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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年1月号

批准に向けての課題
―「合理的配慮」と「国際協力」―

高嶺豊

障害者の権利を守るためには、障害に基づく差別を禁止する法制度が重要になる。そこで、何が差別で何が差別にあたらないかの議論が今後必要になってくる。日本においては、どちらかというと「差別」は、情緒的に捉えられがちであるが、法的な拘束力を持つためには、差別的な行為が明文化されなければならない。

障害者の権利に関する条約では、差別の定義に合理的配慮の欠如を明記した。これはもともと、米国で、1973年のリハビリテーション法修正の時に追加された504条を実施するために新たに採用された概念である。504条は公的部門から障害を理由にした差別を禁止するものであった。それが1990年制定の「障害のあるアメリカ人法(以下ADAと略す)」へと受け継がれた。であるから、この概念は、米国において、障害者差別を表す重要な概念ですでに30年以上にわたって使われてきた。

今回、この概念が、権利条約に書き込まれたことは、「合理的配慮」が、国際的にも、障害者の権利や差別を論じるのに重要な概念であることが証明されたことになる。では、本条約で「合理的配慮」が、どのように位置づけられているかを見てみよう。

本条約第2条の定義において、障害を理由とする差別には、「あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。」とある。また、「合理的配慮とは、障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。」とある。

この概念は、ADAにおいては、雇用の問題で如実に取り上げられている。ADAによると、障害者が雇用される場合、合理的配慮として、職場をバリアフリーにすることや、また、仕事の再編や勤務日程の調整、必要な補助具の購入、朗読者や手話通訳者の配置などが含まれており、これらの配慮は、雇用者の過度の負担にならない範囲で行うことと定められている。

また、過度の負担にあたるかどうかの判断は、事業主体における雇用者の数、施設の規模、財源等もろもろの条件を加味することが決められている。

ところで、本権利条約においては、「合理的配慮」は、定義以外に、第5条平等及び差別されないこと、第14条身体の自由及び安全、第24条教育、第27条労働及び雇用において、5回述べられている。このことは、「合理的配慮」が、労働・雇用の分野を越え幅広く適応されることが求められていることが分かる。

障害者の社会参加は、社会のさまざまなバリアによって妨げられているといわれている。このようなバリアを無くすための配慮がなければ、社会への参加は達成できない。その意味で、合理的配慮をどのように受け止めるかは、今後の日本において、本条約を批准する時に重要な意味を持つものと思われる。

日本では、合理的配慮という概念はあまり馴染みがないが、具体的な定義づくりが進められる必要がある。一つ懸念されるのは、「均衡を失した又は過度の負担を課さない」という文言をどのように解釈するかで、合理的配慮の範囲が決まってくることである。この文言が拡大解釈されれば、合理的配慮の範囲が狭められる可能性がある。

ADAでは、過度の負担とは、企業が事業自体を変えなければならない、あるいは、事業自体をやめてしまわなければならない危険がある場合のみを言うといわれている(レックス・フリーデン「ADAの衝撃」)。日本でもこのように厳格な定義づけができるかどうかが、本条約の批准に向けての今後の大きな課題となると思われる。

さて、筆者が、懸念するもう一つの課題は、国際協力の分野である。本権利条約の特色として、国際協力が含まれたことだといわれている。

第32条には、「国際協力(国際的な開発計画を含む。)が、障害者を受け入れ、かつ、障害者にとって利用可能なものであることを確保すること。」と謳(うた)われている。日本は、ODA(政府開発援助)大国である。最近は、国際協力機構(JICA)や国際協力銀行(JBIC)の障害支援活動が、盛んになっている。JICAにおいては、2002年よりタイ政府と協働で、バンコクにアジア太平洋障害者センターを設立し、域内の障害者や関係者の研修事業や情報発信事業に取り組んで、多大な成果を挙げている。また、JBICは、円借款事業で行われる鉄道等の大型インフラ事業にアクセシビリティを包含する取り組みを積極的に進めている。これらの動きは、権利条約が国連で採択されたことでますます活発になってくると思われる。

しかし、障害支援分野の国際協力では、日本の当事者団体の参加は、欧米に較べて少ないと思われる。国内においては、今障害者自立支援法の改正に向けて、障害者団体は結束を強めており、その運動は大きなうねりとなりつつある。また、条約の批准に向けて政府との交渉も焦眉の課題であるが、これらの問題に正面から取り組むことにより、日本の障害者団体の結束はさらに高まることが期待される。

このように結束された力が、今後、障害分野の国際協力事業にも向けられる時期が来ることを期待したい。そのためには、現在さまざまな団体がばらばらに実施している国際協力事業を、たとえば日本障害フォーラムの下に国際協力部を設置して、そちらで取りまとめて行うことが考えられる。そのことにより、事業のマネジメント能力が高まる。モデルはすでに多くのヨーロッパの国々に見られるからそれを参考にするとよいだろう。

(たかみねゆたか 琉球大学)