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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年5月号

「3年後見直し」にあたっての基本視点

藤井克徳

1 大規模改正は必至

障害者自立支援法(以下、自立支援法)には、その附則で「政府は、この法律の施行後3年を目途として、この法律及び障害者等の福祉に関する他の法律の規定の施行の状況、障害児の児童福祉施設への入所に係る実施主体の在り方等を勘案し、この法律の規定について、障害者等の範囲を含め検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」という条項がある(第3条1項)。いわゆる「3年後見直し規定」と言われているものである。当初、施行後3年目に当たる2008年に改正を図り、2009年度より改正法が実施されるのではとする見方もあったが、結局は2009年の通常国会で改正法が上程され、施行から5年目に入る2010年度が改正法の実施年度ということになりそうだ。

こうしたスケジュールを念頭に、厚労省は準備を開始した。去る4月23日には2年余ぶりに社会保障審議会障害者部会(部会長は、潮谷義子氏)が再開し、これと関連しながら「今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会」ならびに「障害児支援の見直しに関する検討会」などが開かれている。予定通りに運べば今秋から年末にも中間的な報告がなされ、その後の最終答申を経て、年明けの通常国会開会後の早い時期に改正法案が閣議決定ということになろう。

問題は、改正の幅と深さがどの程度になるのかということである。普通に考えれば、附則第3条に明記されている「……障害者等の範囲を含め検討を加え……」(第1項)がポイントになるのであり、せいぜい同じく第3条にある「……就労の支援を含めた障害者等の所得の確保に係る施策の在り方について検討を加え……」(第3項、ただしこの項には「3年を目途として」の表記はない)ぐらいが「見直し」の対象ということになるのであろう。

ところが、こうした条文で記されている事項の「見直し」では収まらないのではという見方が急浮上している。施行後の2年足らずのうちに二度にわたって大規模な修正が加えられたことは周知のとおりであり、もしこれらを継続しようというのであれば、小幅な見直し程度では成し得ないのである。二度にわたる大規模修正というのは、1.障害者自立支援法円滑施行特別対策(以下、特別対策・2006年12月発表)、2.障害者自立支援法の抜本的な見直しに向けた緊急措置(以下、緊急措置・2007年12月発表)で、いずれも本来の形としては、法改正を前提としなければならなかったはずである。しかし、施行直後の時点での法改正ともなれば、政府や与党としては制度設計の失策を自認するも同然であり、さすがにこうした印象を与えるのは辛かったのだろう。結局は、二度ともいわゆる予算措置(行政裁量)という荒技で乗り切ったのである。与党の中からさえ、「予算措置で継続していくには無理がある」との声が少なくなく、「3年後見直し」の中での大幅改正は必至とする見解が強まっているのである。

こうしてみていくと、少なくとも当初の「3年後見直し」のイメージではなく、かなりの規模の改正作業になりそうだ。一つの有力な見方としては、特別対策や緊急措置の恒久化を含め、利用料制度(利用者の負担減)や報酬制度(事業者の運営費増)を中心に改正を図ろうというものである。

もう一つの見方もある。それは民主党など野党が主張している、自立支援法の真髄である「定率負担制度」(いわゆる応益負担制度)の撤廃を基本としたそれこそ抜本的な見直しの方向である。前者が、現行法の枠内見直しであるのに対し、後者は自立支援法の事実上の廃止と同意義であり、新たな立法体系づくりということになろう。厚労省による今後の改正作業は前者を前提に行われることになろうが、障害当事者や関係団体の中には後者への支持や期待も根強いものがある。

2 統合策の呪縛から解き放たれて

自立支援法の行方は、今後の政治動向などとも関連しながら、なお不透明な状況にあるが、いずれにせよ、改正論議が高まっていくことは間違いなさそうだ。現実にも、行政府と立法府(政党レベルを含む)のそれぞれで改正作業が始まっている。以下、本稿に述べることは、改正の形がどのようになるにせよ、改正の論議や具体的な作業の基調に据えてほしい事柄である。

そこで、最初の作業として、現時点で自立支援法の本質が何であったのかを顧みておきたい。この点で触れておかなければならないのが、関係者の一部で言われている「自立支援法の理念は正しい」というとらえ方である。その根拠となっているのが第1条(目的)の「……もって障害者及び障害児の福祉の増進を図るとともに、障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的とする。」であり、加えて三障害の統合策の実現や市町村責任の明確化なども「理念の正しさ」の拠りどころとなっているようである。目的条項の文言を含めて、これらのみを問うとすれば、まさしく「正しい」の一言に尽きる。しかし、問われるのは、立法化の背景や動機が何であったのかである。すなわち自立支援法の本質を見極めることであり、それをベースに個々の条項や施策をみていくことなのである。もし本質に誤りがあるとすれば、どんなに優れてみえる文言も美辞麗句と化してしまうのであり、逆に本質に曇りがなければ、優れた文言はいよいよ魂が込められることになるのである。本質的な評価を抜きに、字面のみで「理念の正しさ」を断ずるのは、あまりに軽薄と言わざるを得ない。

ではこの法律の本質が何であるのかであるが、この点については現時点でほとんど論を待つことはなさそうである。すなわち、障害保健福祉分野における公費抑制政策であり、障害分野を越えての社会福祉全体に関わる中心的な「福祉見直し策」でもあったのである。しかも手が込んでいたのは、単純に租税からの支出を減じようというだけではなく、障害保健福祉政策を「保険方式」に組み入れようとする考え方をとったことである。具体的には、高齢者介護保険制度との統合策を想定したことであり、途中の保険料支払い年齢引き下げ策の頓挫などの影響で完全統合は成らなかったものの、それでも「統合策準備法」の性格を強く帯びるものになっている。

