音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年9月号

情報―聴覚障害者の支援を中心に

西滝憲彦

1 日々の暮らしの中から

最近、考えさせられたのはNHKの緊急災害放送でした。能登半島地震(3月25日)も新潟中越沖地震(7月16日)も同じパターンですが、字幕のない緊急放送が正午のニュースの時間になると字幕がつき、ニュースの時間が終わると字幕が消えるのです。聴覚障害者の気持ちを逆なでする機械的で中途半端な姿勢と好対照に、CS障害者放送「目で聴くテレビ」の緊急災害放送では、初めから終わりまで字幕と手話通訳がついています。情報保障に対する姿勢の違いもあるでしょうが、「目で聴くテレビ」が聴覚障害者に緊急情報を伝えようとする情熱を持った積極的なリアルタイム字幕入力者(ボランティア)を抱えており、全国どこからでもインターネットで字幕入力が可能なシステムになっているからでしょう。

最近、うれしかったことは参議院選挙比例区の政見放送ですべての政党に手話通訳がついたことです。今まで一部の政党だけだったので、比例選挙に限れば今回こそ手話通訳つき政見放送元年です。日本手話通訳士協会の皆さんが聴覚障害者の参政権を保障するために積極的に取り組んでいただいたおかげです。

このように情報最前線のテレビ放送においても、字幕入力者や手話通訳者の協力が無ければ、テレビは聴覚障害者にとって放送の機能も役割も果たしえません。聴覚障害者支援の精神と情報やコミュニケーション伝達の技術をもった人々を社会も私たちも必要としているのです。

2 自由なコミュニケーションを求めて

聴覚障害者集団が自らの言語である手話を市民に広める運動を始めたのは昭和40年代からです。各地で聴覚障害者協会が主体となって手話教室が行われ、手話サークルが続々生まれました。国の手話奉仕員養成事業開始や全日本ろうあ連盟の手話単語集「私たちの手話」発行などと相まって、手話は燎原の火のように広がります。全国手話通訳問題研究会も結成され、両集団が車の両輪になり、手話通訳の公的保障を求めて各地で行政交渉を行い、その成果として自治体に雇用される手話通訳者も増えていきます。

また、全日本ろうあ連盟は一定の知識や技能に到達した人を認定手話通訳者として登録し、都道府県での手話通訳登録試験も実施され、平成元年に厚生労働大臣公認の手話通訳技能認定試験による手話通訳士が誕生します。このような当事者が中心となった支援者の養成や資格化の流れは、自由なコミュニケーションを求める聴覚障害者集団にとって必然的なことであり、手話通訳者集団との固い絆も培われ、他に例を見ない連帯関係を創りだしました。

3 障害者自立支援法の状況

コミュニケーション支援事業として、手話通訳派遣事業が市町村の必須事業となりました。応益負担を柱とする障害者自立支援法に組み込まれた事業であるため有料化の不安もあり、聴覚障害者団体と通訳者団体は「コミュニケーションは基本的人権」の立場で統一した運動を全国で展開しました。その結果、ほとんどの市町村で無料の手話通訳派遣制度の実施となっています。ただ、内容的には手話通訳士・手話通訳者・手話奉仕員の登録派遣制度が中心です。まず手話通訳士・者を市町村が雇用し、一人ひとりの聴覚障害者のニーズに対応し、同時に登録通訳者の派遣コーディネーターとして事業を円滑に効果的に実施する体制を求めていますが、この面では十分な状況にはまだまだ至っていないのが現段階です。

また、都道府県から委託や補助を受けて実施してきた都道府県協会や手話通訳派遣センターなどの手話通訳派遣事業が障害者自立支援法により相当な打撃を受け、事業の実施が困難にさらされているところもあります。都道府県が主に人材養成などの基盤整備部分を受け持ち、市町村がサービス提供を担う障害者自立支援法では、従来の県レベルでの派遣事業は、委託打ち切りや補助金カットなどによる消滅の危機に瀕しているのです。市町村の枠を超えた通訳保障や高度の専門的知識と技術を要する通訳派遣は、聴覚障害者の生存権をも守るものであり、障害者自立支援法の見直しによる存続が求められています。

