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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年8月号

福祉用具の研究開発の考え方、現状と課題

村尾俊明

はじめに

近年の福祉政策が、少子高齢化社会を踏まえて、地域福祉、在宅福祉、個別自立支援を明確な基本方針にして充実を図っていることもあり、福祉・保健・医療サービスの利用は増加傾向にある。しかしながら、それらを支える人材不足が著しくなっており、一部の介護保険サービスにおいては人材不足からサービスの停滞または減少傾向が生じている。また、核家族化現象が顕著となり扶養意識の希薄化も進んで家族介護が期待できなくなっていることから、老老介護も避けられないなど、今後とも介護ニーズは増加を続けるものと思われる。

一方、経済の好況感から福祉の職場が若年労働者から敬遠される傾向が強く現れるようになった。特に3Kとまで言われている介護現場の就労環境や待遇の改善が一向に進まないことや、一部介護事業者の不祥事が大きな社会問題となり福祉業界のイメージ低下もあったことから、介護人材の不足問題の深刻さがさらに増してきている。

また、近年の著しい健康寿命の伸びにより、高齢者等に自立した生活を望む意識も高まってきており、日常生活の安心・安全の多くを他者に依存することなく、自らの努力や工夫で維持する必要性の意識が次第に広がってきている。特に、介護予防やリハビリテーションへの意識が浸透して、健康維持機器や福祉用具を活用することが自立生活に有効であるとの認識が、本人や家族等の間で広まってきた。

1 福祉用具研究開発への取組

平成5年に「福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律」(以下「福祉用具法」)が施行され、この法律の中で財団法人テクノエイド協会(以下「テクノエイド協会」)が指定法人となって福祉用具の研究開発と普及の促進を担うこととなった。

現在、福祉用具の研究開発に必要な資金は、独立行政法人福祉医療機構が政府出資で創設した「長寿社会福祉基金」の運用によって生じる果実の一部から、平成6年度よりテクノエイド協会が交付金として受け入れて、福祉用具の実用化を目的とした研究開発の応募課題から選定して助成している。

2 福祉用具研究開発助成事業のしくみ

(1)自由課題の公募について

自由課題による研究開発の一般公募の課題は、「在宅又は施設において、日常生活、社会参加等を支援する用具の実用化研究開発」である。たとえば、1.新技術、新材料を利用した研究開発、2.既存技術、既存材料の融合・応用・小型化等の研究開発、3.既存製品(外国製品を含む)の改良研究開発、4.単機能製品を組み合わせた新システム製品の研究開発、5.生産工程を合理化するための技術開発などである。

また同時に、福祉用具に関する調査研究で「用具の研究開発につながる調査研究又は用具の経済的有効性を実証するための調査権研究等」についても一般公募の対象としている。

(2)指定課題の特別公募について

指定課題による研究開発の公募は、ニーズは高いが一般公募では研究開発のリスクがあり、将来的に市販が可能となっても採算が難しい等の理由から応募がほとんどなく、研究開発が遅れている福祉用具を対象としている。たとえば、食事、入浴、排泄の三大介護に係る福祉用具や、リフト、階段昇降機などの移動・移乗の困難を解消する福祉用具などである。

以上の両区分による助成先の決定は、毎年9月上旬頃に募集要項が公表され、応募の中から各専門分野の有識者からなる選考委員会の審議を経て、1年または2年の研究期間に必要な助成額を決定している。

3 これまでの成果

助成事業を開始した平成元年から平成20年度までの累積した成果は、図表1、2のとおりである。応募総数は1967件、そのうち採択されたのは278件で、採択率は14.1%、採択されたもののうち商品化され市販されたものは116件で、商品化率は調査研究の32件を除くと47.2%とかなり高い率を示しており、着実に研究開発が進み成果を収めているといえよう。

図表1 福祉用具研究開発事業の年次推移
図表1 福祉用具研究開発事業の年次推移拡大図・テキスト

図表2 応募・採択課題の傾向 1989年(平成元年度)~2008年(平成20年度)
図表2 応募・採択課題の傾向拡大図・テキスト

4 他の助成団体の取組

福祉用具の公的な研究開発助成団体としては、福祉用具法で助成団体とされている「独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」がある。この団体の助成は、福祉用具に関する産業技術の実用化の研究開発であって、同じく一般公募方式を取っており、毎年1月頃に募集要項が公表され、各専門分野の有識者からなる選考委員会の審議を経て、3年以内の研究期間に必要な助成額を決定している。

5 義肢補装具の研究開発と情報システムの活用

義肢装具の研究開発についても、従来から前記の研究開発助成の対象課題となっており、多くの分野で積極的に活用され成果を収めている。

また、障害者自立支援法の施行に伴い、平成18年10月より補装具給付の制度が変更され、これまでの措置制度から利用者と製作事業者との契約による制度に変わった。テクノエイド協会では、補装具製作(販売)事業者の情報を障害者や市町村担当者等が適切に選定することができるように、これら事業者の所在地等に関する情報を全国から登録していただき、本協会のホームページに「補装具製作(販売)業者情報システム」として、義肢製作所287件、補聴器販売店435件を登載し、情報を必要とする人々に発信している。

