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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年6月号

ワールドナウ

全日ろう連の海外支援に関する支援団体との歩み

宮本一郎

はじめに*1

財団法人全日本ろうあ連盟(以下、全日ろう連)は、1959年に世界ろう連盟(以下、WFD)に加盟した。WFDからの強い要望により、アジア太平洋地域(以下、AP地域)のろう協会を集め、1984年にWFD傘下のアジア太平洋地域事務局(WFD RSA/P)を設けた。設立時より、事務局長を全日ろう連役員から推薦し、事務局も全日ろう連事務局内に設けて、AP地域のろう協会をサポートしてきた。これまでAP地域事務局代表者会議(以下、AP代表者会議)を毎年定期的に開催しており、AP地域各国のろう団体間の信頼・協力関係が築きあげられている。

1991年にAP地域では初となる「第11回世界ろう者会議」が東京・武道館などで開かれた。この会議には世界各国からろう者が多く集い、国際手話が飛び交い、海外活動の状況や国際連帯について活発に討議された。また、日本からWFD理事が誕生し、日本のろう者にとっては国際活動を目のあたりにする機会となり、日本のろう運動の新たな発展につながる意義深い転機となる会議であった。

この「第11回世界ろう者会議」に併せて開かれた「第4回AP代表者会議」において、アジア太平洋各国のろう団体の共通的な問題として「指導者不足」と「組織弱体」が明るみとなった。会議では、改善と強化を図るための研修事業が提案され、全日ろう連は1993年に「アジアろう者リーダー研修事業」を試験的に実施した。これが認められ、1994年に当時の国際協力事業団(JICA)の委託研修事業「ろう者のための指導者」*2コースとなり、現在に至っている。20か国近くのAP地域各国から研修員が、日本の「ろう運動」「ろう協会運営」「生活自立」「手話通訳者養成」など多くを学んで帰国して、各地域のろう運動リーダーとして活躍している。

他支援団体の海外支援プロジェクトには、障害をもつ当事者の意見が盛り込まれ、当事者の協力参加が求められるものが増えつつある。

2002年、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)で「びわこミレニアム・フレームワーク」*3が承認され、2006年12月、国連総会で「障害者権利条約」*4が採択され、障害者を取り巻く社会環境の改善整備と理解がより求められるようになった。

「障害者権利条約」では、「手話」の言語的社会的位置付けを明白にしており、「ろう者の社会参加と自立」が妨げられないように記述されている。しかし、AP地域各国では、手話通訳者の養成確保を整えていない国が多く、「障害者権利条約」が掲げる目標から甚だ遠い現状となっている。

国内の支援組織

これまで、全日ろう連が国内の海外支援団体とともに実施した海外支援プロジェクトは多くあるが、その中でも特に協力関係を長く築いているJICA研修事業を紹介したい。

JICAから委託を受けて行っている研修事業「ろう者のための指導者」コースは、1994年以来、JICAの協力を得て、毎年1か月半にわたり実施している。多くの研修員が、帰国後、ろう者組織リーダーの一員となり、積極的にろう運動を展開して、自国のろう者生活・福祉の向上に貢献し、成果を上げている。

全日ろう連は、この事業を通して、計画立案、指導者・通訳者の人材養成、実施評価、モニタリングに至るまでの海外支援のノウハウを蓄積し、大きな効果を上げている。いわば、全日ろう連が海外支援に関わるこれら専門知識などを有することができたのは、JICAの存在が非常に大きい。障害者への支援に対しては、その障害をもつ当事者の協力参加が必要であるという、JICAの姿勢には改めて敬意を表したい。障害者を対象とした支援にはまさにこの姿勢が原則である。

この事業について特筆すべきことは、毎年、各国から言語・文化・生活・宗教がさまざまに異なる7~9人の研修員が集うが、手話を通して信頼を深め、やがては強固な連帯意識を持つに至ることである。また、過去の研修員の大半が、各地域のろう協会幹部を担っていることである。それはAP地域事務局代表者会議などの国際規模の会議や行事に参加すると、過去の研修員が自国のろう組織のリーダーとして必ず参加しており、研修の成果が目に見えてとれる。この事業を通してリーダーの素質を磨き、なおかつ、身につけた連帯意識を国際連帯の場でも活かし、国際規模の会議やイベントでろう運動や協会活動などの情報交換を行い、それを各々が持ち帰って運動の強化と運営改善を図っていくというサイクルが展開し続けられている。

