかよしひこ 障害者職業総合センター職業センター開発課長)