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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年3月号

フォーラム2008

ソーシャル・ファームのヨーロッパとアジアにおける動向と取り組み
―ソーシャルインクルージョンを目指して

野村美佐子

はじめに

2008年1月20日、全社協灘尾ホール(千代田区)において、障害者の就労を推進する手法として「ソーシャル・ファーム」に関する国際セミナーが約200人の参加を得て開催された。本テーマは、日英高齢者・障害者ケア開発協力機構と日本障害者リハビリテーション協会が共催するセミナーの中でここ数年間、継続して取り組んでいる。

ソーシャル・ファームとは、ソーシャル・エンタープライズと呼ばれる社会的企業の一つの形態である。ソーシャル・エンタープライズが一般企業と違っているのは、「基本的には社会的な目的を持ったビジネスで、事業で得られた利益は、株主や事業主の利益を最大限に増やすためでなく、主にその社会的な目的のために、ビジネスあるいはコミュニティに再投資される」(注1)という点にある。

今回のセミナーでは、ソーシャル・エンタープライズとソーシャル・ファームについてヨーロッパにおける最新の動向と取り組みについて、英国とドイツから専門家を招聘して講演をしていただいた。またアジアにおいて、いち早くソーシャル・エンタープライズの普及に取り組み始めた韓国の現況について、韓国の講師よりお話をいただいた。

続いてこれらの話をベースとして、今回招聘を行った外国の講師と基調講演を行った炭谷茂氏(日本休暇村理事長)、そして寺島彰氏(浦和大学教授)を加えて、参加者とともに日本でのソーシャル・ファームのあり方について、パネルディスカッションが行われた。さらに、ミャンマー出身の講師から、軍事政権化にあるミャンマーの障害者の状況と雇用について語っていただき、開発途上国でのソーシャル・ファームの可能性についても言及した。

以下セミナーについて、諸外国のソーシャル・エンタープライズとソーシャル・ファームの取り組みに焦点を当てて報告をする。

ドイツでの取り組み

昨年のセミナーでは、ドイツにおけるソーシャル・ファームは、国からの障害者に関わるさまざまな補助金制度とFAFによるビジネス支援の利用により成功していったことを学んだ。今回のセミナーでは、ドイツのソーシャル・ファームの支援機構、FAFg GmbH(以下、FAFと呼ぶ)所長であるペーター・シュタードラー氏に、ドイツでのソーシャル・ファームの成功のポイントについて、FAFの設立と活動、そしてソーシャル・ファームの具体的な事例に焦点を当てながら講演をしていただいた。

FAFは、1985年に精神障害者に関わるリハビリテーションとその活動に関わるトップのマネジャーが中心となって設立し、現在ドイツの5都市に事務所が置かれている。非営利の有限会社で、障害のある人を社会に統合するための戦略としてソーシャル・ファームの普及に努めている。1987年から1992年の間にフロイデンベルグ財団から約200,000マルクの助成を受けて50社が結成され、現在は700社ある。1996年にはドイツ、ソーシャル・ファームのロビー活動をする団体としてソーシャル・ファーム連盟(BAG)が立ち上がり、FAFの株主となった。

FAFの業務は、ソーシャル・ファームに関する相談、品質向上のためのモニタリングやベンチマーキングを行い、ネットワークを構築することである。また評価および資格認定セミナーやワークショップ等を開催することで普及に努めている。

国からソーシャル・ファームに関する調査を依頼された時には、FAFは、「ソーシャル・ファームが障害者の統合を目指した新しい手法であり、障害を持っている人のリハビリテーションや資格取得、福祉産業分野で大きな可能性がある」という報告を行った。また障害者への給与を支払う点では補助金を必要とするが、ソーシャル・ファームは、税金と社会保険費を国の機関に支払い、その額は、ソーシャル・ファームに提供される補助金の額よりもずっと多いという調査結果も示した。

この結果を受け、政策や行政の担当者は、ソーシャル・ファームに補助金を払うことが投資になると納得し、2000年にソーシャル・ファーム関連法が制定された。

これにより、ソーシャル・ファームの従業員の25%から50%が障害者であるために生じる損失を公的補助で埋めることになった。その結果として、ソーシャル・ファームは、立ち上げ資金の支援が受けられ、障害者の給与補助金制度が受けられるようになった。

最後に、シュタードラー氏は、ドイツにおける企業との連携、地域に密着したスーパーマーケットのフランチャイズの例などさまざまなソーシャル・ファームの事例を紹介し、「最初のソーシャル・ファームの立ち上げは、複雑なプロセスが必要だが、いったん始まると、相乗効果が期待でき、ほかでも開くことができ、何か所かの店舗が協力することもできる」と述べ、日本での応用を奨励した。

