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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2007年9月号

1000字提言

住まいのプロは

糟谷佐紀

住まいは、すべての生活の基盤である。安心して睡眠でき、安全に家庭生活を送れる住まいがあってこそ、仕事や学校、遊びといった社会での活動ができるのである。特に障害が重度である障害者にとって自律生活ができるかどうかは住まいで決まると言っても過言ではない。

リハセンターで勤めていた時に、新築の相談に乗ったことがある。ご主人が三肢欠損で義手義足使用、奥様が片マヒで杖使用というご夫婦である。奥様が考えた図面を手に、「トイレと浴室の寸法だけ教えてほしい」と言われた。さまざまな障害対応のモデルプランは多く提示されているが、異なる障害のご夫婦が共に使いやすい寸法を簡単には答えられない、詳細な話を聞いて動作も見せてほしいと言うと、帰られ、翌週、設計者を連れて来られた。そして、トイレと浴室の寸法だけ教えてくれたらすぐ工事にかかるから早く教えてと言われた。

住環境整備についてモデルプランを紹介することはあるが、整備方法はすべての人に良い方法というのはなく、選択を間違えると逆にバリアとなりかねない。建築士は設計のプロだが住まいのプロはそこで暮らす人であるから、住まい手の話をよく聞き、普段の生活を見せてもらうことが一番であると、必ず伝えるようにしている。

住まいのプロとして、障害者は特に多くの要求があるのではないかと思っていた私に、このご夫婦の対応は衝撃的であった。私の経験では、障害者にとってトイレと浴室は特に重要で、最大限の配慮をしなくてはならない場所であったからである。このご夫婦は、これまでにトイレや浴室で不都合を感じたことはないのか?今の家に対する不満はないのか?といろいろ考えてみた。

今、住宅はつくるから買う時代となっている。住宅は商品であり、自分の要望に近い商品を選択する。そして、その商品に生活を合わせていくのである。たぶん、このご夫婦もこれまで障害も含めて住宅に合わせてこられたのであろう。いざ自分に合わせた住宅をと言われても、戸惑うのが当然かもしれない。私は、ご夫婦ともに障害者ならトイレや浴室への要求が高いはずという、私の先入観を恥ずかしく思った。言葉どおり聞くのではなく、言葉に隠された真意を読みとり、その解決方法を提示するのがプロであると、かつて設計者として働いていた時の上司の言葉を思い出した。

その後、ご夫婦と設計者と共に、実物大のトイレと浴室を作り動作検証しながら今の住まいでの問題点、工夫している点などを聞き出し必要な寸法や設備を決めていった。最後にご夫婦は、私が寸法だけを即答できなかったことを理解してくださった。

(かすやさき 神戸学院大学総合リハビリテーション学部)