施行後の混乱の多くは、この公費抑制政策と深く関連するのであり、介護保険制度と基礎的な枠組みを合わせているところに由来する。応益負担制度しかり、いわゆる「日額方式」などの成果主義の導入しかりである。障害程度区分基準からくる矛盾も同様である。

自立支援法の改正に当たっては、こうした本質的な問題を徹底的に除去していくことであり、障害保健福祉政策関連予算のあるべき姿を問うていくのと合わせて、少なくとも介護保険との統合策の呪縛からは解き放たれなければならない。

3 まずは2年間の検証を

ここで、もう少し具体的な点で、改正作業への注文をつけておきたい。紙幅の都合もあり3点に絞る。その第一は、施行後の2年余について、できる限り詳細で正確な検証を加えることである。少なくとも、1.利用者の負担増の実態(利用料のみならず食費などの負担を含めて、基礎年金の実質的な目減りがどうなっているかなど)、2.報酬単価の変化に伴う事業者の実態(日額払い方式や常勤換算方式などによる影響、職員確保の困難さなど)、3.障害程度区分基準や判定方法の妥当性、4.個別給付事業と地域生活支援事業の区分けの妥当性、5.施設体系の再編(次第に複雑化の様相にあるが)による影響、6.障害福祉計画と社会資源の増量策(基盤整備)との相関性、7.退院・退所(入所施設)促進の進行状況などは、必須の検証事項となる。

信頼される検証としていくためには、国ならびに都道府県レベルでの「検証委員会」(仮称)の設置が不可欠である。言うまでもなく、その委員は行政による恣意的な構成であってはならない。また、「検証委員会」は広く障害当事者や事業者から実態を集約できる仕組みを備えておく必要がある。厚労省において、すでに審議会(障害者部会)が始動しているが、緊急に審議会と関連させながら「検証委員会」を設置すべきである。

第二は、基礎データを集積することである。基礎データの不備については、自立支援法の制定過程(それ以前の審議会の段階からも)でも再三にわたり指摘されていたことである。わけても、1.障害のある人々のニーズ把握(特に重度障害者、入院・入所の障害者に力点を置きながら)、2.いわゆる「谷間にある障害」と言われている人々の実態、3.個々の生計や収入状況、4.市町村における障害関連社会資源の設置状況(有効値にあるかどうかを含めて)、さらには前掲の検証も重要な基礎データとなろう。

第三は、「障害者の権利条約」(以下、権利条約)を想起することである。周知のとおり、権利条約は去る5月3日に発効し、わが国での批准もそれほど遠くはあるまい。通常の解釈として、批准された条約は一般法(憲法以外はすべて一般法)の上位に座るのであり、条約の精神や水準に合わせて一般法を変更しなければならなくなるのである。たとえば、権利条約の中心的な概念の一つに「合理的配慮」というのがあり、その意味は「障害に起因する不利益や不平等に対しては社会の側から変更や調整を行わなければならない」とし、「これを怠った場合には差別に当たる」とまで言い切っている。他方、自立支援法の真髄である応益負担制度は、障害に起因する不利益や不平等をたとえ1割とは言え、自らで負担するようにというもので、「合理的配慮」の考え方からはおよそかけ離れたものになる。こうした矛盾や対立する側面は随所に想定され、批准時の混乱を避けるためにも、今般の改正作業を通して丁寧なチェックが必要である。

4 基幹的な政策課題の想起を

最後になるが、障害者政策に関するそもそもの論議が何であったのか、改めてこの点を想起してみたい。もし、自立支援法が無かったとしたら、今頃どんな政策論議を行っていたのだろう、ついこんなことを考えることがある。おそらくは、論議のエネルギーがもう少しばかり基幹的な政策課題に振り向けられていたに違いない。2004年以降、すっかり自立支援法に翻弄され、基幹的な課題の論議は影を潜めてしまった。どの道、自立支援法のみで障害のある人々の安定した地域生活を築くことは難しく、量的な充足を前提とした総合的な政策が確立されなければならないのである。仮に、自立支援法の廃止を前提とする場合でも、それだけでは何もみえてこない。やはり総合的な基幹政策が整備されなければならない。この基幹的な政策課題については、障害分野に携わる者は絶えず意識すべきであることをこの機会に喚起しておきたい。

そこで基幹的な政策課題についてであるが、その主要なものをあげると、1.家族依存政策からの脱却(民法の家族制度、扶養義務制度の改正)、2.「障害者差別禁止法」(仮称)の制定、3.障害関連福祉法の一元化、4.障害関連の社会資源の拡充に関する特別立法(時限立法で)の制定、5.本格的な所得保障制度の確立、6.「障害の定義」ならびに認定、等級制度、手帳制度の改訂、7.「保護雇用制度」(福祉施策と雇用政策の連結)の創設を中心とした新たな就労支援策の確立、8.総合性を備えた厚労省組織機構の改組(厚労省内に「障害者支援局」の創設など)、9.政策決定過程と基礎データの集積方法の抜本的な改変、10.障害関連予算の正確な見積もりと正当な分配率の確保、などがあげられる。

すでに進められている自立支援法の改正作業にあって、一見して関係性がみえにくいこれらの政策課題であるが、しかしこれらを意識するのとしないのとでは、自ずとその結果に差異が生じることになろう。今後の審議や検討の基調に据えることを切望してやまない。

(ふじいかつのり 日本障害者協議会常務理事)