国外の支援組織

国外の支援組織は多数あるが、現在は、タイ・バンコク市に拠点を置くアジア太平洋障害者センター(APCD)*5と連携した活動が多い。APCDはJICAとタイ政府が共同して設立した、AP地域における障害者への支援組織であり、長期宿泊が可能な研修所も兼ね備えている。研修・訓練などを通して、アジア太平洋地域全域の障害者の自立をフォローしている。JICAは2002年から10年間、APCDの運営に協力することになっており、APCDは近い将来、政府機関から独立して国際機関を目指すことになっている。

2007年から始まった第二次フェーズ(5か年)では、メコン河地域(ベトナム・ラオス・カンボジア・ミャンマー)の聴覚障害者と知的障害者を対象としたプロジェクトが立ち上げられた。聴覚障害者に関しては、「国レベルの統一されたろう協会の設立発足」を目標とし、昨年、日本とタイから1人ずつ計2人のろう専門家を派遣した。視察によって得られた現状と課題などを整理し、2008年夏以降の活動に備えているところである。

これらの国では、都市単位でのろう者グループは点在しているが、その国の政治的な事情により全国レベルの組織を形成することができず、聴覚障害者の全国的な集まりを持つことができない。そのため、国レベルでの手話の標準化を図ることが容易ではなく、手話の普及が遅れる原因となっている。そういうこともあり、全日ろう連は、長年にわたってそれらの国々の高官に国レベルの統一化されたろう協会の設立を働きかけてきた。

ちなみに第一次フェーズは、肢体不自由者と視覚障害者を対象とした支援プロジェクトであった。第二次フェーズのプロジェクトを立ち上げる際、コミュニケーションの保障が大きな課題であったため、タイと日本の聴覚障害当事者は、プロジェクトの合意文書において「コミュニケーション」「言語」の定義には国連障害者権利条約の定義を採用し、「コミュニケーションアクセシビリティ」の保障を強く主張した。その結果、APCDが取り組む事業にコミュニケーションの保障を図ることの約束を得ることができた。AP地域では手話通訳者の養成、確保が大きな課題であったので、APCDがコミュニケーションの保障を図ることを積極的に推進することになったのは大きな前進であった。今後は、APCDがモデルとなって他のアジア各国に広がることを期待したい。

今後の課題

AP地域の聴覚障害者が、手話通訳などの情報保障によって、社会参加・自立をさらに促進させるためには、手話通訳者の養成と、手話通訳派遣システムの確立が最優先課題の一つであり、早急に各地域で取り組みを始めなければならない。

国内で手話通訳者養成指導に関わりながら専門知識・経験を有し、かつ、短期・長期ともに海外派遣支援可能なろう者の人材を確保することが全日ろう連の課題である。そのためにも、目下のところ、国内における専門家とのネットワークの整備と、海外派遣前指導などのマニュアルを揃えるなどして取り組んでいる最中である。

このように、全日ろう連においては国際活動を展開するにつれ、海外支援に関心を持つ若者が増えている。これまでは全日ろう連役員および関係者の範囲で海外派遣を行っていたが、若いろう者に新たな将来の道を示すためにも、今後、望ましい条件をクリアできる若者を養成しながら指導していくことも、今後課題の一つとして、検討していきたい。

また、国内の手話通訳の職能集団である日本手話通訳士協会や、主に手話通訳活動を行っている者たちが中心となって全国組織をつくっている全国手話通訳問題研究会に国際部という組織ができたので、それら国際部門と連携しながら国際活動を発展・強化を図っていきたいと考えている。

(みやもといちろう 財団法人全日本ろうあ連盟理事・アジア太平洋地域事務局担当)

*1 大槻芳子「全日本ろうあ連盟の活動」、JANNET NEWS LETTER Vol.5 No.1, April 1998, 障害分野NGO連絡会

*2 後に、「ろう者のための指導者(アジア太平洋州諸国)」(1995年~2004年)、「ろう者のための指導者」(2005年から)とプロジェクト名が変更された。

*3 「アジア太平洋障害者の十年」(1993年~2002年)の課題を踏まえて策定された行動計画。2007年に補足文書として「びわこミレニアム・フレームワーク プラスファイブ」が承諾された。

*4 外務省では「障害者の権利に関する条約」と称している。

*5 APCD:AsiaPacific Development Center on Disability