英国の取り組み

英国のリンクスジャパン代表、フィリーダ・パービス氏には、政府の「福祉から雇用への政策」と社会改革として注目される第三セクターに焦点を当てて、英国でのソーシャル・エンタープライズおよびソーシャル・ファームに関する動向について講演をいただいた。

英国政府は、公共サービスの提供における第三セクターの重要性について明確に認め、2006年の夏に、内閣府の一部として、内務省の旧ボランティア・コミュニティ・セクター・ユニットと旧貿易産業省(現ビジネス・企業・規制改革省)のソーシャル・エンタープライズ・ユニットを合併して、第三セクター局を新たに開設した。この動きにより、ソーシャル・エンタープライズは、現在、英国全土で55,000社存在し、全体で270億ポンドの売り上げを上げ、成長を続けている。

第三セクターの中でも、障害者の雇用に熱心に取り組んでいるソーシャル・エンタープライズであるソーシャル・ファームは、その目的ゆえに、注目を集めている。またその支援機構として、ソーシャル・ファームUKについても活動が期待されている。

しかし、実際のところ、普及が進んでいないように思える。パービス氏は、その理由として、英国がドイツとは違い、ソーシャル・ファームに対する賃金補助制度がないなど体系的な必要条件が整えられていないことをあげ、多くの支援制度があるソーシャル・エンタープライズのより広い枠組みの中でソーシャル・ファームが発展していくだろうと述べている。つまり、障害者の雇用だけに限ることなく、イタリアやドイツと同じように、労働市場において不利な立場にあるすべての人を対象としたソーシャル・エンタープライズやソーシャル・ファームが発展することが期待されている。

韓国でのソーシャル・エンタープライズの取り組み

韓国でのソーシャル・ファームの取り組みについては、ソウル崇実(スンシル)大学・社会福祉大学院院長のチョン・ムソン氏に講演をしていただいた。ソーシャル・エンタープライズの概念は韓国でもきわめて新しく、1997年と1998年に韓国経済が金融危機に見まわれた後に注目されるようになったそうだ。前述の理由に加え、少子化、核家族、情報格差により、経済政策と社会政策の結合が考えられ、2007年の1月には、アジアで初めてのソーシャル・エンタープライズ法が制定された。

この法律の目的は、持続可能な雇用創出と質の高いサービスの提供であり、効率的なビジネスの慣行を実施し、同時に地域社会に好ましい影響をもたらすことが狙いである。この法律により、伝統的な企業と伝統的なNPOの目標を二つ合わせたような組織が設立され、福祉と仕事、福祉と雇用をリンクさせるという新しい政策が導入された。

現在、55社のソーシャル・エンタープライズの登録がある。国は、これらの企業の立ち上げの際には、運営費や設備費を支援した後、税控除、金融支援、経営、コンサルティングなどを行い、適切な賃金を支払うための財政的支援も行うことになる。しかし政府の支援は3年間に限定されるので、企業は収益を上げることが必要になってくる。

チョン氏は、韓国では、現在、大統領の交代で誕生した新しい政府により、伝統的な福祉ではなく仕事・雇用を重視した福祉が進められていくと述べた。今後、大学やビジネススクールで、社会企業家の育成プログラムが盛り込まれ、サポートネットワークシステムの推進などが考えられている。

ミャンマーでのソーシャル・ファームの可能性

パネルディスカッションの中でミャッカラヤン氏のプレゼンテーションがあったが、ソーシャル・ファームをミャンマーで普及していくには、関係者の理解を得ること、特に実践に当たっては政府や関係団体の理解や協力も必要になると語った。また活動資金や人材確保などの問題があり、成功するかどうかは政府の対応にかかっていると強調した。

まとめ

パネルディスカッションでは、日本におけるソーシャル・ファームの可能性についてフロアも含めて熱心な討議が行われた。炭谷茂氏は、日本において2,000社のソーシャル・ファームの開設、そしてそのための協議会設立をするという提案を出された。

今回のセミナーをきっかけに、ドイツ、英国、韓国とのネットワーク化を図ることで、日本でのソーシャル・ファームの普及が大きく前進し、ミャンマーなど開発途上国での取り組みが始まることを期待したい。

なお、今回のセミナーの報告は、障害保健福祉研究情報システム(DINF:www.dinf.ne.jp)に掲載予定である。

(のむらみさこ 日本障害者リハビリテーション協会情報センター)


注1)2002年、英国貿易産業省・社会企業ユニット発行「社会企業-成功への戦略」より抜粋。