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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年1月号

市区町村首長

宮古市長(岩手県)
熊坂義裕(くまさかよしひろ)

国民が変わることなしに福祉国家はできない

人は必ず病気になり障害をもち、やがて死にます。またいつどこで災害や事故に遭遇するか分かりません。病気や障害のある隣人は、自分の将来の姿なのです。医師として500例以上の死亡診断書を書いて得た実感です。

いざというときのために、国民の誰もが安心できるセーフティネットを構築することこそが、国の最大の使命であることは論を待ちません。同様に自治体も、地域住民の安心と安全を保障することが最大の責務であると考えます。

宮古市は、過去に多くの津波災害犠牲者を出した経緯から住民同士の絆が強く、協働の精神のもとに福祉のまちとして独自の施策を展開してきました。だからこそ敢えて発言しなければならないことがあります。

それはセーフティネットが十分ではないと自治体が感じた場合に、いくら国や県の定めたサービスに上乗せや横出しをしたり、地域のボランティアやコミュニティが活躍したとしても、決して根本的な解決にはならないということです。なぜなら地方分権が進展したとはいえ、自治体は国の社会保障政策の枠組みの中でしかやりようがないからです。

では、日本のセーフティネットは国民の期待に叶っているのでしょうか。多くの国民は、介護や障害の分野では制度発足から日が浅いこともあり、制度の不備を感じながらも、「医療は国民皆保険制度で守られているのだから大丈夫だ」と思っているのではないでしょうか。

実は医療も崩壊目前です。医師が極端に不足しているからです。日本の人口当たりの医師数は、世界192か国中63位(2006年)です。原因は、医療費抑制という国策にあります。対GDP(国内総生産)比で見た医療費はG7(先進7か国)中最下位です。

国民の経済活動で得た果実は国民の安心・安全のために支出されるべきと考えますが、経済大国日本において、医師不足という事態が起きたことは悲しむべきことです。改正介護保険法や障害者自立支援法に不満が募るのも、最初に財政ありきという国策が誤っているからです。

日本には命より経済が大切だと考える人が多いようです。介護保険と障害者支援の統合の議論が起きた際、「若い世代は障害者となる確率が低いから保険になじまない」とか、「若い世代が被保険者になると企業の負担が増えて景気が悪くなる」といった意見が多かったことからもそれがうかがえます。

私は医療現場あがりの人間なので、セーフティネットが保障されるなら保険でも税方式でもどちらでも構わないと考えていますが、福祉に経済を合わせるのではなく、経済に福祉を合わせる政治家や官僚のいる国、そして携帯電話には月に1万円や2万円を平気で使いながら、障害のある隣人(将来の自分)には月に僅か1千円や2千円を供出できない国民の住む国に幸せな未来は来ないと思っています。