さらに、義肢装具、座位保持装置の完成用部品についても、多種類、多機能化が進んでおり、利用者の状態像や使用環境に適した完成用部品の選択が可能となるよう「義肢装具等完成用部品データベースシステム」を構築し、企業情報28社、部品情報1647点を登録し情報提供している。

6 今後の課題

(1)福祉用具の研究開発の促進とその成果の情報提供

福祉用具研究開発の今後の取組としては、1.日本家屋と日本人の体型に合った利用しやすい小型化や軽量化に努めること、2.個人対応が可能なように、また障害の変化に即応できるようにモジュール化商品を開発すること、3.コストダウンを図るために原材料や部品等の共有や共同化を図ること、4.開発企画・研究の時点から福祉の専門家や当事者の参画を考慮して実効性を高めること、などがあげられよう。

また、福祉用具を利用する方の身体状況等に合わせ適切に選択するためには、福祉用具の仕様、構造、性能等に関する情報が極めて重要である。テクノエイド協会では、福祉用具情報システム(タイス:TAIS)を構築して、全国の福祉用具製造事業者や輸入事業者から情報を収集してデータベース化しているほか、研究開発者向けの情報など福祉用具に関する周辺の多くの情報も収録し提供している。

活字情報としては、テクノエイド協会が編集した「福祉用具総覧」があり、現時点では、企業数537社、用具数約5596点を登載して広く情報の提供を行っている。

(2)福祉用具の安全性の確保と規格化への取組

福祉用具の利用普及が進むに従って、さまざまなトラブルや事故が多発していることから、福祉用具の安心・安全性についての評価が重要となっている。福祉用具の適切な品質を設定し、品質に一定の水準を与えることのできる工業標準にJIS規格があるが、現在、経済産業省において、工学的な視点での評価による福祉用具の標準化とその「登録認証機関」の整備が積極的に取り組まれている。また、福祉用具の使いやすさ、快適性、利便性などについては、厚生労働省の取組としてテクノエイド協会において、臨床的な視点での評価による一定の基準と評価手法等の検討を進めている。

これらの基準は、ISO(国際標準規格)やICF(国際生活機能分類)などの国際標準化の動向との整合性を勘案しながら、早期に進展させる必要がある。

(3)福祉用具関係専門職の育成

福祉用具の効果的な利用の実現には、福祉用具を利用しようとする方々の障害の程度や日常生活環境等に合わせて、きめの細かな対応が必要である。特に高齢の要介護者は身体状況の変化が起こりやすく、その変化に対応した用具の適合が適時適切になされることが重要となろう。

テクノエイド協会では、福祉用具の専門職である「福祉用具プランナー」の養成に全国にある介護実習・普及センター等の協力を得ながら平成9年から積極的に取り組んでおり、すでに約9千人が研修を修了しているが、さらに専門性の高い実践力や指導力の習得を目指す段階的なレベルアップの研修に取り組んでいるところである。

(4)福祉用具利用普及の拡大

福祉用具の利用が拡大しない原因としては、1.福祉用具の利用者本人やケアプラン作成等の関係者が福祉用具についての知見が少ないこと、2.福祉用具を利用する住宅や地域の環境が整っていないこと、特に都市部での日本家屋の構造には木造2階建てが多く、面積も狭いこともあり福祉用具が利用しづらいこと、3.福祉用具は個別的な対応が多いことから種目が多く、大量生産ができずコスト高になっていること、4.福祉用具の利用以前に人の手による介護が優先され、福祉用具の利用は後回しにされるきらいがあること、などがあげられる。

図拡大図・テキスト

特に、福祉用具の利用関連のサービスが、それぞれの支援制度、サービスの種類、担当セクションなどにある縦割り意識を払拭させ、上図のような相互の関連性、連続性を密接にして効率的で有効性の高いサービス利用に充実していくことが必要であろう。

おわりに

今後の少子高齢化社会の進展に伴い、福祉用具の活用はますます重要になってきており、高齢者や障害者の自立支援や介護者の負担の軽減を図るためにはなくてはならないものとなってきている。平成12年の介護保険法の施行より、福祉用具が介護保険の給付対象となったことで福祉用具の利用が徐々に拡大してきており、平成18年には障害者自立支援法が施行されて福祉用具の大幅な制度改正が行われた。さらに平成19年には、「社会福祉士及び介護福祉士法」が20年ぶりに改正されたほか、厚生労働大臣告示の「社会福祉事業に従事する者の確保を図るための措置に関する基本指針」が14年ぶりに改定告示された。この指針に福祉用具の有効活用について多くの事項が盛り込まれており、それらの実現に今後とも期待したい。

(むらおとしあき 財団法人テクノエイド協会常務理事)