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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年1月号

第17条 Protecting the integrity of the person
人としての完全性とその不可侵性の保護

関口明彦

1 「integrity」をどう訳すか

外務省はこれ(タイトル)を、平成19年6月の障害者の権利条約推進議員連盟の席で配った暫定訳で、「人格の完全性の保護」としていたが、現政府仮訳では、「個人が健全であることの保護」としている。integrityを完全性と訳すか、健全と訳すかについて比較すれば、明らかに完全性のほうが良い。どうしたら健全などと訳せるのか不思議だ。が、いずれも問題がある。問題は裁判規範性に関わる。政府仮訳が出た後で慌てて、世界の仲間から送ってもらった英文によると、integrityは確かにwholenessを意味するが、つまり障害者が完全な人間として、多様性や個人のユニークさや、内なる才能を祝福されるのだが、同時に、integrityはwholenessを尊重される権利である。これが17条で使われている意味だ。

たとえば、日本が他の国から勝手に国民を連れ去られたときは日本のintegrityが侵されたという。その国の主権が侵されるということは、障害者にとってはその主体が侵されるというのと同じだ。この条文は、障害者が何人からも、精神、身体、プライバシー、尊厳、社会関係を干渉されないことを意味する。17条は、条約交渉過程からいうと15条の拷問禁止に関わる部分から強制医療に関する議論が分かれたのが元になっている。条約交渉の経緯を見ても強制医療廃止の文脈から見なければならない。手続き規定を書くべきという意見や、公衆衛生といった語句が入っていた草案もあったのだが、それらは書き込ませないということで、世界の障害者が戦ったのである。

裁判規範性を考えると、長野英子が主張したように、integrityは不可侵性と訳すのが最も適している。すなわち、人としての完全性とその不可侵性の保護、となる。この原則に立つならば、たとえば以下のような行動は許されなくなると英文は述べている。

  • 人格や行動を変えるための強制医療
  • 強制的施設収容
  • 強制不妊手術
  • 服を奪い、あるいは与えないこと
  • 日記や詩を盗みあるいは、燃やすこと
  • 隠しカメラなどで、室内やベッドルームを探ること
  • 無理やり食べさせあるいは、食べさせないこと
  • リスクを知らせずに危険な医療行為を行うこと
  • 望まないのに強制的な医療を行うこと
  • 医療を選んだ人に情報抜きで医療を与えないこと
  • 個人的接触や友情や関係を禁じること
  • 強制的集団訓練、洗脳や教え込み
  • 障害が奇妙であるがゆえに障害者を公衆にさらすこと

2 健全では意味が逆になりかねない

もし、健全という訳を認めると、あなたは心身が不健全だから介入しますよということが起きかねない。医療が必要という理屈も立つ。問題はどちらの視点で見るかによる。障害者の視点から見るのが、障害者の権利に関する条約である。周りのだれかの視点から見るのでなく、周りがどう見ようと、それは多様性であり、ユニークさであり尊重すべき才能なのだ。健全といった瞬間それは、障害者の視点ではなくなる。このトンデモ訳だけは、直させなければならない。裁判になったとして、「個人が健全であることの保護」では、だれかが健全であることはこうだと主張すれば、それのみを保護すればよいことになる。あるがままの障害者が人として完全であり不可侵であるということが重要なのだ。

3 医療との折り合いについて

まず世界的に見て障害者は人口の10%ぐらいといわれる。欧米ではもっと多い例も散見されるが日本では、人口の約5%になっている。厚生労働省の患者調査によれば、精神障害者は302万人。このうちには当然、精神障害ではあるが患者として医療による治療可能性のない者は入っていないと見るべきだし、また長期に渡らない者も入っている可能性がある。が、後者については精神障害者の必要条件は満たしており、長期というのは十分条件ではないので(国連のFAQによれば障害者には、1条で……を含む、となっている以上より幅広い定義を採用することは許される)、おおむねこの数字でよいと思われる。

さてこのうち非自発的治療を受けているのは、入院患者約33万人とすれば、そのうち7万2千人以上が入院を要しない社会的入院であるから、全体302万人の1割以下であることは、容易に推測できる。問題はこの1割以下の精神障害者に対しての扱いが全体の扱いとして議論されることの、異様さである。当初入院を経験していると考えても、そのすべてが強制入院では無いだろうし、強制入院であってはならないはずである。条約には強制入院に対する適正手続きは書き込まれなかった。その結果として、17条は簡潔で短い文章になっている。これは、強制医療の適正手続きを書いた瞬間に精神障害者の人権が恒久的に侵害されると考えたWNUSP(世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワーク)の努力の成果である。日本における入院者数は人口1万人に対して27.8人である一方、OECD諸国では最高で約14人である。心神喪失者等医療観察法の対象者は年間400人に満たない。しかも、精神障害者の再犯率が高いという事実はない。302万人が同じ目で見られてよいわけが無い。本人のため、と称してむやみに強制医療に結びつけるのは、厳に慎まなければならない。

(せきぐちあきひこ 全国「精神病」者集団運営委員、日本病院・地域精神医学会理事)