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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年9月号

移動における人的支援の現状と課題
―視覚障害者の支援を中心に

日比野清

障害者自立支援法の地域生活支援事業等で公的に「移動支援」と言うときの対象者は、1.屋外での活動に著しい制限のある視覚障害者及び視覚障害児、2.全身性障害者及び全身性障害児(ただし、重度訪問介護サービスの提供を受けている者を除く)、3.知的障害者及び知的障害児または精神障害者(ただし、行動援護サービスの提供を受けている者は除く)を意味しているが、本稿では、1の視覚障害者(視覚障害児を含む。以下同じ)に対象を限定し、言及する。

生命の危機と隣り合わせの移動・歩行

視覚障害者にとって移動や歩行、コミュニケーション、日常生活動作の遂行は多大な制限や制約・不自由を伴うものである。なかでも、行きたい時に、行きたい所へ自由に行くという「移動・歩行」に関して、単独での遂行は不安と恐怖を伴うとともに、この領域に制限や制約が加えられると、フラストレーションだけでなく自立心を失わせることにもなる。また、それらを乗り越えて、単独歩行している視覚障害者は、常に生命の危険にさらされていると言っても過言ではない。

現在、視覚障害者の移動や歩行の方法としては、1.白杖による歩行、2.盲導犬による歩行、3.白杖または盲導犬と電子歩行補助具を併用しての歩行、そして、4.人による誘導(手引き)による歩行(ガイドヘルプ)があるが、4については、単独歩行が可能・不可能な視覚障害者に関わらず最も多く活用される方法であり、これなしには移動や歩行の保障はありえない。

視覚障害の程度、あるいはその人の能力や適性がどうあっても、まず最初に移動や歩行の不自由を可能な限り解決していくリハビリテーション、すなわち生活訓練の一課程としての歩行訓練が重要である。それは、単独歩行を最大限可能にするだけでなく、その人のこれからの人生を切り開いていく原動力ともなるからである。しかし、すべての視覚障害者が同じように単独歩行が可能になるわけではなく、また、視覚障害のためにどうしても他者の援助や支援が必要となることもある。そのときに有効な手段となるのがフォーマルなサービスであり、さらにはインフォーマルなサポートである。

フォーマルサービスとしての移動支援事業の地域間格差

今、フォーマルなサービスとして物議をかもしているのが、障害者自立支援法の地域生活支援事業の中の「移動支援事業」である。

他の地域支援事業と同様に、「人口割り」と「事業実績割り」によって算出された補助金を、国が予算の範囲内で2分の1以内を補助することになっている「移動支援」の目的は、「屋外での移動に困難がある障害者(児)について、外出のための支援を行うことにより地域での自立生活及び社会参加を促すこと」とある。

移動支援事業の実施主体は、市町村であるが、事業の一部(サービス実施の決定、費用負担区分の決定を除く)を指定障害福祉サービス事業者、その他市町村長が適当と認めた法人等に委託することができるとなっている。しかし、各市町村に視覚障害者のニーズを充足できるだけのサービス事業者が十分あるかどうかが問題であり、従来からボランティア活動として行っていたグループや当事者団体(視覚障害者協会等)が指定を受けるケースが増加しているが、今なお十分な供給体制が整備されたとは言えない。

委託を受けた事業者が行う移動支援の内容は、「余暇活動・社会参加のための外出支援」、「社会生活上不可欠な外出支援」と規定されているが、余暇活動の内容と言ってもそれは至って個人的な主観であり、社会生活上不可欠な外出とは具体的にはどのような外出を意味しているのかなど、だれがどのように判定するかが問題である。

事業の実施に当たって移動支援を受けようとする障害者等は、緊急を要する場合は例外として、事前に「移動支援事業利用申請書」を居住地の市町村長に提出し、サービス提供の要否を決定してもらわなければならない。市町村長は、利用者の身体その他の状況及びその置かれている環境を十分に勘案して、サービス決定時間、利用期間、利用者負担額等を決定する。しかしこれも、この移動支援事業が施行されてから1年も経過しないうちに、すでに各市町村によって対応が異なってきており、特に利用者負担額に関しては負担ゼロから経費の1割負担までと、さまざまである。すなわち、移動支援事業については、他の地域生活支援事業と同様に、地域間格差が激しくなってきている。それは社会福祉の平等性から考えて問題ではないだろうか。

インフォーマルサポートの移動支援活動

人が外出するときは、予測を立ててその準備をしてから出かけるのが通常であるが、多くの外出理由が必ずしも事前に想定できるものではないのも事実である。また、リフレッシュのために散歩をすることなどはよく見られるケースである。そのような状況にこの移動支援事業が即応しやすいか、個々の視覚障害者のニーズの充足のために十分効果が予想できるサービスかなどを検討していくと、多くの問題点を含んでいると考えざるをえない。

移動支援におけるインフォーマルなサポートとして、従来からよく活用されてきたのがボランティア活動である。その市町村エリア内だけを対象に活動してきたグループや全国を対象に活動してきたグループなど、現在でも多くのさまざまなグループが活躍している。いわゆる社会福祉の補充性・代替性・即応性といった観点では目を見張る功績があったと言えよう。これらのボランティアグループの活動は、視覚障害者の現実的なニーズの充足、緊急性や即応性等を考えると、フォーマルなサービスとしての移動支援事業に比べれば、その有効性は高いと言わざるをえないであろう。

しかし、視覚障害者の移動や歩行の保障と言った観点で考えると、ボランティアグループだけに依存するわけにはいかない。わが国の場合、当面の間は、移動支援をフォーマルサービスとインフォーマルサポートによって保障していかなければならないのが現状である。北欧のスウェーデンでは、確か月20時間は自己負担なしで必要な視覚障害者にガイドヘルパーが派遣されている。このサービスは原則的に制約なしで利用可能であり、たとえば余暇活動として映画館に行った場合、そのガイドヘルパーの交通費はむろん、入場券代まで支給される。いちがいに北欧風のやり方が良いというのではなく、その国の文化や倫理、国や地方自治体が実施しているサービスの在り方や保障の仕方によって、その国のあるべきサービスを検討していかなければならないということである。

ひと声気軽に掛け合えるノーマルな社会を

移動支援におけるインフォーマルサポートで忘れてはならないこととして、親類や家族をはじめ一般市民のそれについても言及しておかなければならない。単独歩行している視覚障害者にとって、特に初めて行く場所等では、行き交う人のサポートがとても重要かつ有効である。

最近でこそ視覚障害者の誘導法を各種のマスコミで知ることが多くなり、違和感なく手を差し伸べてくださる方が多くなってきたものの、なかにはいまだ偏見や差別的な事象さえ起きているのも現実である。高度な知識や技術ではなく、素朴に「もし、よろしかったら何かお手伝いしましょうか?」という声かけをするだけで視覚障害者はずっと楽になるはずである。誘導の必要があるときには気軽に依頼することができるようになるし、ちょっと視覚を借りたいときにも依頼しやすくなるからである。「視覚障害者が困っていたら声をかけましょう。」などと書かれてあるポスターがあるが、それは専門的に視覚障害者の移動や歩行について学ばれた人は別として、判断しにくいものである。

社会の方々がひと声かけることにより、視覚障害者に「障害のある人・ない人、すべての個人が一人の人間として尊ばれ、分け隔てなく共に生きる社会がノーマル(当たり前)」というノーマライゼーションの思想を共有しているかを、どれだけ実感してもらえるか計り知れないのである。

(ひびのきよし 佐野短期大学社会福祉学科教授)