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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年10月号

ワールドナウ

障害調整生存年数(DALY)についての概要と批判

細田満和子

DALYとは

「障害調整生存年数(DALY:Disability-Adjusted Life-Years)」は、1990年代初めにハーバード大学のクリストファー・マーレー教授らが開発した、障害の程度や障害を有する期間を加味することによって調整した生存年数のことである。1990年代半ばには、WHOや世界銀行が、これまでの平均寿命とは異なる、疾病や障害に対する負担を総合的に勘案できる指標としてDALYを公表し、近年、世界的に注目されてきつつある。

それではいったいDALYは、どのように導き出されているのだろうか。DALYは、「早死にすることによって失われた年数(YLL:The Years of Life Lost)」と、「障害を有することによって失われた年数」(YLD:The Years Lost due to Disability)」を足すことで算出される(図1)。

図1

DALY=YLL+YLD
●DALY=障害調整生存年数
●YLL=早死にすることによって失われた年数
●YLD=障害を有することによって失われた年数

「早死にすることによって失われた年数(YLL)」というのは、基本的には「死亡数(N)」と「平均余命(L)」、すなわち平均寿命に達するまでの年数の積として求められる(図2)。

図2

YLL=N×L
●YLL=早死にすることによって失われた年数
●N=死亡数
●L=平均余命

そして、「障害を有することによって失われた年数(YLD)」というのは、障害の程度や障害を有する期間が、どの程度余命の損失に相当するのかを定量化したものである。これは、「障害の発生数(I)」と「障害の程度によるウエイト付け(DW)」と「状態が安定するか死亡するまでの年数(L)」の積として求められる(図3)。

図3

YLD=I×DW×L
障害の程度や期間がどのくらい生命の損失に当たるかを定量化
●I=障害の発生数
●DW=障害の程度によるウエイト付け
●L=状態が安定するか死亡するまでの年数

この場合の「障害の程度によるウエイト付け(DW:Disability Weight)」という要素は、病気の程度によって0(良好な健康状態)から1(死亡)まで尺度化されているものである。たとえば、1DALYというのは、健康な状態で過ごす人生を1年失った、ということを意味している。この「障害を有することによって失われた年数(YLD)」は、「障害の程度によるウエイト付け(DW)」の影響を受けるため、病気の種類や障害の程度によってそれぞれ変わってくる。

WHOの元上級研究員で、現在ハーバード大学パブリックヘルス・スクール教授のダニエル・ウィクラー教授によると、1990年代から「障害の程度によるウエイト付け(DW)」に関する開発が進められており、現在40近くの病気や障害ごとに確定されているという。

DALYへの批判

DALYは、各種疾患による生命の損失や障害を、死亡件数や患者数としてだけでなく、苦痛や障害の程度を考慮に入れているところに特徴がある。そのために、開発者や推進者たちからは、保健政策の優先課題を合理的に決定することができると考えられている。

しかしながらDALYは、紹介された当初からさまざまな批判にもさらされてきた。たとえば1990年代半ば、WHO健康調査諮問委員会(WHO Advisory Committee on Health Research)は、DALY検討班をとおして、次のようなDALYに対する批判を提示している。

まず、健康のアウトカム評価を開発するなかで、DALYは社会的価値に関わる倫理的な問題を含んでいるということが挙げられている。次に、DALYは包括的な健康状態の総計なので、地域的な差異を隠蔽(いんぺい)することになるということが指摘されている。また、DALYで推計されたデータは十分なものではない、多様な捉え方のできる死亡率や有障害率をDALYでは把握することができない、DALYにおける方法論に関してはいまだ確たる検証がされていない、などといった批判も出されている。

こうした批判に対して、マーレーを代表とするDALY開発者たちは、それぞれに反論を呈している。たとえば、社会的価値に関わる倫理的な問題という批判に関しては、乳児死亡率や平均余命など、どの指標を使うにしても出てくるもので、DALYを使う際にも、倫理的問題は必然的に付きまとうもので、絶えざる議論が必要だと答えている。

また、DALYが地域性を無視しているという批判については、DALYは地域性を考慮に入れているし、そればかりではなく、年齢や性別、移動能力や障害の程度といった個別の要因も加味した指標であると反論している。その他の批判についても、データを示したりしながら、一つ一つ応えている(Murray and Lopez,1997)。

このWHOのDALY検討班の批判のほかにも、DALYに対しては、各所で批判的な議論が巻き起こっている。そのもっともラディカルなものは、定義自体に対する疑義である。DALYは、「早死にすることによって失われた年数」と「障害を有することによって失われた年数」を足したものだが、こうした考え方は、「健康に生きる」と「死亡」の間に「障害をもちながら生きる」を配置しているということである。この考え方は、「障害をもちながら健康に生きる」という障害をもつ当事者の発想や、障害学と呼ばれる一連の学問における原理とは、根本的に相容れないものである。当事者や障害学にとって、「障害をもちながら生きる」ことは、「健康」と「死」の間のグレーゾーンなどではない、生きることそのものだからである。