4 人的支援の現状

手話による人的支援を障害者自立支援法の地域生活支援事業実施要綱では1.手話通訳士、2.手話通訳者、3.手話奉仕員と羅列されていますが、それぞれについての人数は、厚生労働省「障害者・児の地域生活支援のあり方に関する検討会資料」(2004年3月)によると1.厚生労働大臣認定試験合格者(手話通訳士)1,215人、2.都道府県実施の認定試験合格者(手話通訳者)約3,600人、3.手話奉仕員養成研修事業により登録された者約13,000人となっています。1は本年度1,555人に増えており、2・3についても増大傾向は間違いなく厚生労働省の集約と公表が待たれています。

また、それぞれの人的支援業務の内容は、日本手話通訳士協会「手話通訳士及び手話通訳者の役割、業務の明確化に関する検討事業」(2007年5月)の事業所調査によれば、裁判所、警察署からの要請で行う手話通訳派遣は手話通訳士51.4%、手話通訳者11.8%と両者に顕著な差が見られることが報告されています。一方、学校からの要請で行う手話通訳派遣では、手話通訳士18.9%、手話通訳者32.4%となっています。このことからも司法などの専門性の高い分野に手話通訳士が派遣されていることがうかがい知れます。ただ、障害者自立支援法においては1・2・3の役割が明確にされていません。全日本ろうあ連盟はこの現状を過渡的なものと考えています。

医療・福祉・労働・教育・司法・政治・放送・文化など生活のすべてに手話通訳を保障するためには養成体系や資格試験、業務内容などを定めた「手話通訳士法」(仮称)を制定し全国格差をなくし、基本的人権の守り手にふさわしい報酬と地位と雇用の確立を提言しています。

5 インフォーマル支援として

手話通訳に関する公的な人的支援の状況は以上に述べましたが、聴覚障害者が不自由することなく人生を過ごすために、身近なところでコミュニケーションの通じる人間関係が大切になります。全国隅々の手話サークルが、おしゃべりや交流ができ、急なときや困ったときに支援していただける大切な社会資源になっています。

また、情報機器の発展に伴い、文字による支援も新しい段階に入りました。今まで電話のたびに周囲にお願いしていたことも、携帯電話の文字メール機能により自力で処理することができるようになりました。手話が通じず疎遠だった人とも文字によるやりとりで会話が可能になりました。さまざまな外部の情報も伝わってきます。中には災害時に貴重な情報を届けていただけることもあります。この場合も、基本は良好な人間関係にあり、「情報が不足して困っているだろう」と咄嗟に手を差し伸べてくれる手話サークルの皆さんの好意が聴覚障害者にとってはとてもうれしいです。

6 今後の課題

手話を中心とする人的支援についての状況を主に紹介しましたが、聴覚障害者全体の24.6%が筆談や要約筆記、15.4%が手話や手話通訳によるコミュニケーション手段を用いる実態(障害者・児の地域生活支援のあり方に関する検討会資料、2004年3月)を考えると、要約筆記通訳制度が大切な位置にあり、全日本難聴者・中途失聴者団体連合会や全国要約筆記問題研究会も養成や派遣事業の拡充に向けて重点的な取り組みを行っています。

全国で格差なく情報・コミュニケーションの人的支援を受けるために、都道府県・市町村の障害者計画で手話通訳や要約筆記通訳の養成や派遣の目標数値をしっかりと定め、必須事業として、聴覚障害者の生活や社会参加の全場面への負担金なしでの派遣の制度にすることが当事者団体の役割であり課題です。

(にしたきのりひこ 全日本ろうあ連盟手話通訳対策部長)