DALYに替わる指標づくり

このようにDALYの是非に関しては、10年余りにも及ぶ批判的検討が続けられており、その中では、DALYに替わる新たな指標作りも進められている。たとえば1993年に世界銀行は、このDALYを指標として公表したわけだが、近年発行したレポート「DALYを越えて」の中では、世界銀行のダニエル・モントと国立アメリカ疾病予防コントロールセンターのミッチェル・ロブによるDALYに対する批判と、代替案の紹介がされている。

DALYに対するそこでの主な批判は、障害をもつ人々がリハビリテーションによって健康状態が良くなってゆくこと、補助器具や代替機器を使って生活を良くすること、障害をもつ人をより受け入れるような仕組みとなった社会に暮らすことを捉えきれていないというものである。そこで、こうしたDALYの欠点を克服する代替案として、「活動制限スコア(ALS:Activity Limitation Score)」と「参加制約スコア(PRS:Participation Restriction Score)」が提唱されている(Mont and Loeb,2008)。これらは「WHO国際生活機能分類―障害機能分類(ICF:WHO’s International Classification of Functioning, Disability and Health)」に立脚して、障害の「社会モデル」の考え方を元に、リハビリテーションや福祉的施策の効果を加味しつつ、人々が障害をもちながらも社会参加したり、それでもまだ活動が制限されたりしていることを指標化したものである。

ICFとは、疾病や障害をもつことを含めた「健康状態:Health Condition」を、「心身機能・身体構造(機能障害:impairment)」、「活動(制限:Limitation)」、「参加(制約:Restriction)」の3つの次元において、「環境因子」と「個人的因子」の影響によって分類したものである。2001年のWHO総会で採択され、現在、約1500項目に分類されている。従来WHOで採用してきた、身体機能の低下によって生活機能が制限されるという考え方に対して、ICFでは「環境因子」の観点が加えられている。ゆえに、たとえばバリアフリーによって障害をもっていたとしても活動制限や参加制約が緩和されるような場合が評価できるようになった。「活動制限スコア(ALS)」や「参加制約スコア(PRS)」は、この点を加味して指標作りをしているところに特徴がある。

まずALSであるが、これはICFの中の9つの異なる領域を横断した43の活動について、0(全然困難でない)、1(やや困難)、2(ふつう)、3(とても困難)、4(全くできない)という質問に答えてもらう形で算出されるものである。ALSでは支援技術・機器(Assistive Technology)の使用は考慮に入れていない。支援技術・機器というのは、コミュニケーションや身体移動といった諸活動を行う際の、人的ならびに器具によるサービス全般のことである。

次にPRSであるが、これはALSと同じ条件で算出されるが、支援技術・機器を使用する環境での個人の参加状況を把握しようとしている。開発者のモントとロブによれば、ALSとPRSを比較検討することによって、疾病や障害をもつ人々への支援技術・機器、すなわちリハビリテーションの実施やバリアフリー化の推進といった保健行政による介入が彼らの活動や参加に与える効果を測定することが可能になるという。彼らはまた、これらが2006年に国連で批准された障害者権利条約の実施度をモニターするための重要なツールになると考えている。

結びにかえて

確かに、DALYは、これまでの健康に関する指標に比べて、より現状を表すものとして評価されうるべき点がある。また、疫学的観点や倫理的観点から、DALYの有効性や正当性に関する議論もこれまでになされてはきている。しかし、それでもまだDALYに関しては議論の余地は残されている。さらに、「活動制限スコア(ALS)」や「参加制約スコア(PRS)」のように、DALY以外にも、より現実を表すことを目指した指標が開発されようとしている。ただ、それらについてもまだ検討すべき点が多々ある。

日本においても従来の平均余命や乳児死亡率を改めて検討し、世界の趨勢(すうせい)を鑑みつつ、健康に関する指標の扱い方をさらに議論することが必要であろう。

(ほそだみわこ ハーバード大学パブリックヘルス・スクール研究員)

【参考】

・Roberts,Marc and Reich,Michael,2002,Ethical analysis in Public Health,Lancet,vol.359,1055-1059.

・Murray CJL and Lopez AD,1996,The incremental effect of ageweighting on YLLs,YLDs,and DALYs:a response,Bulletin of the World Health Organization,74(4),445-446

・Murray CJL and Lopez AD,1997,The utility of DALYs for public health policy and research:a reply,Bulletin of the World Health Organization,75(2),377-381

・Murray CJL,Salomon JA,Mathers CD,Lopez AD (eds.),2002,Summary measures of population health:concepts,ethics,measurement and applications.WHO.

・Mont,Daniel,Loeb,Mitchell,2008,Beyond DALYs:Developing Indicators to Assess the Impact of Public Health Interventions on the Lives of People with Disabilities,Social Protection Discussion Papers of the World Bank,No.0815,1-19.

・WHOホームページ、2008年9月4日閲覧http://www.who.int/healthinfo/boddaly/en/index.html

〈謝辞〉

本稿の執筆に当たって、ハーバード大学パブリックヘルス・スクールのマイケル・ライシュ教授ならびにダニエル・ウィクラー教授に貴重なコメントをいただいた。この場を借りて御礼を申し上げたい。